2009/2/23

この訳すきじゃない(その2)!  

 ショパンのEtudeを練習曲と訳するのは好きじゃない、って前に
書いたのだけど、本当の練習のための練習曲はなんて言うんだろう。
とふと思い出して、いろいろと見てみたんだ。まず、練習曲というか、
ひたすら指の練習のための曲っていったらハノン。これはCharles Hanon
というおじさんが作った曲。フランス人だから、ハノンとは読まずに
アノンと発音するのが正しいんだろうけどね。この人は1920年
生まれなので、ショパンより10歳年下。日本では名前が本の代名詞に
なってしまっているけど、本来の名前は、
 「Le Pianiste virtuosite en 60 exercises」。
60の練習で為る高度な技巧を持つピアニスト、
とでも訳したらよいのだろうか?
とにかくハノンのような典型的な練習曲はアノン先生に
よればexerciseということになる。エクササイズで、決してEtude
ではない。

 もうひとつ、典型的な指の練習曲といったら、ブラームスの
51の練習曲があるかな。これは完全に指を自由に動かすための
練習曲。ブラームスはこれにUbungenという名称を用いていて
Etudenとは言っていない。ちなみにドイツ語の辞書でEtudenをひくと
(美術などの)習作と出てくる。ショパンのEtudeは、練習曲と
訳すよりもやっぱり研究曲か習作というのが的をえているよね。
 
 なんか細かいことに突っ込んでいるようだけど、実はこれは
奥が深い。日本の教育問題そのものかもしれない。日本のお勉強は
いつもUbungenやTravailやExerciseで、EtudeとかStudyって
ところがぬけちゃってんじゃないかな、、、って時々思うんだけど。
計算をひたすら早く確実に、ってのは必要なんだけど、その奥の
原理だとかを実際に考えさせるってところがなかなかできていない。
しかも試行錯誤をさせながら考えさせるってところができていない。
日本の世の中もそれを深く認めているとは言い難いよね。
思考をさせるというEtudeとExerciseを完全にごちゃごちゃに
している。

 ひょっとして日本語にこの2つを明確に分離する概念が
ないんじゃないだろうか。やまと言葉にある「まなぶ」は、
真似るからの派生語だっていう説をきいたことがあるけど、
これはまさにExerciseでEtudeじゃないね。

 勉強ってのは漢語なんだろうけど、努めて強くする、なんて
めんどくさいExerciseを努力してやる、って意味なんだろうなあ。
学問ってのは漢語で、学んで問う、ってことだから、
この場合、学がExerciseで問うがEtudeかもしれない。
まあ、学問にまで至ってやっとEtudeがでてくるのかな。
日本では理屈を問うことには重きは置かれていないようだよね。
僕も小さい頃から、理詰めでの話をしようとすると、
屁理屈言うなとかよく怒られたものだ。

 まあ、禅宗の修行みたいなものかもしれない。禅宗じゃ、
不立文字などと言って、悟りや根本原理は繰り返し繰り返しの
修行のなかから感得するものであって、原理を知るために
人間の浅知恵をこねくり回すなんて愚だ、って感じ。だから
理屈とか思索よりも練習を、ってことになるんだろうね。
ショパンのEtudeをひたすら練習して、そこからいろいろと
感得してゆくことは非常に重要なことで、その意味で
ショパンのEtudeは、それを練習するひとのための練習曲
ではあるのだろうけれど、すくなくともショパンはそう思って
書いたんじゃないだろうね。彼が練習曲を書いたときは
まだまだ売れないピアニストだったころだし、そんな人が
作った練習曲を誰も練習用になんか使おうと思わないに違いない。

 さてさて、話が硬くなっちゃったけど、このExercise
(exersize)とEtude(study)の違いは、ガキどもに勉強させる
にあたってもちゃんと分けて考えなくっちゃならなかったん
だろなあ。そんなこと考えもせずにいままで勉強させてきたなあ。
この点については、ひたすら反省というか後悔するしかないパパ
なのです。

「自分でいろいろと考えさせる、しかもあらかじめ思考の方向を
与えずに自由に考えさせて、その考えたことを、その起承転結が
明確にわかるように説明させたり、記述させたりすること」と、
漢字や算数の計算練習とを混同させてないようにしないとね。
ただ、自由に考えさせる研究的思索は、
勝手にやらせておくと何にもしないで
女の子のこと想像するだけで終わっちゃうから、よほどしっかりと
指導しないと遊んでるだけになっちゃう。いわゆるゆとり教育の
弊害になっちゃう。まあ、とってもむつかしいって言うか、
指導者がしっかりしていないと絶対にできないよね。
ExerciseとEtudeの違いが、語彙に明確に定義されていない
日本で、ゆとり教育が失敗するのもまあ、無理はないかな。

 せいぜい、ガキどもがつまらん(と大人が思うような)
質問をしてきた時に、ガキどもと等身大になって
聞いてやって一緒に考えてやるくらいしかないのかもしれない。
あるいは、いかにしてガキどもに質問をさせるか、これが
第一の問題。それからレトリックというか修辞学をちと教えて
明確に自分の考えを述べられうようにするのも重要なんだろう。

 しかし、こんな悩みを持てるのはきっと恵まれた親で、
うちのガキのように才能ない連中にはせっせとExerciseを
させておくのが無難なんだろうなあ、、。でも全然勉強
できないうちのガキは、それについてももう完全にToo Late だな。
とほほ、、、




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2009/2/3

この訳すきじゃない!  

 リストのエステ層の噴水は、Jeu d'eau de Villa d'Este。
ラヴェルの水の戯れは、Jeu d'eau. 訳と原文が逆になっちゃったけど、
なんでラヴェルのJeu d'eau Jeu が水の戯れで、なんでリストの
Jeu d'eau が噴水なんだ。これはまあ、翻訳者の苦心の賜物で、
まあ中身をよくあらわしているからいいけれど、ラベルのやつを
水の戯れと訳すと、本来ラヴェルが思っていたのとは別の感覚の
先入観を与えないか、ってちょっと気になるんだよなあ、、
ラヴェルは単純に「噴水」の描写をしたかったのかもしれないのに、
「水の戯れ」っていう訳があるばかりに、細かいところを
気にしすぎた解釈になったりしないかなあ、、、、

 翻訳の曲名でいうと、僕が気に入らないのは、ショパンの
エチュードを練習曲と訳すやつ。どうみてもエチュードの
本来の意味を語っているとは思えない。誤訳どころか
悪訳、最悪だとおもうんだけど、、、でも、このような
訳をつくった時は戦前だろうし、そのころは欧州のいろいろな
文化を暗中模索で学びつつどんどん日本に発信していた時代
だから、元訳をした人はちっとも悪くない。その後、それを
修正しようとか、考え直そうとかしなかったアカデミズムの
重鎮の問題かもしれないね。

 大体、フランス語で練習っていうのはtravailであって、
etudeってのはむしろ研究だからね。英語で言うと、練習は
workで、etudeにあたるStudyは研究とか「学問の深淵の
理論を学ぶ」って意味で、単純にテクニックをつけるための
練習ではない。最近のピアノの先生に言わせると、ショパンの
エチュードは演奏会用の曲で、練習曲じゃないとか言っている。
そんな風に言わないで、エチュードを練習曲なんて訳さないで、
素直にショパンの試行曲とか研究曲とかに訳しなおしたらいい。
僕が(下手くそだからそんなことはきっとまずありえないだ
ろうけれど、)ショパンのエチュードを人前で弾くことがあった
としても、決してプログラムに練習曲とは書かせない。
でも研究曲とか試作の12曲とかいってもわからないだろうから、
もう翻訳は諦めて、エチュードというしかないよね。
翻訳の罪つくりだ。

 ところで、ショパンがなんで即興演奏が得意になったかと
考えると、(ここからはあまり1次資料のうらずけもないから
あくまでも僕の想像なんだけど、、、)若き日のショパンの
体の中にはバッハの平均律のプレリュードが完璧に
血肉となって吸収されていて、それを自由自在にいじくったり
遊んだりして即興演奏をしていたんだろうと思う。
バッハのプレリュード24曲、もしくは48曲ってのは
個々は単純なものもあるけれど、それをすべて集めると
巨大な音楽空間を埋め尽くし、またそれぞれが独立した
要素であるようにも見える。数学でいうところの
音楽空間を張る完全完備な正規直交関数系みたいな
もんだろうなあ、、。正規直交関数系ってのは、もう
宇宙を構成する規格化されて必要十分な要素だから、
まさにバッハのプレリュードってのはそれなんだろう。

 しかし正規直交関数系ってのが正弦&余弦関数だけでは
ないというのと同様に、きっとバッハのプレリュードも
唯一の正規直交関数形ではない。そこで、ショパンは、
僕の感覚にもっとふさわしい関数系列はないだろうか、って
思ったのかもしれない。ショパンの感情を表現する要素で、
もっと素敵な要素群はないかな、、、て考えたんだろう。
そこで、トライアルとして、あるいは自分自身の研究の
一端として作ったのがエチュードじゃないんだろうか、、、。

 ちまたエチュードをショパンの曲を弾くために
ショパンが作った練習曲だ、などというひとがいるが、
それは作曲順序さえ見ずに感覚だけでいってる
じゃないかなあ。ショパンは19歳の時にエチュード
を書き始めていて、そこでは「僕自身の特別なやりかたで
大きなテクニックのエチュードを書いてます」なんて
言ってんだよね。そのころは、まだプレリュードも
書いてないし、舟歌なんか全然頭の片隅にもないころ
だもんね。ソナタの2番3番だってまだ構想すら
ないころだろう。

 ショパンが即興演奏にノリノリだった若い頃だよね。
エチュードって即興演奏の素材の試作集だったんじゃ
ないだろうか、、。きっと子供のころの
ショパンはバッハのプレリュードを基本にいろいろな
即興をして楽しんでいたんだろうけれど、だんだん
バッハのプレリュードという関数系列にあきたらなく
なって、自分なりの空間を張る系列がほしくなって、
それでエチュードを作ったんじゃないだろうか。

 まだショパンが世の中でさほど認められていないで、
社会のしがらみなく自由な発想をできたころ。だからこそ、
バッハを向こうに張った、要素関数集なんかを大胆にも
作れたのかもしれない。有名になっちゃって、名声が
高まって「白い手袋」が必要になったあとで、こんな
大胆なことができるかどうかはわからない。

 まさに、エチュードって研究曲というか、試行曲集
だよね。で、確かにエチュード後の彼の曲は、
エチュードの要素をあっちこっちからもってきて、
自分の感覚表現につかっているよね。若い無名のころに
自分の人生の課題の要素を考えちゃて、それで後は、
そこでできた礎のもとに、オペラだとかいろんな
ところで得た感覚を自由に表現しているんだよね。

 ラプラス変換は複素指数関数系列による展開。
バッハを基本にシンセシスをすれば古典ができる。
まあ、バッハのプレリュード24(48)曲は
指数関数群みたいな素直で一般的な関数群なんだろう。
ショパンのエチュードはなんだろうか。
もっともっと複雑怪奇な関数群だんだろうなあ。
でも、恋の非線形とか、エロスのような美と醜の紙一重とか、
そんないったものを表現するのにとっても適した関数群。
それをうまーく使いこなすとフランスのロマン派になるんだろうな。
フォーレだって基本はショパンのエチュードと
プレリュードかもね。

 今日はパパの趣味に入りすぎたかな。これじゃあ
ガキには理解できないかも。次回は別のことを書きます。 
酒でものんで寝よ。今日はアイラモルトのロックかな。
 














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2009/2/2

ラプラスとポケモンと進化形  

 ラプラスがでたついでにポケモンのことちょいと
見てみたんだけど、ものすごーくたくさんの数のポケモンが
いることがわかった。何百もあるらしい。
で、こともあろうにうちのガキどもはその何百もの
ポケモンの種類を全部覚えているんだとか、、、
漢字(今は英単語だけど、、)や植物の名前は
全然覚えないくせに、何百匹もいるポケモンと
その属性だとかはすぐに覚えてしまう。
ポケモンには水とか炎とか属性があるらしい。
さらにその上、ポケモンには進化形ってのもあるらしい。
あの黄色いピカチュウの進化形がライチュウなんだそうな。
でもわが敬愛するラプラスには進化形がないんだとか、
しかし、こんなことを覚えられるのなら、この記憶力を
もうちょっと建設的につかってもらいたいものだ。

 でもまあ、(パパの勝手な解釈によれば)
遊びこそが人間の人間たるゆえんだなどと唱えて、
ホモルーデンスなんていう言葉を言い出したホイジンガーって
人もいるし、ポケモンを一生懸命覚えるのも
意外と健全なのかもしれない。
(パパが料理をして喜んで、下手くそなピアノ弾いて
悦にいってるのも、ルーデンスそのものだからねえ、、、。
ただうちのガキどもはまだ、パパはガキどもに
おいしいもの食べさせるために一生懸命料理してくれてる、
それはそれは大事な仕事をやってくれてるんだ、って
信じてるみたいだから、そのまま信じさせておいたほうが
こっちには都合がよい。ちなみに連中もこのブログのことは
なんにも知らないはずだ。)

 ところで、ピション君(子供のころのショパン)の
頃には当然ポケモンなんてなかったけれど、どうやって
遊んでいたんだろう。なんてったって遊びこそ人間の
本性だってホイジンガーっておじさんが言っていたし、
まあ、当然ピション君もピアノで遊んでいたに違いない。
彼はものすごく即興演奏が得意だったってものの本には
よく書いてある。雑音発生させるだけの即興ならだれでも
できるけど、それがまた繊細でうっとりさせるような
即興演奏をする、っていうのだから、たまったもんではない。
どうしてそんなことができるんだろう。

 でもきっと即興演奏といってもいろいろな即興のネタが
頭の中にはいっていたんだろうな。さまざまな和声展開や
いろいろなフレーズの断片が頭のなかにきれいに整理されていて、
その時々の感覚でそれらの頭のなかの引出しのあちらかこれ、
こちらからこれ、というようにいくつかの枠組みをもってきて、
それで即興の部分をうまく補強しながら弾いていったにちがいない。
なんて、僕のような凡人にショパンの頭脳がわかるわけ
ないのだけれども、なけなしの僕の脳みそを使って
想像するときっと上記のようなことになるのだろう。

 どんな練習をしたら、そんな風にいろいろなフレーズだの
ハーモニーが頭の引出しに整理されるんだろう。
ショパンの先生のエルスナーはどんな教育をしていたんだろう。
かれの初期の作品はきっとそれらの教育の名残をのこしている
に違いない。で、かれの初期作品っていうとエチュードとか
プレリュードとか、、、。よくバッハの平均律の影響受けているって
言われてるので、ちょいと注意してみてみたんんだ。
たしかに、バッハのプレリュードをいくつかもってきて混ぜ混ぜして、
ショパンの香りをつけるとエチュードになっちゃったりする。
そう思ってみると、ほんとにこのリズムは平均律の何番から
もってきて、あの和声進行はあっちのあれから持ってきて、
っていうのがずいぶん見えてくる。

 平均律2番目のハ短調のプレリュードの進化形が
エチュード作品25−1のエオリアンハープかな。
和声進行は全然ちがうけど、メロディーを和声に組み合わせて
あるとこなんかそのまま。
 ショパンのエチュードのcis molの10−4は、バッハの
14番のプレリュード。黒鍵のエチュードもリズムというか
雰囲気は平均律6番目のプレリュードのエッセンスをふくんでるよね。
恐怖の345の10−2は平均律5番かな。
ショパンがバッハのプレリュードを進化形ににしてるんだよ。
だとるすとエルスナー先生は徹底的に平均律を覚えこませて、
さらにその一つ一つのリズムや断片が完全にショパンの体の一部に
なっていたんだろうなあ。

 でも、中後期の作品になると、だんだんとプレリュードの
匂いがないわけじゃないけど、薄くなって、ショパンらしさが
増してくるように感じるんだけど、そんなこと言ったきっと
またピアノの先生に「今頃わかったのか、おせーんだよ!馬鹿!」
って言われるに違いない。

 でも、プレリュード集って、ショパンが書いて
その後ドビッシーも書いてるしラフマニノフも書いていて、
みんな前衛的なドキドキするような素敵な作品ばかり、、。
これはバッハの播いた種をショパンがうまく育てて、それを
どんどん引き継いで次の時代に渡してきたって感じ。
みんなみんな、バッハはそらんじてたんだろうなあ、、、

 ショパンの頭の中の血肉になったバッハの断片が
ポケモンならぬ進化形になってショパンの作品になってんだよね。
でもショパンはそれを楽しみながら全部吸収しちゃったに違いない。
でもそれもエルスナー先生が、みっちりと仕込んだからなんだろうなあ。
やっぱりゆとり教育なんてダメなんだよね。
才能あるやつにこそ詰め込みしなくっちゃ、というか
才能あるやつはいくら詰め込んでもどんどん楽しみながら消化しちゃうんだよね。
ああ、うちのガキは漢字も英単語も歴史の年号も、
詰め込んでも詰め込んでも吐き出しちゃって、、、
まあ、才能ないってことなんだけど、才能ないからこそ詰め込み教育
でも施して、将来飯が食えようにしなくっちゃならないのに、、、
パパの苦労はいつまでたっても終わらないなあ、、、

 おいガキども勉強しろ!




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2009/2/1

ラプラスに乗って、和声に行こう  


 うちのガキどももお多分にもれず、その昔ポケモンに凝っていた。
つぎからつぎへとちと変ったポケモンの名前を覚えてきては
歌をうたっていんだけど、ふと気がつくと中々面白い名前もある。

「ぷーぷりんーーぷりん〜〜〜〜ぷりん〜〜〜、、」と歌っていたかと
おもうと
「ラプラスに乗って、どこまでも行こう!」
なんて歌いだした。でもここで超マジメなパパはつい反応してしまったのだ。
ラプラス?ほお、、、なかなか面白い名前をつけるものだ。
そこで、ラプラスってどんな化け物なんだ?ってきくと
化けものじゃないモンスターだ、などと馬鹿なことを
言ってくる。まあ、そこはとりあえず置いといてまずは
「ラプラスはどんな奴だときいてるんじゃ」
というと、「頭がいいんだよ!可愛くって」と言っている。
そりゃそうだろう、ラプラスといったら偉大な数学者。
ラプラスがいなけりゃ、関数解析だって、微分方程式だって、
なんてったって周波数解析だって全なかなかできないもんなあ、
というと「またパパ馬鹿なこといってるー!」と捨て台詞を
残して、またラプラスに乗ってどこまでも行こう、、、と
鼻歌歌いながらいってしまった。

 そうか、きっとポケモン作った人も、名前を考えるのに
困って、そのむかし勉強した(理科系じゃなきゃ勉強しないかも
しれないけど、、、)ラプラスの名前をもってきたのかもしれない。
なんせ、相当の数のモンスターがいるらしいくて、
それらにみんな名前がついているのだから、きっと
名前を考えるだけども相当大変だったに違いない。でも、
Laplaceなんて名をつけているんだから、ひょっとすると僕とも
同族かも、なんて思ってちょっと親近感がわいてきて、
当然パパはラプラスファンになってしまったのだ。
そうか、数学者のラプラスだ、、と勝手によろこんで、
ガキどもにラプラスは偉いんだ、と話していたんだ。

 で、当然ラプラスはLaplaceなんだろうと思っていたんだけど、
英語版のポケモン見てたら、Laprasとなっていてちょっとがっかり。
例の数学者のラプラスじゃあなかったんだなあ、、まあ、
カタカナだから一緒だし、ここで、LaprasをLaplaceと混同して
説明しても、きっとうちのガキは一生そのパパの誤魔化しを見破る
わけがない。ラプラスは数学者だということで通すことにした。

 まあ、パパの勝手な想像はどうでもよいのだけど、
珍しいことに「ラプラスってなにした人なの?」などと
めずらしく聞いてきた。さて、そこでパパはこまった。
ガキにどうやってラプラスを説明しよう。
どうやってガキにわかるように説明してやろう、、、、
こりゃなかなか難題だ。まあ、こういうのは
のんびりとお酒をのみながら考えるのがよい。
というわけで、グレンリベットの濃いめの水割り片手に
ピアノの前で「ラプラスに乗って、、、、」
などと旋律を弾きつつふとおもいついた。
おいガキどもラプラス変換ってのはな、、といいながら、
ソシレの和音を聞かせてやって、この和音はなんだ?
と聞いてやった。ファラドかな、、、ドミソじゃないかも。
なんて言っている。絶対音感が無いのがもうばればれ。
でもファラドとソシレを間違える程度なんだから
まあいい線いってるかな。でも問題のラプラスは
でももうここまで来たらしめたもの。

 和音を聞いたら、それが何の音がまざったものか
言い当てるのを、算数でできるようにしたのがラプラスで、
ドミソの音を聞いて、ドとミとソが混ざったのって分解
するのがラプラス変換なんだ、と超いい加減な
解説をしてやった。(これはフーリエ変換じゃないか
とおっしゃる方もおられるだろうが、まあ、ここは
ガキ向けということで酔っぱらいに免じて
ご容赦ください。でもピアノの音は減衰するので、
正確にはフーリエ解析でなくラプラス解析の
対象だとおもうけど、、、、とは酔っぱらいの談)

 なーんだ、ラプラスも音楽わかるんだ、なんて
へんなことを言ってあっちに行っちゃった。でも、
このラプラスは人の言葉がわかるポケモンらしい。
要は音声信号の過渡応答ふくめた解析ができるって
ことで、それはラプラス変換の応用そのものだから、
ひょっとするとポケモンつくった人はそこまで考えて
いたのかも、、、、

 ところで、和音の話になっちゃったけど、
和音の理論っていうか、和声理論っていうんだろうけど、
わかりにくっていうか、どうにも説明が高圧的で、
私の脳みそには訴えてこない。これはいっぱい練習して
直感でわかってぱっとピアノで和音がでるようにしなくっちゃ
ならない、ってピアノの先生は言うんだろうなあ、、、
でも、そういったものには理論って言葉は合わないような
気がして、どうも和声の本を何度見ても「経験則集」を
超えているように思えない。ドミは長3度で、ミソは短度、とか
ドミソはトニックで、だとかどんどん新しい定義をしている。
定義なんて、最低限でいいのに、っておもいながら、
和声の本をみてみると、公理なんてことばがいっぱい出てくる。
まあ、これはエレガントな数学と音楽の世界を一緒に
しちゃいけないんだろう。

 でも、所詮フーリエ変換というかフーリエ級数の世界だから、
もそっと僕にわかりやすい方法だってあるにちがいない、、
だいたい、ピアノに向かうときにはいつも酔っぱらってるもんだし、
和声なんて真面目に勉強してないからこんな文句がでるのは
わかってるんだけど、、、ちゃんと勉強したひとなら、
なにも困らないんだろうなあ、、、

 で、ふとピアノに向って、一オクターブは倍だから
3デシベル。3dBHzかな。だとすると、半音はその12分の1だから
1/4デシだなあ、、。こう考えると僕にはずっとわかりやすい。
長3和音は、1デシ+0.75デシ。
G7は1デシ、0.75デシ、0.75デシ、
減7度は、0.75デシ*3かあ、、。転回系も
1デシ+0.75デシ+1.25デシ=3デシを
0.75デシ、1.25デシ、1デシにしたり、
これを巡回変換しているだけなんだよねえ、、、
それがどうして同じ和声的に一緒なんだろう、、
きっと高調波を一緒にいれると説明できるだろう、、、

 ちょっと考えてみましょかね。
お酒飲んでないときに。
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2009/1/27

ピション君は何を食べてたんだろ、、  

 ピション君(ショパンのパパもショパンだから、
若いころのショパンをピション君と呼ぶことにしよう。)
も酔っ払ってピアノを弾いていた事があったって、
いろいろと資料をあさってやっとわかったんだ。
でもそうしていたらこんどは、
「彼は何を食べていたのだろう?」と疑問が
わいてきた。気になりだしたらとまらない。
ああ、また僕の妄想が暴走し始めてしまった。
願わくば、この妄想がエッチ系に行かないように、
あるいは、ガキどもにコケにされないように、と願うしかない。

 ショパンがポーランドからパリにでてくるころといったら、
日本で言ったらいわゆる文化文政の江戸の文化の爛熟期にあたるのだろう。
まさに、江戸の文化の華だよね。食べ物も器も、それまで
庶民に手が届かなかったものがどんどん江戸の商人や町人の
手の届くようになってきたころ。
伊万里の磁器の食器も輸出用なんかじゃなくて、
江戸の庶民がつかう日用の雑器がどんどんつくられた頃。

 そりゃ、元禄伊万里はとても素敵だけど、
高級品ばかし。ハプスブルク家のお城にかざってあったような
磁器なんだよね。ピション君のパパのつかえていた
貴族のお城にも元禄伊万里があったかもね。
もしもあったとしてもピション君のパパみたいな
フランス語教師などがそうは簡単に使えるものでは
なかったに違いない。
とはいえ、もうその頃には、マイセンとかリモージュ
でも元禄伊万里のコピーからそろそろ脱却して
すてきなものが焼かれるようになっていたので、
意外と手にとってみていたのかもしれない。

 文化文政の染付磁器なんか、そりゃ元禄の贅をつくした上方の
大旦那向けや欧州輸出向けのものみたいに凝ったものじゃ
ないんだけれど、長屋のオヤジと「そば食いねえ、泥鰌くいねえ」
って、ちょこちょこと使ってた感じ。
その図柄がちょっとダサいんだけどそれでいて面白い。
蕎麦猪口なんかだとかもう図柄など数えたら何種類あるか
わからない。古染付(明末清初の日本から景徳鎮に発注された
染付磁器)の天衣無縫でひょう逸なオリジナルな
図案はのこしつつも、それがこなれてこなれて、
完全に大量生産向けの様式化しちゃっている。
唐草なんて、デフォルメされてタコ唐草みたいになって、
もうホントに日本のこなれたものになって。
大量生産と手作りの妙の両方のはざまをあっち行ったり
こっち来りしてそりゃたのしくっていいよね。

 器の話になっちゃったけど、器の中身の御本尊様だって、
江戸前のお寿司ができたり、背開きで蒸して焼く江戸前ウナギの
かば焼きだとか、それぞれ多くの素材を使ったり、
手順が複雑だったり、いろいろなバラエティーがでてきてね。
ドジョウなべだとか、そばきりだとか、そういった江戸前の
食文化がどんどんとできて栄えてきたころだね。

 そういえば駒形にある「どぜう」のどぜう鍋って
ネギをたくさんたくさん足しながら食べられて、
本当に武蔵の国の料理って感じ。
どぜうを食べるというよりもどぜうを出しにして
うまいネギをたくさんたべてって風情がいい。

 畑作しかできないものだからそこらじゅうネギを
作つけていた関東ローム層の洪積世の高台と、
どじょっこがぴちゃぴちゃとやっていた
荒川沿いの氾濫原の稲作地帯が複雑にいりくんだ
武蔵ならではの料理。まさに江戸の風土に根ざした
料理だな。蕎麦屋で、板わさと「浅草」海苔で一杯やって、
なんてのもこのころの江戸の粋な味なんだろうなあ。
いまほど流通が発達していないので、まだ食生活が
ものすごくその土地の特産に依存していた頃なんだろう。

 その時もこんな風に江戸後期の食べ物のことでも
考えていたんだろう。駒形にでもどぜう食いにゆくか?
とのパパの呼びかけに、やったーとばかりに目をまるくして
「行く行くはやく行く!」と興奮して泥鰌のように踊って
喜んでいたそのむかしの(当時はちったあ可愛かった)
うちのガキどもは、結局駒形で「柳川のほうがおいしいや」
なんていっていやがった。でも、やっぱり江戸っ子は
このネギたっぷりのどぜう鍋で熱燗とこなくっちゃねえ。
柳川なんて上方越えて九州のなまえじゃないか。
ガキには「江戸前の粋な味はまだ早かった」ってことなんだろう。
でもどぜうの人気が定着しだしたころがピション君がパリに来たころ。

 「江戸っ子って言って思い出したけど
  パリジェンヌをパリっ子なんて訳してるやつがいるが、
  センスがねーよな。だいたいパリジェンヌってのは
  女なのに、なんでパリっ子だ。パリジャンをパリっ子はまだ許せるが、
  しかし、言葉の音楽性のセンスのなさってったらたまんねー!
  おれは嫌いじゃ、そんな訳。関西弁は、レガートでグレゴリオ聖歌で
  庶民のだべリングを表現しようって言葉なんだろうけど、
  江戸言葉は、もうアレグレットで、ちょっとロックンロールだからね。」

 ああ、また脱線しちゃった。


 ところでピション君がまだポーランドにいたころは
きっとジャガイモと豚肉を煮たものとか、
大麦と豚の骨のスープだとかを食べていたに違いない。
もっともピション君のパパはフランス人だし、
貴族のフランス語の先生だったから、時々フランス風の
おいしいものにありついていたのかもしれない。
でも、やっぱりピション君は
「ポーランドの料理のほうがおいしいや、」
なんていってパパのニコラ・ショパンに、
「ガキにはまだフランスの粋な味はまだ早かったんだ、、」
なんて言われてたかもしれない。

 当時のフランスでは、庶民はチーズとパン
(といっても硬い田舎パン)を主に、ちょいとばかりの
ハムやソーセージなどの保存肉類と、あれば雑穀と
野菜のスープなどを食べていたんだろう。チーズとパンは
日本でいえば、ご飯とみそ汁にあたるのかな。
和食でもコース料理なんかになると、いろいろ食べながら
お酒飲んで、最後に締めでご飯とお味噌汁と漬物、ってのが
最近のはやりだけど、フランス料理も、アミューズ、
前菜、魚に、口直し、そのあと肉だとつづいて、
やっぱり最後はパンとチーズと赤ワイン。
普段の質素な食生活だと、パンとチーズに重きが
置かれて、まさにご飯とみそ汁って感じだよね。
当時の宰相タレイランだって、最後はご飯とみそ汁
ならぬパンとチーズだったんだろう。でなくっちゃ今の
フランス料理の最後がパンとチーズにはならんだろうなあ。

 ところで、最近の英国(まあ、もともと飯の評判はいまいちだけど、)
では、前菜の前にパンとバターでワイン飲んでて、前菜がでてくると
そのあとパンが出てこない。昔の英国もそうだったのかもしれないけど、
前菜前にパンにバターつけて食べたらおなかいっぱいになっちゃって
味がわかんなくなっちゃうよね。デザートにもチーズはなし。
やっぱり、英国はヨーロッパじゃねーんだろう。
EUに入って、英国の料理もちったあましになったけど、
まだまだだね。道のりは長し、、、、だね。ああ、また脱線。

 ところで、ピション君は若いころはポーランドにいて、
二十歳頃パリに来たんだから、きっと体に染みついた味は
ポーランドなんだろう。ポーランドの味が懐かしくなかったんだろうか、
それともすぐにフランスの味になじんじゃったんだろうか?

 フランスに着いたピション君が成功を収めるのは
彼がRothschild家のピアノの先生になって、
その評判が高まってから。ちょうど1833年ころだろう。
そのころ、パリにはアントナン・カレームという
料理界のショパンともいえる素晴らしい調理師がいて、
彼もRothschild家に出入りしていたのだから、
ひょっとするとカレームの料理を食べたこともあったかも
しれない。ただカレームは1833年に死んだので、ちょうど
すれ違いの可能性もある。ショパンはカレームの料理を食べた
んだろうか、、、食べたとしたら、ポーランドの田舎から出てきた
彼はどんな風に感じたんだろう、、、、。2人の異分野の天才は
お互いを刺激したのだろうか、、、、、

 なんかもともとおかしな論理の脈絡が取り返しがつかないくらい
おかしくなってきた。でも、カレームの料理をショパンが食べたか
どうか、これは意外と面白い問題かもしれない。
興味のある方は調べてみられたら、へんな論文の一本くらい
かけるかもしれないですね。

 気がついたら、コートデュローヌが一本空いちゃった。
これいじょうろれつが乱れる前に寝ることにします。
おやすみなさ、、、、ぃ






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