今日は、12/8。
毎年この日は、絶対にこの記事を書きます。
勿論、ジョン・レノンが亡くなった事です。
今年は、生誕70周年、ビートルズ解散40周年、そして没後30年と言う事で、
マスコミの扱いなども大きいようです。
毎年チェックしているのではありませんが、
BBCや英国の新聞サイトは、この日に大概、関連記事を掲載しています。
特に、BBCのリヴァプール・ローカルのサイトは、やはりその割合が高いようです。
かつて、英国一人旅に2度行きましたが、
リヴァプールにおけるビートルズ・グッズの中で、
やはりジョン・レノンの物は品切れが多かったです。
確かに、最後はアメリカ人として亡くなったのですが、当然人気は非常に高いです。
1980年のこの日の事は、未だ鮮明に覚えています。
当時、中学2年生だった私は、家に帰ると、
母親から「ニュース、ニュース、ジョン・レノンが死んだよ」。
こう言われました。
小学5年生の終わりくらいからビートルズを聴き始めた私は、
その頃はもう、強烈にビートルズにのめりこんでいました。
ただ、母親からそのニュースを聞いても、良く判りませんでした。
「ホンマかいな??」と言う感じです。
そこで急いでTVをつけると、
ワイドショーのキャスターが「ジョン・レノンの思い出」みたいな事を語っていました。
「ああ、やっぱり死んだんか・・・」
そこで私は慌てて、近所のレコード屋に行きました。
『ダブル・ファンタジー』を買いに行ったのです。
5年間の活動休止明けで発表した、言うまでもなく当時のニューアルバムです。
なお、記憶ではこのアルバム、
アメリカで11/28に、日本では12/5に発売されたばかりでした。
つまり、日本ではもう既に発売されていましたのです。
そして、実は私がビートルズを聴き始めて以降、
特にジョン・レノンとポール・マッカートニー師のソロ・アルバムは、
リリースされていませんでした。
マッカートニー師の場合、『ロンドン・タウン』が出て少し経ったくらいですし、
ジョン・レノンは「ハウス・ハズバンズ」時代。
この状況ですから、私はソロの新作を「渇望」していたのです。
従って、本当なら『ダブル・ファンタジー』を、
リリース後すぐに買いたい状況でした。
収入のない(笑)中学生でしたが、それ用に小遣いも貯めていました。
しかし、買う事に踏み切れなかったのは、
このアルバムの2曲目、
ヨーコさんの「キス・キス・キス」がネックだったのです(笑)。
ご存知の方も多いですよね、この曲。
この曲の「過激さ」は、既にあちこちで話題でしたし、
マジメな(笑)中学生だった私としては
「こんなん、こうてエエんかいな」と思っていました。
いや、買ったっとしても、
「この曲を聴くときは家族に判らない様に音を絞るか、
ヘッドホンで聴かないと・・・」と思っていました(笑)。
今のデジタルソフトのように、スキップなんかが気軽に出来ない時代ですし。
しかし、あろう事か、ジョン・レノンが亡くなったのです。
そんな事言ってられません。
ただやはり、買ってからも「キス・キス・キス」の時は、音を絞りました(笑)。
実は当時の『ダブル・ファンタジー』は、ジョン・レノンが亡くなって以降、
LP盤のタスキが「追悼盤」印刷の物に差し替えられました。
ただ私の物は、12/8当日に買ったので、普通の物です。
ちなみに、レコード屋さんのご主人とはこの時は話しませんでしたが、
ジョン・レノンが亡くなった事は、まだご存じなかったようです。
そして、翌日はいろんな新聞を買い漁りました。
家のどこかに、当時の新聞は残っているはずです。
その後しばらく、私は毎年12/8の前1週間、
ジョン・レノンやビートルズしか聴かなくなりました。
また、12/8が近づくと、何となく気持ちが揺れました。
そして、必ず12/8当日は黙祷しました。
一方で、数年間は、
亡くなった事が信じられない、信じたくないと言う気持ちも抱いていました。
さすがに最近、
「前1週間はジョン・レノンとビートルズしか聴かない」と言う事はありません。
しかし、この日は年に1回だけ『ジョンの魂』を聴きます。
因みに、この大傑作を頻繁に聴かず「年1回」にしているのは、
内容があまりにも重たいからです。
そう簡単な気持ちで聴けるアルバムではありません。
そして、黙祷は必ず行っています。
今日も、やりました。
・・・あれから30年。
世界でも日本でも自分自身でも、いろんなことがありました。
そして、世界中の人は、
41歳以上のジョン・レノンを見ることが出来なくなっています。
勿論、生きていればそれ以降、どんな音楽を聴かせてくれたのか、
どんなメッセージを発したのか、凄く興味があります。
ただ最近は、それと同じくらいに
「どんな風に老いていったのかなぁ・・・」などとも思います。
それは、思想面だけではなく、容姿もそう思います。
未だ精力的なマッカートニー師のようになったのか、
或いは仙人のような感じになったのか、
または、普通に年を取ったのか。
ジョン・レノンは「息子のために100まで生きる」と、菜食主義者になりました。
あの事件がなければ、きっと今も元気だったと思うのです。
70歳のジョン・レノンを見てみたかったです・・・。
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なお、当時の正にこの時期。
世界の音楽シーンにとって、物凄いニュースがもうひとつありました。
ジョン・レノン殺害のニュースで霞んでしまったのですが・・・。
それは12/4に、レッド・ツェッペリンが解散声明を発表した事です。
9月にジョン・ボーナムが事故死してから、その後が注目されていたツェッペリン。
しかし、確かにそう予測されていたようですが、正式に解散しました。
その時、私はまだツェッペリンを聴いていませんでしたが、
それでも凄く大きなニュースだと思いました。
程なくして、もっと大きなニュースが飛び込んだので、
かなり印象が薄くはなりましたが・・・。
勿論、後年、ツェッペリンを猛烈に好きになってからは、
「このニュース、本当に陰に隠れてたなぁ」と思いました。
1970年にビートルズが解散し、
ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンが亡くなりました。
そして10年後、
ジョン・レノン、ジョン・ボーナムが亡くなって、ツェッペリンが解散。
節目の年に、大きな事があったのですね・・・。

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