2008/6/26

循環器内科の池田和子です  スタッフ紹介

初めまして、池田和子です。当クリニックでは内科を担当しています。大学卒業後は内科のなかでも循環器内科を専門にしてきました。循環器というと主に心臓・血管に関する疾患を扱う分野なのですが、当クリニックでは女性外来として専門に限らず女性の様々な健康上の悩みに対応していきたいと考えています。同じ女性として、健康で自分らしい生活をエンジョイ出来るようお手伝いできたらうれしいです。さて、内科の先生がどうして?・・・という疑問がある人もない人もいらっしゃると思いますが、まずは私と女性外来の出会いから簡単にお話しいたします。
2002年12月に第1子の出産をきっかけに大学病院の喧噪から離れることになりました。これまでの忙しい生活からのんびり子育てライフを夢見ていたのですが、それはやはり夢でした。子育てはそれなりに楽しいものの、医師としての私はどうなるんだろうと、子供の首がすわるころに頭をよぎり始めました。そんな時に、書店で目にした1冊の書籍。“女性外来が変える日本の医療”その魅力的なタイトルを無視することは不可能というものでした。目から鱗といいましょうか、こういう医療があるんだと感激した気持ちは今でも忘れられません。ならばすぐに対馬先生のクリニックの門を叩くべきでは?そうかもしれなかったのですが、循環器の専門外来や一般内科の外来の仕事をすることになり、女性医療はしばし頭の片隅においておかれてしまったのです。私は心臓という臓器が好きで循環器内科を選択し、一般内科では老若男女を問わず様々な疾病、健康問題に対応してきました。今思えば男性を診ているからこそ理解できる女性との違いもあるなと感じています。頭の片隅にあった女性医療への思いは消えることなくむしろ熟成していたのかもしれません!?
いつか女性外来の仕事が出来たらなぁと考えていた私は、2007年あの対馬先生と対面することになったのでした。場所は横浜で開催された日本女医会総会。私は総会のお手伝いをしていたのですが、そこへ日本女医会の理事も務められている対馬先生がいらっしゃいました。“わぁ、ナマ対馬だ”(先生、申し訳ありません)とアイドルを目の前にした10代の少女のような!?感激ぶりでした。もっとも私は10代ではないので(書くまでもありませんが)握手や写真をねだるということはしませんでしたが、タイミングを見計らって先生に声をかけたのでした。そして銀座のクリニックを見学させていただき、女性が元気で健康であり続けることをサポートすることがとても魅力的に思えてきたのでした。何度となく対馬先生の外来を勉強させていただき、昨年11月からは外来をやらせていただくことになりました。
みなさん、願えば叶うというのは本当かもしれません。私の実体験で恐縮ですがこうしたい、ああしたいと願い、それに向けて何らかの努力をすればきっと叶うものと思います。
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2008/6/23

対馬です。  日記

対馬です。

 梅雨らしいじめじめしたお天気が続きますね。でも、朝の犬のお散歩の途中で、はっとするほどあざやかなブルーのアジサイの花々が咲き誇っているのを見つけると、雨つぶまでも美しく感じられてしまいます。
 若い頃は、お天気や気温に一喜一憂するなんて、と思っていました。でも、最近はまったく違うように感じられるのは、わたしもそれなりのトシになったからなのでしょうか。じつは何しろ更年期まっさかり。もともと、典型的O型と言われ、鈍感で単純な性格のわたしも、色々なことに敏感になっているみたいです。  
 でも、お天気は、わたしたちの気持ちを明るくも、憂鬱にもしてくれるし、お天気によって頭がすっきりしたり、逆に重く痛くなったり。どんより雲がたれこめると、膝や、腰の関節痛も、昔の傷あとも、シクシク、ズキズキ、ここにあるぞと主張をはじめます。わたしたちの体調も、お天気にかなり影響を受けますよね。人間も、人間のペースで生きているようでありながら、自然とつながって生きているんだなあと思います。そういって、同年代の女性や、メンタルに弱っているかた、病気で体調が不安定なかたたちと、(診療のときなどに)もりあがることもしばしばです。
 お天気の話題、からだのしくみのこと、女性ホルモンの不思議。お話して同調したり、へえって関心したり。楽しいおしゃべりをして、気分をすっきり、明るくしていきましょう。今日もだんだん晴れてきましたね。そろそろ白いバッグを持って外へ出かけたい気分になってきました。それでは、また。
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2008/6/19

心療内科・精神科の皆川です。  スタッフ紹介

皆様、こんにちは。ブログがスタートし、自己紹介が流れになっているようですので、担当初回は私も自己紹介をしたいと思います。
 
 私は東京都23区の出身で、高校卒業までは都民でした。大学は埼玉医科大学へ入学することになり、18歳から埼玉県民になりました。私の母校は埼玉県でもやや不便な場所にあり、通学には少々困難を伴うため、一人暮らしを開始することになりました。それから大学退職までの足掛け約20年を埼玉県で生活し、当クリニックに常勤医として就職するにあたり、再び東京へ戻って来ました。気管支系が弱い私としては、18歳からの閑静で自然の多い埼玉暮らしが、公害のひどい場所からのよい転地療養になっていた気がしています。
 大学入学当初は、精神科に進むことはないと思っていたのですが、精神科の授業が始まると、大変興味深く印象に残りました。様々な検査値とか写真とか、データではなかなか全てを表しにくい「こころ=精神=脳」の世界に引き込まれてしまったのだと思います。結局その興味は大学を卒業する時まで変わらず、精神科に進むことに決めました。私が研修し、足掛け16年勤務した大学の精神科は、大学病院内に精神科として200床を超える入院施設をもっており、全国の大学病院でも最も精神科として規模が大きいところでした。そこで子どもから大人までの外来・入院の治療、精神科救急など大変貴重な経験させていただきました。患者さんとの出会いから、成人だけでなく、児童・思春期の精神科を勉強することになり、心身医学の勉強をすることにもなりました。それから2002年に、縁あって対馬院長をはじめとする女性外来の確立や、性差を意識した医療を志す先生方と出会い、現在まで至っています。どうぞ、今後ともよろしくお願い致します。
 
 今回は、真面目に自己紹介をしてみましたが、次回からはもう少し、仕事とは違ったお話をしていきたいと思っています。

心療内科・精神科 皆川恵子
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2008/6/16

対馬です。  スタッフ紹介

江夏ドクターも関根ドクターも、さすがブロガーという感じで、慣れてますねえ。(感心・・)

わたしは、生まれは青森県弘前市、育ちは八戸市です。
4歳から高校まで八戸にいて、実家の屋上から太平洋に面した港湾(八戸のみなとは、漁港と工業港です)を見ながら育ちました。
4〜5年前に、「八戸大使」というのを、市長さんからおおせつかりました。現在、八戸大使は40数人いて、八戸の観光や産業を応援する役割を期待されているそうです。それとは別に、東京で何度か十数名で集まって「エイトの会」という集まりをやっていた八戸出身の女性たちの集まりがあります。わたしたちは、今後も人的ネットワークを広げたり、故郷八戸の観光や産業を支援する企画をたてたり、若い人達の育成を支援するなどの活動をしていこうと、今年3月、正式に「エイト∞の会」を作りました。そして、八戸出身者ばかりでなく、また、女性ばかりでなく、八戸と縁故があったり、八戸(のおいしいもの、うに、あわび、さば、いかなど?)が好きだったり、八戸にスピリチュアルな魅力を感じたりする方々をお誘いしています。

今年8月2〜4日には、八戸のお祭りをみて、海でバーベキューをする2泊3日のツアーも企画しています。ツアー初日には、一橋大学教授の柏崎順子さん(江戸文学と女性たち)の講演会もあります。ご興味のあるかたは、ぜひクリニックまでお問い合わせください。 

それでは、また〜
対馬ルリ子より
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2008/6/14

同じく、自己紹介です(婦人科:関根 さおり)  スタッフ紹介

皆様、こんにちは! 既に当院におかかりになった方、これから受診を考えていらっしゃる方、近々行きますという方、興味をお持ちになってご覧頂いた方、様々ではないかと思います。 去年の10月から婦人科の常勤医として勤務している関根さおりです

 江夏ドクターが素敵な自己紹介をお書きになっているので、それに倣って私もご挨拶しますね。 実は、我々は同じ宮崎県都城市の生まれなのでした。 ただし私の方が若干、いや結構(年齢的には)お姉さんですし、面識を持つ機会もないまま生後まもなく父の仕事の都合で引っ越してしまったのですが(もともと父が鹿児島人、母が宮崎人)。
 というわけで出身は幼時から高校までを過ごした鹿児島市、ということになります。 いま大河ドラマ「篤姫」で話題の土地ですね。 鹿児島を離れて25年近くが経ちますが、今でも帰省して、あるいはTVなどで桜島や磯の仙巌園(旧島津邸)を見ると懐かしい気持ちで一杯になりますし、頑張らなければ、と背筋が伸びる気持ちがします。 普段は忘れているのに、出身地とは不思議なものですね。 ちなみに、鹿児島出身なのにお酒は普段あまり飲みませんし焼酎は全然ダメです(笑)。 好きなお酒はカクテルやリキュールなんかの色モノで、自宅では梅酒を漬けたりしているんですよ。

 クリニックのページにも書きましたが、出身大学は埼玉県所沢にある防衛医大です。 自衛隊の学校、ということで怪しがられたり珍しがられたりもしますが、勉強内容は普通の医大と変わりませんのでこれから担当させて頂く皆様、どうぞご安心ください(笑)。 じゃあ普通の大学医学部とどう違うか、についてはココで書くと長文になってしまうので、また次の機会にお話ししますね。
 銀座まで、江東区の亀戸という町から電車通勤しています。 家族構成は最愛の夫(と書きましょう♪)と気楽な2人暮らしですが、近くに義母が住んでおりますので色々と助けて頂けて嬉しいです。 趣味は「楽しく生きること(お仕事含む)」で、具体的には読書(日本語と英語の活字なら何でも!)、音楽鑑賞(洋楽とクラシック主体ですが他にも幅広く)、スポーツ観戦&情報収集(特にサッカーでは浦和レッズというJリーグチームの大ファンで、時々スタジアムに居ます。埼玉方面の同志の皆様、クリニックでお会いしたらお声かけてくださいね。他チーム好きの方々も大歓迎です)、ピアノ、宛てのないお散歩、遊び感覚で作る料理、スポーツクラブ通い、などなどです。

 お喋りで早口で話が長いので、こういう場を頂くと本来いくらでも書けてしまうのですが、今日は第一回ということで大人しく締めに入ります(笑)。 女性のための医療を志してこの世界に入ったきっかけは去年の夏、前の職場で週に一度の当直と朝から晩までの外来・手術・分娩立会いに追われて自分の理想とする将来像を考える暇がなかった中で出会った一冊の本でした。 「女性外来が変える日本の医療」というタイトルで、著者は現在お世話になっている対馬ルリ子院長その人です。 当時はお名前を存じ上げているだけで何の面識もなかった対馬ドクターのお話を是非伺いたい、そしてもし求人があるならば微力ながら教えを賜りつつ働きたい、そう思った私は当時の職場に退職願を出し、次の職の宛てもないまま人づてにアポイントメントを取って銀座を訪れたのでした。 今考えれば無謀だった気もしますが、おかげで可哀想な人だと雇って頂けたのかもしれません(笑)。

 それから約1年が経ち、おかげさまで充実した毎日です。 女性医療は奥が深く、力を尽くしているつもりでもまだまだ悩むことだらけですが、少しでも訪れて下さる方々のお手伝いができれば、と必死で働いています。 直接お会いすることがありましたら、どうぞよろしくお願い致します。 今まで携わってきた分野や具体的なお仕事の話は今後またぼちぼち書いていきますので、今日は「婦人科担当医の欄に関根さおりって名前があるけどこんな人なんだな」というイメージを何となくお持ち頂ければ幸いです。 ほら、あの文章が長い人、とか(笑)。 それでは、今後よろしくお願い致します!
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