「推敲に推敲して-- past and future thoughts」の私の表現を、ある人
が最近、使用したのです。
その人は、季語、「去年今年」の意味で、使っているようです。
私は「推敲に推敲して--」で状況を説明しておりますが、11月でした
から「去年今年」とは関係ありません。
「著名な俳人は本歌取りをドンドンして、ドンドン使うようにと申され
ております」というのが、その人の考えです。そこで、金子兜太先生
の「俳句入門」から抜粋しましたものを、以下、ご紹介したいと思いま
す。同時に、藤原定家の本歌取りへの制限をも付け加えました。
俳句でもハイクでも、安易な考え方は、とても残念に思います。
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金子兜太先生が本歌取(もじり)のことについて書いておられます。
芭蕉の「古池や」の本歌取俳句の例をあげて、
古池や蛙飛こむ水のをと 芭蕉
古池や芭蕉飛こむ水のをと 仙崖和尚
古池に蛙とびこみ複雑骨折 蔵元秀樹
つまり芭蕉の句を基本において、そこから「古池や」とともに「蛙」
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あるいは「水の音」を借用してくるわけです。そして、それ以外の
ところは自分の言葉で書き、一句を仕上げます。したがって芭蕉の
句が「本歌」(ほんか・もとうた)、仙崖と蔵元両氏の句は「本歌
取」の句ということになります。
ただ大事なことは、もじった句が、本歌よりすぐれた句か、別の個性を
持っていないといけないことで、そうでないと盗作になります。
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「金子兜太の俳句入門・実業乃日本社」
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藤原定家の時代でさえ、「同時代人の歌とか、格別な名句とかの本歌
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取りは避けなくてはいけない」という制限を加えている。
「日本大百科全書21・731頁・小学館」
定家は・・・過去の歌の変遷に、ある秩序を与えようとしたのである。
「加藤周一・日本文化における時間と空間・岩波書店」
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