2011/4/5

義援金、支援物資ありがとうございました(対馬ルリ子)  

対馬です。そろそろ桜が咲いていますね。
この数週間は、なんだか現実感のない日々でした。

3月15日朝、国境なき医師団の黒崎伸子先生から「すぐに医薬品を調達して宮城まで運びたいんだけどおたくのクリニックで手配してくれない?震災の当日から宮城入りしたんだけど、まったく何もなくて。お風呂も一度も入れてない」という電話が入りました。
 すぐに手配して、夕方までに届いた医薬品を、東京に戻った黒崎先生が、またすぐにヘリで宮城まで運んでいくのを見届けながら、「そうだ!わたしたちもできるだけ国境なき医師団に協力しよう!」と思いつきました。そこでさっそく女性医療ネットワークの仲間にメールし(黒崎先生は、国境なき医師団Japanの代表であるとともに、NPO法人女性医療ネットワークの理事でもあります。)義援金を呼びかけました。
 緊急の症状やお薬のかた以外は、地震が落ち着くまで診療予約を延期することにしたため、ほとんど診療のかたは来られません。わたしは、理事のみんなに「とりあえず、すぐ必要なのは医薬品とお金ということなので、まずはNPOのお金を借りて拠出することに同意してください。」とお願いし、100万円を早稲田の「国境なき医師団事務所」に届けました。(なぜなら、郵便局で振りこもうとしたら、法人登記の原本を持ってきて見せなければ振り込めませんと断られたから。急いでいる時に、登記謄本だとお!ちょっとキレました)また、15日の医薬品代金分は、大洋薬品大阪販売さんが(なんと170万円相当!)寄付してくださるということになり、この後、続々と義援金、支援物資が届いたのです。
 そうそう、支援物資は、震災の翌々日、13日ごろから「女性たちはとても困っているだろうなあ・・今すぐ何かの支援はできなくても、例えばお化粧品のサンプルとか、下着や生理用品とか、コットンやポーチとか、ちょっと落ち着いてお風呂にはいれたときに、あってよかったと思えるようなものなら、ためておいて受け取る先のルートができてから送ったらどうかしら」と声かけあって集めていたのです。
 3月17日、黒崎先生から「やっぱり医薬品が全然足りない!この前1か月ぐらいもつだろうと思って持って行ったのに、3日でなくなった!」と電話が入りました。今回は、大量の医薬品です。わたしたちの支援物資も(おむつ、シーツ、タオル、服、マスクやティシュも、1箱1品目で仕分けしわかりやすくラベルもベタベタ貼ってあります)40箱ほど一緒に運んでもらうことになりました。宮城県登米で活動している彼女が、「何でも使うから!」と言って受け取ってくださることになったのです。
 その翌日、あれ?昨日、18日の夜に登米に向かった彼女が、NHKの朝の生放送に出ています。ほんとに飛び回っているんだなあ・・という感動とともに、数日前「お風呂はいってない〜」と言ってた彼女が、ちゃんとスーツを着ているのには笑いました。ちなみに、彼女はその間に、着替えをとりに自宅のある長崎に戻ったそうですし、そして今はミャンマーの支援に行ってます。いやもう、昨日あたり日本に戻ってきています。

 わたしはといえば、3月29日、150箱も集まった支援物資を、盛岡商工会議所のお世話で(弁護士の東海林智恵先生ありがとうございます!)岩手県のつなぎ温泉(避難してきた方々がおられるそうです)に送りだしたあと、ひさしぶりに風邪をひきました。くしゃみ、はなみず、せき、腰痛・・と、花粉症ではなく完全に風邪です。毎日、ベッドに寝られ、薬が潤沢にあるありがたさを感じつつ、コンコンと眠り続けております。きょうは、晴天。暖かくなるようです。10時間もねたら、だいぶ気分がよくなりました。

 支援物資をすぐに送ってくださった皆様、女性医療ネットワークに支援金を送ってくださった皆様、仕分けや搬出を手伝ってくださった皆様、受け取って被災者に届けてくださる皆様、本当にありがとうございます。それから、診療のかたわら連絡や肉体労働に時間を割いてくれたスタッフのみんな、本当にありがとう。これからもよろしくね。みんな体を大事にして、これからも力を合わせていきましょう〜!(4月5日 対馬ルリ子)
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