「beyond stars (最近亡くなった Agnesをめぐって)」
私のハイク・フレンドのマイケル・ボードが、あなたの
お母さんの亡くなったことを知らせてくれたのです。
大変なショックでした。
(アグネスの娘さんのローラ宛に送ったメールの冒頭
です。原文の英語を次にご紹介します。以下、同じ
ように、和訳そして英文のオリジナルという要領
です。)
Dear Mrs. Laura Tanna,
My haiku friend, Mykel Board, let me know the death
of your mother. I was shocked.
母逝きぬ 幽かに落ちる 滝の音
mother has gone
faint sound
of a water fall
私は、このハイクを25年前、母が亡くなったときに
書きました。アグネスはこの句を読んだあと、私に
手紙をくれました。「私の死のときも、遠くの滝の音
を聞いてくれる人がいて欲しい。」
I wrote this haiku twenty five years ago when my mother died.
Agnes read this and wrote to me that she would like someone
to hear the sound from a distant waterfall at the time of her
death.
今、私は遥か遠くから聞こえる音を聞いています。
アグネスが私に教えてくれたことに、心からの感謝を
込めて、聞いています。
Now I'm hearing the sound from a remote place, with a deep
sense of gratitude for what she had taught me.
Ryo Suzuki
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すぐに、娘さんのローラからメールをいただきました。
あなたの手紙は、私の日々を明るくしてくれました。
今日、妹とその夫と一緒にグレース大聖堂に行き
ます。母へのお祈りが捧げられ、祭壇に花が飾られ
ます。私は、滝の音を耳にすることと思います。
Re: of a waterfall
Dear Ryo,
That letter of yours has brightened my life. Today my sister,
her husband and I attend Grace Cathedral where prayers will
be said for Mama, where the alter flowers are in her honour,
but I shall be hearing a waterfall.
手紙の箱を整理していて、他のハイクの仲間たちの
ものと分けてあった最後の箱で、あなたの名前に
遭遇したのです。そして、なぜ、ママが頻繁に、
あなたと交流を続けてきたのか、その理由が今、
わかったのです。
In sorting through the last boxes of letters, separating haiku
colleagues from others, I've come across your name and
now understand why Mama kept in touch with you so often.
Thank you, Laura
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それから2か月後、ニューヨークのマイケル・
ボードからメールが届きました。「ニューヨーク
地区アメリカ・ハイク協会の集まり」(The NY local
HSA meeting)というタイトル。
アグネスの娘、ローラ・デビッドソンがその集まり
に出席。集まりは、アグネスの業績とその生涯
への賛辞といったものだった。出席者のそれぞれが
アグネスの書いたものを読んだ。
Laura Davidson, L.A.'s daughter was at the meeting. The
entire meeting was a kind of tribute to Agnes' work and
life. Everyone there read something she wrote.
ローラが読んだのは、あなたからの email だった。
その中にあった、あなたの書いたハイクも、
そしてアグネスの句もひとつ、ローラが読んだ。
感動的な場面だった。あなたも、その場に居合わ
せた一人だったということを知らせたいと思った。
それでは、マイケル。
Laura read an email of yours including a haiku that you
wrote and one of L.A.'s. It was a touching event.
I thought you'd like to know that you were included.
Love, Mykel
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日本人である私が、なぜ日本語の俳句でなく、英語
俳句か。外国の方との交流が一年や二年で終わら
ない交流を、30年くらい前に夢みていた私が、
痛切に感じたことは、「心が触れあうものが無くて
はならない」ということでした。
それで、閃いたのは、俳句を使おう、英語俳句を
やってみよう、ということでした。英語俳句を始めて
28年。それが実現できたでしょうか?
私はラッキーだったと、ほんとうに思います。20年
以上も交流が続いた人が4〜5人おります。偶然、
みなアメリカ在住のアメリカ人たちです。
そのうち、90才ちかい高齢で亡くなった方たちが
3人おります。今日のアグネス・デビッドソンも
その中の一人だったのです。