前にも書きましたが、
僕は自分を「神輿に乗る方」ではなくて、
「神輿を担ぐ方」だと思ってます。
これには
「神輿の進み具合」を見たり、
「今の神輿の状態を把握」したり、
「神輿に乗った人を思いながら」というのが
僕の性に合ってるから。
と思っているからです。
もちろん、
「神輿に乗るのはコッ恥ずかしい」し、
「自分から『乗る!』とは、とてもとても」という
こともあるのですが・・。
といっても、僕がやってる
「劇団の代表者」は違います。
だって、
あくまで「みなの意見を代表」しているだけですから。
劇団規約に、
「本劇団の事務局長は劇団代表が兼務する」
と書いてあるくらいです。
ウチの劇団における「肩書」が、
「会長」でもなく、
「団長」でもない所以です。
「代表」といっても
「あくまで理事の中から選んだ理事長」という
感じでしかありませんもの。
そういう気でやってます。
さて、
くどくど書きましたが、
僕が、人生で初めて、
「名前だけですから」と引き受けた
「実行委員長」
その公演が無事に幕を閉じました。
いまから、15年ほど前。
彼女が「芝居の魅力」に取り憑かれた頃。
傍らに居たというだけで、今回、実行委員長をお引き受けしました。
すると、
こんな札を出さなくてはいけないまでになりました。
いや、
僕は本当に何もしてません。
しいて云えば、
彼女の当時の友人に案内をし、
地元劇団に周知した
くらいです。
あとは、
彼女と
彼女の素敵なご両親、
そして、
彼女の凱旋を暖かく迎えよう
というたくさんの方々の思いが
立てさせた「満員札」です。
僕は、
打ち上げを兼ねた交流会で、
「実行委員長」として、
唯一の仕事である「締めの挨拶」で、
こう云いました。
ー ー ー ー ー ー
「凱旋」ということば。
「旋」は「帰る」という意味ですが、
「凱」には
「戦いに勝って、奏でる『唄』」という意味が
あるそうです。
本番で彼女が脚立の上で、
高く、伸びる声で奏でる唄。
僕は、その声を聞いて、
「凱旋」ということばが本当にふさわしいな。
「頑張ったね」「おかえり、朋」
そして、
「その声をたまに聞かせに帰って来いな」
そう、思いました。
おつかれさん。朋。
ー ー ー ー ー ー
と、挨拶を閉めました。
そのあと。
15年前に僕が実は大好きだった彼女と、
朝まで飲み明かすことが出来ました。
彼女と、僕の、昔を知る仲間たちと一緒に。
空は、明るくなっていました。
そう、
この仲間で飲んだ頃は、
空が明るくなってから
帰ったんだっけな。
その声は、今度はいつ聞けるかな。
その時にまた『神輿に乗って下さい』って
言ってもらえるように、
僕も頑張るよ。
うん。
神輿に乗るのも悪くないなと
思ったもの。
この空を見て。
おつかれさん。