日本人の誇り 藤原正彦著 文春新書
こんにちは。あゆっちょです。
本日はこの一冊をシェアさせて頂きます。以前、
驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子著にてシェアさせて頂きましたが、共通する点がいくつもあります。
私たちが学ぶ歴史の真実は一義的なものです。私たちが学ぶのは、中学や高校の教科書でしか歴史を学びません。その教科書からの情報、そしてテレビなどからの情報が全てです。
歴史の解釈において、画一的な情報しか手に入らないというのは、確かに不思議な気もします。画一的な情報にするためには、いらない情報やその反証となるものを削っていかなければ画一化されないからです。
画一化に向けて、削り取られた情報の一部が、この本には記載されているように思います。
では、参考になった部分を一部引用させて頂きます。
■「日本がすべて悪かった。日本軍人は国民を欺して戦争に導いた極悪人だ」という洗脳教育から大多数の国民がまだ解き放たれていないのです。そして「戦争は自衛のためであろうとすべて悪だ」と考え続けることこそが、平和を愛する人間の証しと信じているのです。
日本の軍人達は、戦場に涙ながらに老いた父母を思い、自分の死後に遺される新妻や赤子の幸せを祈り、恋人からの手紙を胸に秘め、学問への断ち難い情熱を断ち、祖国に平和の訪れることを願いつつ祖国防衛のために雄々しく戦いました。それが今、地獄さながらの戦闘で散華した者は犬死と嘲られ、かろうじて生き残った者は人殺しのごとく難詰されるという、理解を絶する国になってしまったのです。祖国のために命を捧げた人に対し感謝の念をこめ手を合わせて拝むべきものであるのに、戦争の罪を一身に背負わせているのです。
このような状態で日本人としての誇りが生まれようもありません。
■私は(南京)大虐殺の一つでも出てくる日までは、大虐殺は原爆投下を正当化したというアメリカの絶望的動機が創作し、利益のためなら何でも主張するという中国の慣習が存続させている、悪質かつ卑劣な作り話であり、実際は通常の攻略と掃討作戦が行われただけと信ずることにしています。さらに事を複雑にしているのは日本国内に、大虐殺を唱え続けることが良心と平和希求の証し、という妄想にとらわれた不思議な勢力があることです。「南京大虐殺』は歴史的事実ではなく政治的事実ということです。
■二十年以上にわたり毎年10%以上も軍事費を増加させるという中国の異常な軍備拡大に抗議するどころか、すでに6兆円をこすとも言われる巨額のODAを与え、さらに援助しつづけるのも、自らの対中防衛力を高める努力もしないでハラハラしているだけなのも、中国の不当な為替操作を非難しないのも、「南京で大虐殺をしましたよね」の声が耳にこだまするからです。中国の対日外交における最大の切札になっているのです。
■十六世紀以降の世界史の半分は、恥ずべき人種差別に基づいた、残虐非道な欧米の侵略史と言っても過言ではありません。人道、正義、文明の神聖なる使命、などのもっともらしい旗印の下、白人がアジア、アフリカ、南北アメリカ大陸と次々に土地を奪い、愚民化した住民を家畜のごとく使役し、苛烈な搾取を行い、従わない者は虫けらのように殺す、という歴史でした。(中略)昭和だけを切り取るということは、四世紀もの長きにわたる欧米列強の酷薄を免罪し、日本だけを貶め、「東京裁判史観を認める」ことに導かれる危険を高めるのです。
■もし現代の定義を適用して日本を侵略国というのなら、英米仏独伊露など列強はすべて侵略国です。ヨーロッパ近代史とはアジカ・アフリカ侵略史となりますし、アメリカ史とは北米大陸太平洋侵略史となります。清国も侵略国です。ただしこれらの侵略国家が倫理的に邪悪な国ということになりません。この二世紀を彩った帝国主義とは、弱肉強食を合法化するシステムだったからです。また、侵略をしなかった国は道徳倫理が高い国ということにもなりません。単に弱小国だっただけです。人間とはその程度の生物なのです。(中略)最も重要なことは現代の価値観で過去を判断してはいけないということです。人間も国家もその時の価値観で生きるしかないからです。
■日本近代史における戦争を考える時に、満州事変頃から敗戦までを一くくりにした十五年戦争や昭和の戦争がありますが、このように切るのは不適切と思います。その切り方はまさに東京裁判史観です。(中略)私の考えはそれに近く、ペリー来航の1953年から、大東亜戦争を経て米軍による占領が公式に終わったサンフランシスコ講和条約の発効、すなわち1952年までの約百年を「百年戦争」とします。
■日本は恐ろしい侵略国であった、などというフィクションを信じこまされているから、日本人自ら「自分達は1人1人はよいのに集団になると暴走しやすい危険な民族である」と自己否定してしまい、自国の防衛にすら及び腰になるのです。そして何より、明治以降を占領軍と日教組の都合に合わせて否定されたままにしておいては、いかに江戸期まで素晴らしい文明を創り上げた日本があっても、祖国への誇りを持ちにくいからです。歴史の断絶とは故郷の喪失のようなもので、祖国へのアイデンティティー喪失につながるのです。
■日本は、帝国主義、共産主義、そして新自由主義と、民族の特性にまったくなじまないイデオロギーに、明治の開国以来、翻弄されつづけてきたと言えます。
以上、参考になった部分を引用致しました。
重要なことは、この本の目的は歴史問題を論じることではないということだと思います。
あくまで著者の目的は日本人の本来持っている価値観や自尊心を取り戻すことであり、歴史問題を提起したいのではないということです。
ただ、著者の考えでは、日本人の誇りを取り戻すためには第二次大戦後に行われた教育、その教育によって植え付けられた歴史観について触れざるを得ない。それが歪曲していることを証する道具として東京裁判や南京大虐殺についての記述があるものと思います。
歴史問題となると、感情的議論になりがちなのでこの場で私の意見を述べる事は致しません。しかし少なくとも歴史の教科書やマスコミの報道を100%信じるというのは非常に危険なように思います。少なくとも、この1冊をぜひ読んで頂きたいと個人的には思います。
では皆様、またお会いいたしましょう!!
あゆっちょ