2007/5/30
1894(明治二十七)年 覚え方:百姓兵が清破り。
日清戦争 清(中国)に、日本政府が最初に宣戦布告。
戦場は「朝鮮王国」で、同国内に置いて東学党の乱という農民の反乱がおきたとき、清は一挙に大軍を派遣し、支配権を確立しようとした。どちらも朝鮮を助けるといって朝鮮に入り込んで戦う。朝鮮王国の指導者は2つの派閥(独立党×事大党)に分かれてどうしようもなかった。
それまでの朝鮮は清国の属国のようになっており、日本軍の干渉に困った朝鮮王国の一部の人が、清国の軍隊に助けを求める。清国、日本の軍隊がそれぞれ勝手に朝鮮に進入し、激突。清国は専制政治の下団結力が弱まっており、日本は勝ち続けた。
1895(明治28)年、日本は清国に勝利した。そして、下関講和条約により、清国の遼東半島、台湾、膨(本来はさんずい)湖列島の割譲の他いくつかの利権を得たが、満州南下を計画していたロシアが独仏を誘ってこれに干渉(三国干渉)したため、遼東半島を返還せざるを得ず、台湾のみ領有するに至った。

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