「人形の居る風景 ドキュメント オブ 百鬼どんどろ」を見ました。百鬼どんどろ・岡本芳一さんを密着した映画です。
岡本さんの若い頃は写真家の写真を使って紹介。百鬼どんどろについて、すべて岡本さんと周辺の人々へのインタビューで構成していました。ステージと公演、楽屋、アトリエの様子を丹念に写していきました。
百鬼どんどろを初めて見たときの衝撃、岡本さんの作風の変化を敏感に感じ取り、岡本さんが一歩深いところへさらに入っていくことを示唆するところなど、勉強になることが多くありました。
「何か新しいもの」を追求しないと、という思いにかられました。仕事でも趣味でもつくづく思います。
媒体に力がなくなってきました。テレビもラジオも新聞も、フリーペーパーなんか特に。Webにはまだ可能性はありそうですが、思いつくものは大体やられています。考えればいろいろありそうですが、空想の域を脱していません。
何か新しいことをやらないとジリ貧ということは、分かっていても実現させるのは難しいです。
今日DVDを見た百鬼どんどろというのは、日本の伝統的なイメージや伝統芸術を土台におきながら岡本さんという人が創り上げた、ジャンル・国籍不明の全く独自の世界です。
そのドキュメンタリーを見て、自分は何か新しいことをしているのだろうかという疑問が湧いてきました。また、新しいものを貫いていける精神力があるのだろうかとも思えました。新しいことなんて何もしていません。言われた仕事をやって「だめでした」と報告する毎日。趣味の写真にしても、廃れた方法や技術にこだわりすぎています。創造的な先人たちがやり尽くしたことをつたっているだけ。
もちろん、長い歴史をもつ技術やノウハウはそれだけで価値があります。職人技とか、伝統を継承していくことに価値があること。でも、たぶん、よほど儀式として形骸化したものは別にして、ただ従来の手法をそのままではなく、伝統を守りながらよりよい結果を得られるように常に新しい工夫があると思えます。
いきなり突拍子もないアイディアを出しても受け入れられません。趣味だと、写真の新しい可能性を開くんだなんてデジタルでヘンな加工をしても、それ自体がもう陳腐です。安易な発想ではなく、愚直に続けていたらこんなのが出てきた、ということでないといけないのかも。
新しいものを続ける勇気というのは、ムリして奮い起こすものでもないような気がします。「これしかできない」からやむにやまれず突き進んだと。それにそれが好きだからということもあるみたいです。続けられるというのは本当に強いことだと思います。
そんなことばかり考えている今日この頃です。

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