敬愛する人たち、印象的な街、帰るべき家、、、それと種田山頭火の自由律俳句を頼って、その時々の気持ちを込めた写真をアップします。
2008/8/18
もう暮れる火の燃え立つなり 『草木塔』「其中一人」より
2008/8/17
ぼろぼろしたたる汗がましろな函に 『草木塔』「銃後」より
2008/8/16
ほつと月がある東京に来てゐる 『草木塔』「柿の葉」より
2008/8/15
2008年8月13日
一時期に比べて日も短くなりました。暗い空になったのに、もちろん東京は宵の口。
山手線で帰宅途中、ふと御徒町で下車しました。御徒町といえばアメ横です。
ぎらっとした明るさでした。
2008/8/15
2008年8月12日
8月12日の午後6時過ぎ。名古屋から東京へ向かう新幹線。静岡を過ぎたあたりを通過中です。
はっと思いだしました。23年前のちょうど同じ日、同じくらいの時間、垂直尾翼を失ったジャンボジェット機がこのあたりの上空を迷走したはずです。
日航ジャンボ墜落事故は、忘れられない出来事でした。就職した年。新聞社に就職できた喜びもあり、やる気まんまんだったころです。ちょうど焼津に出張中で、ひょっとすると飛行機が見えたかもしれないと思いました。墜落事件とは直接関係ない新聞だったので、それを追いかけるメディアに猛烈に嫉妬を感じたものです。
「報道の時代」でした。フォーカスとフライデーが競い合い、ニュースステーションが新しいニュース番組のあり方を示し、マスメディアはあこがれの職種でした。
フライトレコーダーの記録が公開され、その迷走から墜落までCGで詳細に再現した映像をyoutubeで見ることができます。命の記録ですね。どんな思いで高浜機長が活路を探る努力をしたのか。ただ、フライトレコーダーでは乗客の様子はわかりません。
新幹線の窓には、車内の照明が映りました。薄暮の時間帯。あの事故の飛行機は、残照の明るい空から見る山並みは、黒々としていたことでしょう。
今年、この墜落事故をめぐる地方紙記者の動きを題材にした映画が上映されました。残念ながら、見損ねましたが。
2008/8/15
2008年8月8日
仕事で大阪へ行くことが続きました。名古屋〜大阪間は割と近いので、経費節減も兼ねて新幹線ではなく、東海道線の新快速や普通を乗り継いでみました。ちょうど金曜日。東京へは日曜日か月曜日に入ればいいので、途中下車の旅です。
このところ、雷雨が多いんですね。6日夕には米原〜京都間で新幹線が立ち往生したとも聞きました。8日も、大津あたりから雨が降り出し、米原を過ぎたあたりから猛烈な雷雨になりました。
くっきりとした稲光が立て続けに落ちまくり、豪雨が車両をたたきました。いやな予感。関ヶ原駅を出たところで、停止しました。
乗っていた電車に落ちたようです。車内アナウンスで「落雷に遭い、安全装置が起動しました」と伝えられました。ただ、衝撃もなく照明もエアコンもついたまま。これならひと晩閉じこめられてもいいななんて思っていました。
しばらくして動き始めたのですが、バックでした。安全装置を解除するために少し戻ってからでないとということらしい。またストップしてしばらく時間がたちました。またアナウンス。「故障して安全装置の解除ができない」とのこと。むりやり解除したのか動きだし、垂井、大垣と徐行で走りました。
結局、終点大垣着が21分遅れ。豊橋行きが待っていて、それに乗り換えました。
写真は大垣駅のホーム。電車の落雷は初めての経験でしたが、特に事故もなくちょっと拍子抜けでした。
2008/8/2
向日葵や日ざかりの機械休ませてある 『草木塔』「山行水行」より
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