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敬愛する人たち、印象的な街、帰るべき家、明日への模索、、、その時々の気持ちを込めた写真をアップします。

 

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投稿者:丹羽広忠
M.N さん
 コメントありがとうございます。
 大変啓発されるシンポジウムでした。印象に残る言葉がたくさんありました。
 森氏が言われたように、NHKは奮闘していると思います。このところのNHKスペシャルやETVは本当によく作っています。避難した先の地域の方が放射線量が多かったという事実。単純に同心円では避難体操地域を決められない。リアルタイムに放射線量を記録できる装置で、原発周辺の放射線量を測っていく科学者を取材していました。避難者に危険を知らせ、その事実で他地域や今後の教訓として情報を記録し生かして行く。それこそが報道の力だと思えます。
 少し前の新聞では、反原発を貫いた学者の話が出ていました。既に故人ですが、学究の場での反発だけでなく尾行、嫌がらせなどの妨害にもあったといいます。その人がもし今生きて福島を見たらなんというかという問いが、その学者に近しい人に発せられました。「もうしわけありませんというだろうね」と。取り返しのつかない災害を招く前に止められなかったという自責の念にかられるはずだということです。
 昨日、3月時点で福島2号、3号炉の炉心融解は予想されていたという報道がありました。ずっと炉心融解はないといい続けてきたあげくに、いまごろそんな発表をする。記者会見では当然、そのことを追及されたようで、その回答もテレビで流れていました。「(東電は)保安院に対して提言してきた」。まだ責任のなすりつけあいをしているようにしか見えない。報道は、せめて被災者や国民の立場に立ち返って、この醜く浅ましい姿に鉄槌を下してほしいものです。

http://orange.ap.teacup.com/applet/aweek/msgcate18/archive
投稿者:M.N
 私もシンポ参加しました。森さんの言葉ひとつひとつに痛みを感じました。他人の痛みがわかる人、いえ完全に”わかる”などあり得ないですが、痛さを感じ、想像できる人による言葉、報道でなければ文章、写真だけでは表しきれないモノを伝えることはできないのではないかと思いました。
 また、言論・表現とは民主主義の基本であることを改めて認識しました。声に出さなければ伝わらない。脱原発・反原発の想いにしても、報道に対する意見にしても声に出して「脱原発!」「政権監視のよい報道だ」等具体的に行動して伝えないかぎり、それはゼロなのです。従順な大人しい日本人はもうやめよう。
 これまで心の中では原発イヤだと思っていても声に出して反対してこなかった私にも今回の福島原発事故の責任の一端があると反省します。原子力エネルギー推進の政府に積極的に賛同していたわけではないけれど、容認してしまっていた。結果は同じだったのです。 M.N

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