眠れない夜を過ごしています。
病院から電話をよこす親父。
稽古帰りに寄った実家のお袋。
そして、僕。
最近、なんだかここのブログは、
僕の中のヘビーなことの吐け口になっているようで、
自分でもリロードするのが嫌なのですが、
「書く」ということで少し楽になるのかも知れないな。
異変、入院、検査、告知、再入院。
あっと言う間のひと月でした。
今度の月曜日に8時間の手術を経て、
親父は3級身体障害者になります。
どこも痛くないのにです。
膀胱や前立腺は症状が出てからではダメだそうですが、
幸い、症状が出る前に異変に気づいた親父は、
望みをつないでいます。
テレビで見るような「告知」の場面は、
テレビで見るより、かなりあっさりでした。
ですが、
テレビで見たような親父の涙や、
テレビで見たようなお袋の涙は、
僕自身、ずしんと心に響き、受け止めるまで、かなりの時間を要しました。
親父が、悪いところを全部取ると決意した日の夜、
僕は風呂に入りながら、息子に話しをしました。
「きみの、ぷよぷよした、この指も、
そのかわいいほっぺも、
たくましくなったあしも、
パパとママが一生懸命働いて、
食べ物を運んできて、出来たんだ」
「きみの、そのよく聞こえる耳に、
素敵な音楽を聞かせ、
きみの、そのおしゃべりな口に、
たくさんの言葉をあげて、
きみの、そのまだまだ大きくなる頭に、
よいことと、わるいことを教えてくれたのは、
パパとママだろうね」
「うん、でも、社会に出れば違うかも知れないな。
いろんな人と交わったり、
自分でお金を稼いだり、
そりゃ、パパとママの存在を、
忘れてしまうのは仕方ないよ」
「だけど、
きみというものの下地を作った、
きみの大部分を作ってくれたのは、
まぎれもなく、パパとママなんだよ」
言葉を続けようとする、僕をさえぎって息子は言います。
「うん、ありがとね、ぱぱ」
そして、
「ぱぱとまま、だいすきだよ」と。
息子に向かっていう言葉。
そして、息子がかえしてくれた言葉。
そのすべてが、僕の気持ちでした。
「大人になった」とは、
「これから強くなるだろう弱き自分の子供」を背負って、感じるのでは足りない気がします。
「いままで強かった、今は弱き自分の親たち」をも背負って、大人足り得るんだと、この歳になって思います。
喫茶店の客商売で僕を育ててくれた親父は、
人前でも辛い顔、不安な顔は見せません。
その息子である僕は、
周囲の人や劇団員の前では、やっぱり、
なんともないように接してしまいます。
だって、あなたの息子だもの。
だからこそ、僕はわかっているのです。
あなたの、その本当の不安や、本当の苦しみを、
誰よりも分ってあげられる存在だということを。
涙が止まりません。
あとはお医者さんに任せるだけなのに。
だいじょうぶ。心配するな。
あなたの大事な息子がちゃんとついてるから。
だいじょうぶ。
だいじょうぶ。
投稿者: fighters1973
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