2017/1/6

あれから1年  チャチャ

チャチャが私たちの前から居なくなって、今日で1年がたちました
この1年、早かったなぁ
家族は普通の顔して、普通に生活していますが
なにかちょとした拍子にチャチャを思い出し
本当に可愛かったなぁ
いなくなっちゃったんだなぁと
いつまでたっても、やっぱりがっかりします

言ってもせんないこととは重々承知ですが
ほんとにいつまでたっても
さみしい



チャチャ
今はゆっくり眠っていることとは思うけれど


安らかに











クリックすると元のサイズで表示します


















0

2016/1/21

チャチャ ありがとう  チャチャ

チャチャが居なくなって 2週間がたちました。
家が広く感じます。
あんなに小さいのにすごい存在感だったと今更ながら驚きます。




チャチャが水を飲んだり、トイレに行くため、
夏も真冬も
リビングと寝室はいつも扉を10cmくらい開けていました。
ゴミ箱あさって、ティッシュを散らかしたりするから
ゴミ箱にごみはためないようにし、床には置かないようにしました。
近年はチャチャ目が悪くなっていたので、夜中も真っ暗にはせず
あちこち電気をつけていました。
そんなことが全部どうでも良くなりました。
扉きっちり締めて、寝る時真っ暗にしてもOK。
生活のあちこちでふとした瞬間に違和感を感じてしまいます。


家族は全員チャチャ喪失ショックから
なかなか抜け出ることができません。
毎日骨壺に話しかけ、撫でて・・・・
会話もいつの間にかチャチャのことになります。
いったいいつになったらこの寂しさが薄まるんでしょうね。
仕事していてよかったです。
外にでて、仕事におわれていられるのがありがたい。


今、家族は全員仕事しています、
末の子どもが10歳の時、チャチャはうちにきました。
以来15年。
ほぼ毎日、日中チャチャはひとりで留守番でしたので
私はいつも「寂しい思いさせてごめんね」と心の中で思っていました。
そんなだったのに、
チャチャは家族が家にいられる年末年始休暇を狙って弱り、
私たちに看護の暇を与えてくれました。

今年は家族全員忙しい行事がこれから予定されており
土日も遠出するようになりけっこう忙しくなります。
年末年始休暇の間、
仕事もそうは休めないし、休み明けからチャチャを誰にみてもらおうか
そればかり考えていました。
当座は都合のつく親族に、
長くなるようなら、午前午後ペットシッターさんに頼んで
水分補給を頼んで、転ばないよう見ていてもらおう、
ご飯は頑張って朝と晩できる限りたべさせよう・・
と思っていました。

そんな私の心中を察して、気を遣って、
いなくなってしまったように思えます。
みんなに迷惑をかけないように、じゃあねって
あっという間に。





淡々と穏やかで、愛嬌があって、美人で
チャチャはほんとに可愛かった。
あのキラキラした瞳と、無垢な笑顔
ほんわりとした仕草に、
どれだけ慰めてもらったことか。
家族全員が生涯
愛らしいチャチャのことは忘れられないと思います。
大好きです。










チャチャはいつも私たちを笑顔にしてくれたね
一緒に暮らした15年は宝物です
本当にありがとう
大好きだよ





心からの感謝をこめて
ありがとう

チャチャ、ゆっくり眠ってね







バイバイ








2013年3月
クリックすると元のサイズで表示します
















0

2016/1/20

チャチャのこと 3  チャチャ

さすがに寒中。
寒いです。
月曜日は雪で朝たいへんでしたね。


毎年真冬はチャチャが寒くないよう、
出掛ける時は、リビングはホットカーペットをつけて
電気をつけて,外出してましたがそれも必要なくなりました。
ラクになったといえばラクになりましたが、
あの朝の慌ただしさの中の
家族のチャチャ安全確保確認の声掛けもなくなり寂しいです。

家族がいつまでもどんよりしてたら
チャチャも安心してうちから離れられないのではないかと可哀想、
とはいうものの、なかなかね・・・



今日はチャチャの病気について。
長くなりますし、犬の最期の様子も含まれます。
年の初めから書くことじゃないとも思います。
読んで気分を害されるかもしれません。

私がチャチャが生きたことを忘れないために
記録として残すために書くことをご理解ください。
気が進まない方はスルーしてくださいますようにお願いします。


 






【13歳まで】
チャチャは食道が細く食物が大きい塊だと喉に詰まってしまうので
いっつも刻み食でした。
でもそのことに気をつけていれば、その他はまぁ特に心配なく
(時々泡吹いて苦しいことや、太りすぎで脚が痛いことはありましたが)
10歳までは過ごすことができました。


10歳の誕生日を過ぎ、いよいよ高齢化かなと思っていたら
後ろ脚の付け根部分に腫瘍ができ、手術。
幸い良性だったので、ほどなく回復、元気になり
ほっと胸をなでおろしました。
その頃には食事量は変わらないのに若い頃に比べ体重は減っていて

ほんとに齢とってきているんだなぁ
何か病気が隠れてるのかなとはうっすら感じていました。
でも、その後も体重も維持でき、元気で過ごしていました。








【13歳以降】
2013年10月頃、13歳になってすぐ、多飲多尿の症状がでて
腎臓機能の低下がわかりました。
そこから2年3ヶ月。
最初の1年は一日1錠、
その後は一日2錠毎日薬を飲んでいました。
しかしまぁ、あの小さい体で長い間チャチャはよく頑張りました。


最初のうちは、療法食のドライフードも肉缶もわりによく食べていました。
そのうちだんんだん食が細くなり、
健康な犬のドライフード、缶詰、ささみ、ご飯粒、さつまいも、
じゃがいも、かぼちゃなんかも食べさせて、
まあなんとか体重もそんなには減らずに来れました。

目と耳が少しずつ悪くなり、動作も心なしゆっくりになってきました。


2015年の夏あたりからは、いよいよ量を摂れなくなりました。
食べたのはだいたい一日で小さな器に半分くらいの量だったと記憶しています。
(食べるのは人間の食べ物がほとんどで、たまにドッグフード)
そんな量でも良く食べたなぁと安心すると、
いつの間にかまた食べなくてはらはらし、
そのうちまた食べて元気回復して、また食べなくて、
を繰り返していました。

考えてみると、11月頃から変調をきたしてきていました。
粗相が多くなりました。
散歩中はそれまでと同じようにおしっこや便もしました。
でも、
家ではトイレ(ペットシート)でしようという気がなくなりました。
床をきれいにするタオルがいつもそこらへんに置いてある状態になりました。
そして、夜中落ち着かなくなって
リビングと寝室を行ったり来たり
1時間くらいさまよい歩いていたことが
11月から2回くらいありました。


2015年11月下旬の左目の不調、
角膜についたサビのようなものが剥がれ落ちる症状で、
これをきっかけとしてがくんがくんと体力が落ちて行きました。
目薬さして12月10日頃にはなんとかよくなったように思えましたが、
エリザベスカラー装着時は方向がわからなくなっているようでした。
時々、認知症かなとか思えましたが、ちょっとすると正気に戻る
そんな感じ。
足元がだんだんおぼつかなくなって、フローリングでは滑るようになりました。
それでも、
12月27日まではなんとか低空飛行ながらも
毎日少量ながらもご飯もたべ、水も飲んで散歩もよく歩いていました。
機嫌もよく、私のことを探して、いつものチャチャでした。


12月27日に一日娘と出かけ家を空けたのが大失敗でした。
朝ちょっと具合悪いかなと不安でしたが
外せない用事で夕方まで一人で留守番させてしまいました。

28日 朝から元気がなく調子が悪いので、
   夫が病院に輸液点滴に連れて行きました。
   血液検査もしました。
   この日から認知症の症状が出始めました。
   目覚めてる時は落ち着きなくふらふら家の中を徘徊。
   この日から私のことが分からなくなりました。
   病院から勧められたお肉缶詰と水を注射器で
   すこしずつ飲ませるよう指示あり。
   夜は私も一緒にリビングに布団を敷いて寝るようにしました。

29日 朝 輸液点滴。
   血液検査の結果、炎症が強いのでステロイド投与開始。
   貧血なので血液を増やすためホルモン投与。

30日 朝 輸液点滴。
   この日一気に弱りました。徘徊し続けるも、
   後ろ脚だけでなく前脚も上げにくくなってしまい、
   カーペットやタオルのちょっとした段差で転びます。
   ほんとに具合悪そうにずっと頭が下向きになり、顔が上がらない。
   頭が下向いているため余計に重心が前に傾いて
   しかも前脚に力が入らずフラフラなので増々転びがちとなり、
   じっとしてればいいのに徘徊するしで、
   危なくて家族はハラハラ見守っていました。
   ひざに抱くとあっという間に眠ってしまい
   ご飯も食べず、水も自分では飲まないので、
   注射器で栄養補給しましたが微々たる量でした。
   
31日 朝 輸液点滴。
   少し元気が復活。ごはん(蒸しパンとかうどんとかですけど)少し食べ
   水も自分で飲みました。夜は徘徊。
   隙間に入って動けなくなっていたので
   危なくないようリビングの凸凹を徹底的にガードしました。

元旦 朝 輸液点滴。
   (悪いながらも)小康状態。ごはん(御雑煮の大根とか鶏肉、
   伊達巻とか、蒸しパン等)を少量食べ、
   水も自分でいつもの給水器から飲みました。

2日 朝 輸液点滴。
   (悪いながらも)小康状態、前日より元気になりました。
   足取りがしっかりし、ふらつきがだいぶ治まりました。
   ごはん(御雑煮の大根とか鶏肉、伊達巻とか、蒸しパン)を
   少量食べ、水も自分でいつもの給水器から飲みました。
   このころから、右目の眼球の下部が出血で赤くなってしまいました。
   (高血圧のためか脳に異常がでたためか今となってはわかりません)

3日 朝 輸液点滴。多分先生は点滴を続けても、
   命の限りが近いのを分かってらっしゃったんでしょう。
   はっきりとは言わないものの
   点滴を続けるの飼い主さんの判断でいいですよ。
   とおっしゃいました。
   この日から食物がほとんど摂れなくなりました。
   水は給水器で自分で2回くらい飲みました。
   私が夜あげた小さじ一杯のお肉が最後の食事になりました。
   夜もすやすやよく寝ていました。

4日 夕方 輸液点滴。
   夜、娘が見ているときにけいれん。元気がなく、何も食べないので、
   5日は急きょ私が仕事を休むことにしました。

5日 夕方 輸液点滴。
   昼間は気持ちよさそうに良く寝ていました。
   たまに目覚めるとふらふら歩いて。そしてまた眠ってました。
   穏やかないい顔で、何も悪いところなんかないみたいに。
   暖かなリビングで気持ちよさそうに眠っていて、
   あぁこんな状態なのに穏やかに眠れてよかったと
   心から思いました。

   夜7時頃、眠っていたと思ったら、急に立ち上がり歩くと同時に大量の排便。
   首の力が抜けてきたのか、
   抱っこすると顔が上を向いてしまいます。夜はよく眠っていました。

6日 前の晩から私と一緒に寝ていましたが、朝、動きませんでした。
   目は見えるようで、横になりながら
   私のことをじっと見つめていました。
   後ろ髪ひかれながら私は出勤。
   夫が午前中面倒をみてくれて、また排便。
   5日は自分で立つことはできなかったそうです。
   昼に家に戻ってきた娘が(夫はその間一瞬用事で外出して不在)、
   再び排便してることに気が付き、チャチャ立とうとして立てずもがいて、
   娘がきれいにしようとしたら、尿がでて、
   チェーンストークス呼吸になり、
   5分もしないうち、午後1時10分頃心臓の鼓動が止まってしまったそうです。
  
   


 

 
チャチャが年末からどんな気分でいたのかは、
本人でないのでわかりませんが
少なくとも亡くなる前の日までは、
自力で歩き、
そんなに苦しそうな様子は見られませんでした。
炎症止めのステロイドも何回か投与してもらい
点滴で脱水にはならずそう気持ち悪いことも
最後まで尿もでていたので、
尿毒症で苦しくてしょうがないということも
そんなにはなかったのかもしれません。
(そう思いたい)
一度も吠えず、鳴き声も上げませんでした。
(そんな力もなかったのかもしれませんが)

死の間際まで穏やかな表情で過ごせたことが、
私たち家族のせめてもの慰めとなっています。 








2015年5月
クリックすると元のサイズで表示します












2015年6月 
クリックすると元のサイズで表示します


















0

2016/1/10

チャチャのこと 2  チャチャ

東京は年末からほとんど雨が降りません。
あの小さな体が天に上っていくには、
澄みきった青空は視界もいいことでしょう
加えて今日はとても暖かでした。
神様ありがとうございます。

チャチャの思い出は尽きないので(いろんなことを思い出します)
もう少しお付き合いください。



チャチャは小さいころから大人になっても
ずーっと車が苦手でした。
抱っこして車に乗ってドア閉めて、動き出すとすぐ落ち着かなくなって
ブルブル震えだし、ハァハァしてしまうので
チャチャと車に乗っての遠出はできませんでした。

だからチャチャのちょっと遠くへのお出かけは自転車の前かごに乗って。
一番遠くが家から2時間弱かかる二子多摩川、あとは1時間くらいの高幡不動。
自転車による遠出さえ15年で2回だけです。
野川公園と多摩川は大好きで、気持ちよさそうによく歩くので
休日にはよく夫と3人で出かけました。
桜、新緑、紅葉といろんな機会に、たくさん歩きました。



たまにはちょっと遠くに出かけたけれど
チャチャは家から300m圏内が一番好きでした。
ご近所は自信満々で歩いていましたよ。
毎日毎日、朝は夫が夜は私や子どもたちと一緒に。

そろそろ散歩いくかななんて私が考えてると
気配を察して、
外出る気満々で、
早くいこうよ〜と目をきらきらさせて、
いちはやく玄関に行って、私が来るのを待ってました。


チャチャはなによりお散歩が大好きでした。
雨の日は高速道路の下の公園とか場所を選んだりしもしましたが、
同じようなコースを、毎日毎日よく歩きました。
とにかくわくわくしながら歩いてましたね。
外の空気を吸って、いろんなものが見え、音が聞こえ
楽しかったのかな。

チャチャがいなければこんなに近所を歩くこともなかったし、
生来早起きの苦手な私が
休日も朝から起きて、
何かやらなきやという気持ちにはなかなかならなかったでしょう。


困ったのはカメラ・・・
チャチャのいろんな姿を撮ることが、休日の楽しみのひとつでした。
(いつも決まったアングルで変わり映えしない写真ばかりでしたけど)
休日にお天気だと
いつも朝からカメラ担いで、チャチャとふらふら歩いてました。
もう何年もそれが習慣になっていて、私も楽しみでした。
チャチャがいたからカメラも好きになりました
モデルさん死去で、困った事態となりました。
これからどうしたものだか・・


今日は夫とチャチャを荼毘に付した深大寺動物霊園にお参りに行きました。
万霊塔に手を合わせ、チャチャの冥福を祈りました。
チャチャは今も家にいますし、
今後は永遠にうちの庭内にいる予定ですが
最後にお世話になった場所で祈ることで
少し気持ちも落ち着きました。
深大寺には毎年チャチャも一緒に初詣に行っていましたので
御本尊様も少しはチャチャのこと知っていてくれたらいいなぁ。

チャチャのこと、
どうか見守ってやってください。
よろしくお願いします。












クリックすると元のサイズで表示します




クリックすると元のサイズで表示します




クリックすると元のサイズで表示します




クリックすると元のサイズで表示します




クリックすると元のサイズで表示します





クリックすると元のサイズで表示します




↓2015年4月の桜見物です
クリックすると元のサイズで表示します




クリックすると元のサイズで表示します





クリックすると元のサイズで表示します






クリックすると元のサイズで表示します





↓若い頃,6歳の頃の写真です@野川公園
 口の周りがまだ黒い、太ってる〜
クリックすると元のサイズで表示します


















0

2016/1/9

チャチャのこと 1  チャチャ

なんだか、今もぼーっとしています。
家じゅう至る所にチャチャの気配が残っています。
まだチャチャが居なくなったこと
信じられないというか、受け入れられていないんでしょうね。
2000年12月に生後3か月になるかならないかでうちに来てから、
15年とひと月チャチャと一緒に暮らしました。


私は実は動物は苦手です。
犬もあまり好きではなかったです。
夫が娘のためにチャチャを家に連れてきて
無邪気な本当に動くぬいぐるみのような愛らしさで懐に飛び込んできて、
チャチャはあっという間に
私の犬に対する恐怖とか苦手意識をぶっ壊しました。



小さい頃はとくに食道が細かった。
鼻や口から泡を吹いて苦しそうなことが度々ありました。
『もしかしたら長くは生きられないかもしれないね』と人に言われたこともありました。
そんなでしたので、家族全員毎日仕事にでて
1人で留守番を毎日させていましたから
いつも心配していました。


ゴミ箱ひっくり返して何か口にいれて喉詰まらせていないかな、
寒くないかな、
暑くないかな、
水はちゃんと入っていたかな
気持ち悪くなって、うっかり玄関のタタキに落ちてけがしてないかな。

冬は日が早く落ちるので
家族が帰宅するまで真っ暗な部屋で待たせて可哀想な思いを何回もさせました。


でもね、チャチャはいつも玄関で帰りを待っていてくれました。
いつも最高の笑顔で尻尾をぶんぶん振って、
家族を迎えてくれました。


生後1年でだいぶ大人っぽくなり、
家族の言うことはずいぶんわかるようになりました。
愛嬌たっぷりに家じゅう歩き回り、階段上って2階にも行ってました。
チャチャはとてもおとなしかった、シャイで犬見知り。
でも人間は大好きでした。
可愛らしい容姿でした、でもそれよりその何倍何倍も性格がよかったです。
思い起こすと雑な育て方をしてました。
10歳くらいまで体はさほど心配することなくこれましたから
食べたいだけたべさせて、一時は太って、
脚に負担がかかり痛がるようになってしまい
骨強化のサプリ飲ませたりして。



懐かしいなぁ。
生き物だから、
いつかは死んでしまうのは頭では理解してるつもりでした。
でも、
チャチャはずっと近くにいてくれるものと錯覚していたんですね。



がっくりです。





のこされた飼い主の繰り言で申し訳ないですが
また、書かせてください。



クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します



クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します





0

2016/1/7

感謝です  チャチャ

ご心配いただいていましたチャチャですが
昨日、1月6日 午後1時10分頃に永眠いたしました。


本日荼毘に付し、安らかな眠りにつきました。
穏やかな最期でした。

これまでチャチャにお寄せいただきました御厚情に深く感謝いたします。


家族全員が深い悲しみのなかにおりますが
死の間際まで明るく、可愛らしく
毎日皆の心を温めてくれたチャチャには
感謝しかありません。


今は私も動揺しておりまして、無理ですが
同じ腎臓病を患う子の
何かの参考になればとも思いますので
チャチャの12月〜1月6日の様子については
後日記述したいと思っています。




長年に亘り、チャチャと飼い主である私たち家族に対して
親身になってお力を貸してくださいました
A動物病院の先生方、看護士の方々には
深く御礼申し上げます
本当にありがとうございました。





クリックすると元のサイズで表示します






0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ