ヒワ書房…全遙かシリーズ取り扱いの二次創作サイト

2012/3/11

リンゆき  

※遙か5・風花記3章辺り



■熾火


 ――あれが、自分が好きになる『かもしれない』女の子。

 リンドウは淡く光を放つ睡蓮を見るともなしに眺めた。

 夜の静寂の中、陰陽術を掛けられたその花はまるで鈴でも鳴らすように輝いている。その光に照らされ池の湖面は美しい蒼に透き通って見えた。

 でもその下は奈落へと通じているんだけどね。リンドウは唇の端を皮肉げに持ち上げた。

 命の光は天へ還り、魂の器は地の底へと引き込まれていく。何という生きながらの地獄。しかしその狭間で凛と咲く花は、それでもその水面で咲き続ける事を選んでいる。

 どうして。先には絶望しかないというのに。

 リンドウの忠告も笑顔で受け止めしかし流し、この睡蓮の咲く意味を教えても前を進む事を止めず、それどころかこの花を綺麗だと、自分の命がこんなに綺麗に咲いているのは嬉しいとまで言ってのけた少女。

 あの華奢な身体のどこにそのような気概を持ち合わせているのだろう。リンドウにはそれが正気の沙汰とは思えなかった。やはり神に選ばれるくらいなのだから多少は浮世離れしているものなのだろうか。

 いや、本当に浮世離れしているのであれば、自分の身体が徐々に透けている事に対しても無頓着だろう。

 消えていく己の手を見つめ、さすがに狼狽して様子を見せていた彼女の横顔を思い出し、胸がちくりと痛む。ああ、だから関わるのは嫌だったのだ。どう足掻いても結局は気に掛けてしまうから。

 もう随分前の事。自分の中には微力にしか受け継がれなかった星の一族の力を駆使し、自身の未来を占った事があった。

 垣間見たのは、龍神の神子に自身が懸想している姿。そして、その神子を失い、絶望する姿だった。

 その神子が、あの少女。可憐で美しく、滅びへと向かって咲き続ける一輪の蓮の花。

 どうしてあの子なのだろう。どうして自分はあの少女に惹かれる事になるのだろう。

 遠い先の自身に問いかけても応えはない。ただ目の前の睡蓮がゆっくりと光を散らすだけだ。

 「……面倒だ」

 こうして思い悩む事も、その先の事も考えるのも億劫で仕方が無い。あの少女は早く神子をやめてくれないだろうか。そうしたらこんなに思索を巡らせる事もなく、滅亡のその日まで心穏やかに過ごせるものを。

 ――それでも、睡蓮は咲き続け、そして自分はその様をこうして毎夜眺めに来るのだろう。

 その確信だけは、胸の中に淡く、どこか甘く、そして切なく燻っていた。







〜終〜








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とりあえず風花記クリア記念に小話。多分三章の途中。
ゆきちゃんの事で内心悶々としているリンドウさんが好き(笑)

7

2011/10/16

将望  

※十六夜ED後か迷宮ED後。つまりは現代ってこと。



■幼なじみの大人な彼


 喧嘩の理由はいつだって下らない。しかしそれは後々思い起こしてそう判断するのであって、喧嘩の真っ直中にいるときはとてもつもなく深刻で怒り心頭なのだ。

 「…おい、望美」

 だから、望美はいくら背後から声を掛けられても振り返りはしなかった。目の前の、最後に使われたのは小学生のときではないかと疑われるほど使用頻度の低い将臣の勉強机を見つめる。

 「なあ。いい加減こっち向けよ」
 「嫌」
 「…はあ」

 背中から少し離れたところから聞こえる溜息に心がちくりと痛む。こんな子供っぽい仕打ちをしてしまって、もしかして呆れられてしまったか、と望美は内心で落ち込む。

 と、逞しい腕が背後から回り望美の身体を抱き締めた。ぽすり、と収まったのは望美の定位置である将臣の胸の中である。

 「困ったもんだよな」将臣の顎が望美の肩に置かれる。必然的に耳元に近くになった唇が苦笑を刻んだのが声音で分かった。

 「我儘も可愛く見えんだもんなぁ」
 「…何それ」
 「悪かったって。だからさ、もうキスしてもいいか?」

 ちゅ、と耳朶に軽く吸いつかれる。その感覚と、甘く響く掠れた低い声に望美の身体が小さく跳ねる。

 もう、こんな風に言われたら嫌なんて言えないじゃない。

 望美の文句は心中に仕舞われた。その代わり、「将臣くんのバカ」という可愛らしい悪口と共に背後の将臣に抱きついた。

 ――喧嘩の理由はいつだって下らない。後々にそう思うのは、どう足掻いたってこの幼なじみで自分よりも大人な恋人(カレ)に自分は勝てやしない事を嫌というほど知っているからだった。

 (だって、キスひとつで絆されちゃうんだもん)

 重なった温もりに、しかし望美は満足げに微笑んだ。







〜終〜








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ついったーでリツイートされてきたとある話を将望に変換したらうっかり萌えてしまったんで書いてみた、ただそれだけの話(笑)


11

2011/10/1

将望  

※南国ED後



■そうしてあなたといつまでも


 それは、まだ私が小学生のときの話。

 その日は土曜日で、学校は休み。今もそうだけど、朝に弱い私は休日は必ず遅くまで寝ていた。でもその日は、どこからともなく名前を呼ばれているような気がして目を覚ました。寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、見上げた壁掛け時計の時刻は午前六時を少し過ぎた頃。そしてまた呼ばれる名前。「望美、望美!」とどこか遠くから聞こえる声は確かに将臣くんのものだった。どこからだろう、と辺りを見渡すとその声は外から聞こえてきていた。

 ベッドから降り、窓を開ける。自分の部屋が二階にあるので下を見下ろせば、まだ朝靄が漂う中、玄関前に案の定将臣くんと、そして譲くんがいた。

 「二人共、こんな朝早くからどうしたの?」

 驚きにすっかり覚醒した目をぱちぱちと瞬きをした。譲くんはともかく、将臣くんも私と同じで朝に弱い。私が起こしに行くことがあるくらいだ。そんな将臣くんが、しかも休みの日に、こんなに早く起きてるなんて。

 私の顔を見て「よっ」といつもの調子で手を上げた将臣くんは、「いいか、譲。いくぞ」と隣りの譲くんに目配せをする。譲くんが笑顔で頷くと、二人で私を見上げて大きく息を吸った。

 「ハーッピバースデー、トゥーユー」
 「はーっぴばーすでー、とぅーゆー」

 それは、誕生日の定番ソング。私は驚きに目を見張った。将臣くんが少し音の外れた、でもはっきりとした大きな声で。譲くんがたどたどしい英語の発音で、でもきれいな声で。二人のユニゾンが朝陽が照り始めた世界に朗々と響いた。

 「ハーッピバースデー、ディア望美ー」
 「はーっぴばーすでーとぅーゆー」

 二人の声が消えていく。それが何だか惜しかった。ずっと聴いていたいような気がした。けれど胸の中は喜びでいっぱいで、私は大きな拍手を拍手を送った。

 「ありがとう将臣くん、譲くん! 二人共大好き!」
 
 窓から上半身を乗り出して叫ぶと、将臣くんは得意げに微笑い、譲くんは照れ臭そうにはにかんだ。

 二人からのとっておきの誕生日プレゼントを、私はずっと忘れないだろうなと幼いながらに思った事を覚えている。












 ふと意識が浮上し、そのまま瞼を持ち上げた。

 ああ懐かしいな、とまだ鮮明に思い出せる夢を振り返る。あのとき思った通り、私はずっとあのときの事を忘れていない。ううん、あのときだけじゃない。将臣くん達から祝ってもらった誕生日はいつの歳のだって覚えてる。私の誕生日は、いつだって喜びに満ちていた。

 ふと目線だけで辺りを見渡す。曹司(へや)の中は薄闇に覆われていた。この明るさは、もうすぐ日の出頃。異世界に飛ばされてから、明るさとか太陽の位置とかで大体の時間が分かるようになった。いつも起きる時間よりは早いけど、たまには早起きしたっていいかなと起き上がろうとした。

 けど、私の腰に絡まっていた腕の力が強まり、私の身体を拘束した。

 「もう起きたのかよ」

 頭上から少し掠れめの低い声が降ってくる。首を反らして見上げると、海の色と同じ、深い青の瞳が穏やかに私を見下ろしていた。寝起きだからだろうか、双眸は俄かに濡れていて、そこに薄闇の仄かな明るさが入り混じり、まるで太陽の下でさざめく波間のようだった。この人は本当に、海みたいな人。

 「将臣くんこそ、もう起きたの?」
 「お前が起きる気配で起きたんだよ。何か嬉しそうに笑ってやがるし」
 「あ、ごめんね起こして。ちょっと懐かしい夢見ちゃって。ねえ将臣くん、覚えてる? 小さい頃、私の誕生日に、譲くんと二人で朝から大声でハッピーバースデー歌ってくれたこと」
 「ああ、覚えてるぜ。あの後お袋に近所迷惑だってこっぴどく叱られたっけか」
 「でも私、すごく嬉しかったよ。だから、今でもあのときの事すごくよく覚えてる」

 目の前の逞しい胸に頬を摺り寄せる。とくんとくん、とゆっくりとした心音が鼓膜を優しく叩く。あのときの将臣くんの歌声と同じ、大きな音。この音の隣りに居る事が出来る今を幸せだなって思う。

 不意に、身体を翻された。ごろんと仰向けになった私に、将臣くんが覆いかぶさってくる。

 何、と問おうとした唇を将臣くんのそれで塞がれる。ちゅ、と啄ばまれたかと思うと急に深く口付けられた。吐息さえ奪われるキス。絡まってくる舌の熱さに頭の芯が痺れ、苦しいのか気持ちいいのか分からなくなる。

 ちゅ、とリップ音と共に唇が離される。その音もきっとわざと。

 「誕生日、おめでとさん」

 昨夜何度と言われ、そして強請った言葉が再度耳元で、素っ気無い口調の割りに、今まで一番甘く囁かれる。くすぐったさと恥ずかしさで思わず上がる頬の熱。きっとそれを悟ったんだろう、将臣くんが耳元で小さく微笑った。

 「な、あのときと今と、どっちが嬉しい?」

 そんなの訊かないでよ、答えるこっちが恥ずかしいじゃない。

 文句も返答も、口にするのは憚られて、仕返しの意味も込めて私から彼の首に腕を絡めて唇を重ねた。

 でも、嬉しがらせただけだったみたい。口付けたとき、将臣くんの唇の端が俄かに持ち上がったのが分かったから。

 悔しいけど、嬉しいのは私も一緒だから、あいこってことにしてあげる。だってどうしたって彼は私を喜ばせてしまうんだから。

 きっとこれからも、そうして歳を重ねていくんだろう。いつまでも、いつまでも、この人と一緒に。

 ああとても幸せだ、と思った事を、私は一番新しい記憶として描きつけた。









〜終〜



 




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誰か私に普通に男前でカッコいい将臣を返して下さい(爆) 色気はいらない、普通に爽やかでカッコいい(以下略)。女神シリーズの将臣を書き始めてから、どうしてか私が将臣書こうとすると妙な色気が追加される。…いやこれはただの変態か(をい)。
この話を、本日が誕生日のりゃおサンにお捧げします! りゃおサン誕生日おめっとー!!


15

2011/6/12

白龍+神子  

※白龍+神子



■それはあなたの音でした


 凛と響いた音に、白龍は五行の気の中で心地よく微睡んでいた意識を緩やかに擡げた。

 白龍が漂う極彩色の空間は、ヒトの言葉を借りるなら世界の中心だった。龍脈を絶えず流れ巡る気が調和を以て満ちている。そこにはうつし世で生を終えたヒトの魂もまた、五行の気と共に流れ通っていく。

 その空間は、白龍が鱗を震わせるとき以外は無音だった。しかしそこに突如高らかに響いた音があった。どこかが聴いたことがある、と白龍は鼻面を持ち上げ耳を澄ます。ああ、と口の端を綻ばせたのは、その音がかつて自分が鳴らした音だったからだ。

 ヒトはそれを龍の鈴の音と呼んでいた。龍神が己が神子を見つけた際徴として鳴らす音だ。そして龍神が神子を喚び、呼び、語りかけるときの音でもあった。

 白龍は己がその音を鳴らしたときを思い出した。否、忘れるはずもない。どんなにヒトの世が刻一刻と変わっていこうとも、時の流れの中で、過ぎ去った時を忘却していこうとも、己が選び、慈しみ、愛しく想った唯一ヒトのことを忘れられるはずもなかった。

 りん、りん、とその音は段々と近づいてくる。白龍は更に耳をそばだてる。ふと目を凝らすと、遠くから白い光の玉が龍脈の流れに乗ってゆっくりと流れてきていた。

 その光は、綾錦と織り成すその空間で、ただ唯一真白であった。鈴の音は、その光から発せられている。

 ああ、と白龍は目を眇めた。神子、貴女だったのか。その汚れなき白に白龍は喉を低く鳴らし、ふわふわと、ゆらゆらと流れてくるその光に自ら近づいた。長い躯をくねらせ、光を優しく包み込む。光はまるで白龍に声を掛けるように一際高らかに、澄んだ音を鳴らした。白龍は嬉しさに眦を綻ばせる。

 神子、とうとう貴女もここにきたのだね。ヒトの世の天寿を全うし、ここに辿り着いたのだね。

 ヒトの魂は肉体を離れた後、五行の気に溶けて世界を巡る。土に、水に、風に、空に、大気に、花に、木に、この世界に存在する全てのモノを巡り、そしてまたうつし世に生まれ行く。ヒトの言葉で『輪廻』というものがあったが、世界という一つの輪を廻るとは上手いことを言ったものだと、白龍はヒトの形をとっていたときに思った。ヒトの言葉は、白龍が長い時を掛けて感覚として捉えてきた世界の事象を短い音で事も無げに言い当てる。ヒトとは面白いものだと未だに感心させられる。

 その光も、また一つの魂だった。それは白龍がうつし世で愛したヒトだった。白龍が見守る時空とは異なる時空のヒトであったが、その生の幸いを神である己が永久にと願ったヒト。

 りんと光は鳴る。あのときと同じ音を、否あのときよりも透明で澄んだ音を響かせる。

 ああ、と白龍は悟った。この音は己が発したものだと思っていた。しかしそれは間違っていた。

 この音は貴女の音だったのだね神子。透明で、どこまでも澄み切っていて、高らかで、気高く、溌剌と、明るく、優しく、強く、暖かく、そして清らかで、美しい。この音は貴女そのものだったのだね。貴女の魂が私と共鳴して奏でていた音だったのだね。 

 白龍は思い出す。かのヒトの声が言の葉を一音一音紡ぐ度、この鈴の音がしていたことを。かのヒトの声がまさしく白龍にとっての鈴だった。

 神子、神子。白龍は嬉しくなって白い光に語り掛ける。

 神子、おかえりなさい。また私の元に戻ってきてくれたね。貴女が満たし、巡らせたこの世界は、貴女を心から歓迎しているよ。貴女が貴女の生を全うし、貴女が貴女でうつし世に在り、そして貴女が還ってきてくれたから、この世界はこんなにも満ち足りているのだよ。そして私も、貴女に出逢えたからこそ、私で在り得るのだよ。

 さて、と白龍は考えた。こういう心持ちをヒトは何と云う言葉で伝えただろうか。

 ああそうだった、と白龍は頷き、光をそっと両の鉤爪で包み込む。

 ありがとう、神子。ありがとう、神子。何度この言の葉を紡げばこの心は貴女に届くだろうか。私は、世界は、貴女に救われたのだ。貴女が居なければ、私は時空の狭間で消えてしまっていたよ。貴女がヒトの素晴らしさ、尊さを教えてくれたから、私はヒトが大好きになれた。もちろん、貴女のことも大好きだよ。私の、唯一無二の太極。

 白龍はぐるりと躯をくねらせた。すると白龍の手の内から白い光がふわりと浮き上がり、白龍の背へと乗る。

 さあ、神子。今度は私が、この世界を貴女に見せてあげよう。私の背に乗って、五行の巡る先まで行こう。ここには貴女が愛したモノ、貴女を愛したモノ、全てが巡っているのだよ。その全てを巡って、また新しい生へと還ろう。今度の生もまた、貴女は愛されるだろうね。だって私の神子なのだから。

 りん、と鈴の音が鳴る。それは光からの返事なのか、それとも己が発したものなのか白龍には分からなかった。だが分からなくても良かった。その音はもう己の傍らに在るのだから。

 白龍は咆哮と共に光を背に乗せ飛び上がった。白い躯は錦の中を実に気持ちよさそうに泳いでいく。

 光はただ一言、りん、と明るく微笑った。








〜終〜









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おやすみなさい。
ありがとう。
大好きでした。
大好きです。
さようなら。
また会う日まで。

2011.6.10 川上とも子さんの冥福を祈って


58

2011/3/14

遙か5・オールキャラ  

※遙か5・ネタバレ…無いように心がけたつもり。あくまでつもり(爆)



■水遊び


 穏やかな川面の流れに鮮やかな赤色の紅葉が泳いでいるのが実に気持ち良さそうだった。

 ――だから、と言い訳をすればそうなるのだが、実際はただ少し息抜きをしたかっただけだった。

 「つっめた…!」
 「ちょっと歩いたら暑いけど、やっぱり季節はもう秋だね。ああでも、気持ちいい…」

 靴も靴下も脱ぎ、都と手を繋いで川に足を入れたゆきは、足先から這い上がる水の冷たさに一瞬背筋を震わせたが、程なくして訪れた心地良さに表情を綻ばせた。

 長州、天井ヶ岳。深い森林に覆われたその山はそれ故に彩る紅葉が頭上に覆い被さってくる。燃える赤の中を潜り抜ければ、なだらかな渓谷に行き当たり、そこに一筋に川が流れていた。その流れは至極穏やかで、せせらぎが耳に心地良く、はらはらと落ちる紅葉がその流れに身を任せて泳いでいた。

 最近の怒涛とも言える忙しない日常の中で、その和やかな光景はぽっかりと空いた穴のようだった。だからこそ目を惹き付けられたのかもしれない。「瞬兄、あそこで少し休憩しない?」と怒られることを承知で、滅多に自分からは口にしない小休憩を申し出たのかもしれない。

 足首をちろちろとくすぐっていく流れにふう、と息をついたゆきを、都は目を細めて見やる。

 「ゆき、山道歩いて疲れただろ? 足も火照ってたんじゃないか?」
 「うん、そうみたい。でももう大丈夫、川の水が気持ちいいから」
 「おい、ゆき、八雲! お前らあまり淵の方には近付くなよ!」

 川べりからゆきと都の様子を見ていたチナミがどこかはらはらとした様子で叫ぶ。
 ゆきはチナミに向かってにっこりと微笑う。

 「大丈夫だよ、チナミくん。ここ向こう岸まで浅瀬みたい」
 「それでもどこが深みになっているのか分かり辛いのが川だからな! 油断はするな」
 「ああもう、うるさいなぁ。そんなに言うんだったら自分も浸かって確かめてみたらいいじゃないか」
 「そ、そんな童のような真似が出来るか!」
 「童って、自分だって十分子供のくせに」

 ぽつりと呟いた都に「都、」とゆきが窘める。しかし悪口ほどよく聞こえるもので、「八雲…お前と言う奴はっ!」とチナミは顔を赤らめて激昂する。

 その様子を見た都はにやり、と笑う。

 「おーおー、子供が癇癪を起こしたぞ。ほーら頭に上った血を冷やしてやる、ぜ!」

 急に腰を落とした都は、川面に手を突っ込みぱしゃりと水をチナミに向かって掛けた。「ぬあっ!」それは見事チナミに命中し、赤い髪をびしょびしょに濡らす。

 「あははっ、濡れネズミってこういうのを言うんだぜゆき!」
 「都、チナミくんに失礼なことをしちゃダメだよ」
 「八雲、お前…よくもやってくれたな…!」

 ふるふると身体を震わせたチナミはかっと顔を上げると同時に草履と足袋を脱ぎ捨てばしゃりと川の中に入る。激しく音を立てて進み、都と対峙したと同時に川の水を掬い思いっきり振り上げた。

 「くらえっ!」
 「そう簡単にやられるか、よ!」

 ひょいっと体勢を低くしてチナミの攻撃を交わした都はそのまま川面を蹴り上げる。大きな飛沫はチナミに正面から激突する。

 「がふっ!」
 「どうだ、思い知ったか!」
 「くそっ、こちらとてそうやられてばかりだと思うな!」

 そう言うが早いか、チナミは都に向かって連続して水攻撃を浴びせる。連発の攻撃にさすがに都も避けきれず着物や髪を水浸しにされる。「どうだ!」「それくらいで誇るなっ!」一度頭を振った都はふふんと鼻を鳴らすチナミの顔面に向かって大きな水飛沫を浴びせる。それに対抗してチナミも応戦する。

 そんなやりとりを二人の傍らで見守っていたゆきは「二人共仲良しだね」と微笑った。「どこがだ!」都とチナミの息の合った反論が渓谷に木霊する。

 そんな三人の様子を、川岸から眺めていたアーネストは「やれやれ」と肩を落とした。

 「Same difference(どっちもどっちだ).都もチナミくんも大人げない」
 「おいアーネスト! 今のは聞き捨てならないぞ! 私とチナミを一緒にするなっ!」
 「サトウ! お前今絶対オレらを貶しただろう!」
 「ほら、よく息が合っている。二人は、えーと日本語では…ああ、『似た者同士』ですね」

 二人を見下すように微笑ったアーネストに、都とチナミは共にかちんと表情を固まらせた。そしてぎしぎしと互いに隣りを見やり、視線を交し合う。

 「おい、チナミ…ここは一時休戦だ」
 「奇遇だな…オレも今同じ事を言おうとしていたところだ。オレ達の今の敵は互いではない」
 「そうだ敵は眼前に在り! アーネストっ、覚悟しろ!」

 チナミと都は同時に突進し、そして息の合ったタイミングで水面を蹴り上げる。二人分の水飛沫は鋭く川岸に奔り、見事驚いた表情をしたアーネストの顔に命中した。

 「Oh,my dear!(ああ!) 二人共一体何をするんですか!」
 「へへーんだ。私らをバカにしたお前が悪い」
 「因果応報だ。この国では人を虚仮にするとそれ相応の罰が当たるんだ、覚えておけ!」
 「なるほど、Retribution(報復)ということですね…。ならば!」

 ぽたぽたと雫が垂れる前髪をかき上げたアーネストは、素早い動きでその長い腕で川面を切った。面となった水がチナミと都に揃って襲い掛かる。「うわっ!」「なっ!」突如とした反撃に二人は同時に川面に尻餅をつく。ばしゃんと二人分の大きな水飛沫が上がる。

 「チナミくん、都! 大丈夫っ?」

 ぱしゃぱしゃと水を蹴って二人に走り寄ったゆきだが、「ゆきはこちらですよ」と後ろからやんわりと肩を掴まれる。

 首を反らして見上げると、いつの間にかアーネストが川の中に入ってきていた。

 「アーネスト、ひどいよ。二人とも全身ずぶ濡れになっちゃった」
 「おや、ゆきは二人の味方ですか? しかし先に仕掛けてきたのはそこの二人からですよ」
 「それでも…」
 「こらアーネスト! お前どさくさに紛れてゆきに触れるなっ!」

 立ち上がった都がアーネストに食ってかかる。「おっと」体勢を低くして臨戦状態に入った都を見て、アーネストはゆきの後ろに隠れる。

 「都、そのまま私に水を浴びせては、まずゆきに掛かることになりますよ。それでもいいのですか?」
 「てっめ…この卑怯者が!」 
 「そうだぞサトウ! 女子の後ろに隠れるなど、男子として恥と知れ! 正々堂々勝負しろ!」
 「おやこれも立派に正々堂々ですよ。正々堂々、平和的解決を求めて、二人が手を出せない、私の救世主にお出まし頂いたのですから」
 「それのどこが正々堂々だー!」

 チナミと都の叫び声が響き渡った。

 「やれやれ」川岸の、一際大きい岩に腰掛けていた小松は、眼鏡を押さえながら肩を落とした。

 「私から見れば、サトウくんも大概大人げないと思うのだけれどね」
 「いやあれでアーネストも若いからなぁ。若いモンが元気なのはいいことだぜ」

 小松の足元に座っていた坂本は四人を眺めながらうんうんと満足そうに頷く。「発言が年寄り臭いよ、龍馬」小松は足元を見下ろして鋭く突っ込む。「え、そうか?」小松を見上げた坂本は少々落胆した様子を見せたが、「じゃあ俺もあの中に混ざってくるか!」と息巻いて立ち上がる。しかし「止めて、それこそ大人気ないから」と小松に窘められしゅんとしょげた様子で座り直した。

 「ああ私もゆきちゃんとなら共に水浸しになりたい…いや寧ろ彼女を濡らす水となりたい…彼女の柔らかな頬、瑞々しい唇、滑らかな肌、その全てを伝っていけるなら……ああ、至福だ…!」
 「桜智…君も大概だね」

 小松と同じ岩に背を凭れていた福地は、今は俄かに川辺へ身を乗り出して川の中の四人に、正確にはゆきに熱い視線を送っている。小松はそんな福地を睥睨し、再度深い溜息をついた。

 「総司、もし桜智が危ない真似をしでかそうとしたら君が止めてね」
 「危ない真似…? というのは具体的にどういうことでしょうか」

 小松の隣りに腰掛けていた沖田は、小松の言葉に首を傾げる。「そうだね」小松は肩を竦めて苦笑する。

 「君が、桜智がゆきくんに対して害を為そうとしていると判断したら、それが『危ない真似』だよ」
 「はあ…。分かりました、善処します」
 「頼んだよ」
 「ああっ、ゆきちゃん…!」
 「…小松さん、何故でしょう。既に夢の屋さんの雰囲気そのものが『危ない真似』のような気がします」
 「さすがは新撰組一番隊隊長だ。君の勘は間違っていないよ。でもまだ止めなくて大丈夫だから」

 「はあ」と沖田は再度首を傾げた。

 その三人より後ろの、見事に紅葉した木々の木陰に佇んでいた高杉は、同じく隣りで佇んでいる瞬にそっと目配せをする。

 「桐生、サトウ殿やチナミを止めなくていいのか」
 「…どうして俺に訊くんだ」
 「お前はあいつらの…いや蓮水の保護者だろう。あの調子では次は蓮水が水浸しになるぞ」
 「アーネストはゆきを盾にしているようで、その実彼女を水から守っている。あれならばそう濡れはしないだろう」
 「確かに。あれは聡い男だからな。それに殊更蓮水には優しく接しているように見受けられる」
 「ああ。それに…彼女が楽しそうだ」

 川の中のゆきを見つめた瞬の眦がふと柔らかく綻ぶ。ほお、と高杉は珍しい物を見た驚きに目を見張った。その高杉の表情に気付いた瞬は「何だ」と怪訝そうに眉根を寄せる。

 「いや…」高杉は小さく微笑し、首を横に振った。

 「たまにはこういう時も必要だな」
 「…ああ、そうだな」

 高杉と瞬の視線の先で、小松が川の中の四人を眺めて楽しそうに微笑っており、坂本が「いいぞアーネスト! 都とチナミも頑張れ!」と囃し立て、福地はどこか物欲しげな目でゆきを見つめており、その福地を沖田が鋭い気配で監視している。

 その三人の目の前で、アーネストが声を立てて笑い、チナミと都が怒気に任せて叫んでいる。

 そんな三人を交互に見やったゆきは、ふふっと幸せそうに微笑っていた。

 ――それは、ある秋の日の、激動の中にあった穏やかな一時の話である。









〜終〜










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多分二周目・八章辺りかと思います(多分かよ)。英語表記はあんまり信じないで下さいニュアンスだけ感じとって頂ければ(書き手は学生時代英語がダメダメでした)。
初遙か5二次創作はオールキャラになりました。私自身がキャラを掴みたかったってのもあるのですが。彼らも幕末という激動の時代において、こんな穏やかな時間があってもいいかと思いまして。
そんな穏やかな日常に、一人でもいいので癒される方がいらっしゃれば。そんな想いと祈りを込めて書かせて頂きました。


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