こちらは「そーこさん」がついうっかり極秘でパリに寄生している記録でございます。そのため、このページへのリンク、このページのアドレス公開はかたーーくお断りしております。宜しく御願いします。
2010/9/3  (無題)  

無期限休止中






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2010/7/2  こんな結末ってありですか  

さて、いろいろありまして、今の音楽学校から追放されてしまった私。
来年からの居場所をどうするか、ヴィオラの先生は、とりあえず9月までにどこかの音楽学校に移れるか聞いてくれるとは言っているけれど、可能性は考慮しないでくれといってる。。。。


ともかくも、今まで続けていた音楽学校にはこれ以上はいられないと学校側から言い渡されたことは確かです。
いろんな科目を履修して、認定書というのですか、ディプロムのひとつ手前のものはもらえるところまで来ていました。
正直、日本帰国も視野に入れています、ていうかそちらのほうが大きいのですよ。教え子のあと2年のプログラムも放り出してしまうことになりますが、そろそろ潮時なのかと思って。目標は達成できなかったけどやりたいことはやったと思う。

自分の身元が不明確ってすごいストレスですよね。
新しいアパートが決まらないだけでも十分ストレスなのに。
住所不定無職の人っていうのは常にそういうストレスと正面から向き合って生きているのだね。ほんと、定職につくことのありがたさと安全性を身にしみて感じる。会社もいつ倒産するかわからないとかいってますが、結局、そこに身をおいている分には現在も将来も一定の安全は保てるわけです。


悪いことは重なるものだね。

ちょうど、今住んでいる部屋の新しい持ち主が決まったところだったそうで。小さな子供さんが2人もいて、私に今のまま部屋を貸し続けることはできなさそう。今みたいにここで気楽に楽しく過ごすことはもう永遠にないのだ、ということが判明した。ここでの楽しい思い出もこれまでか。。。
今度のところは、建物の奥の奥、ゴミ捨て場の横というなんとも寂しい条件です。ご近所さんもいないし、挨拶するひとすらいない。はあー、夏が終った頃には心が病んでいるかもです。

引っ越しはご近所さんが総出で手伝ってくれるそうで。心配してくれてありがたいです。
親切なご近所さんだ。一人で外国にいると、こんなに心強いものはないと思いますが、今日もうちの前で宴会してます。私は明日仕事なんだよー。


パリの日中気温は今日34度まで上がりました。これは観測上の数値だから実際はもっと気温が高いはず。冷房がない建物が圧倒的におおいパリ市内で、これはきつい。2003年のようになるんじゃないかと心配しています。
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2010/6/22  音楽の日  

この土日月の3日間は、La Fete de la musique!音楽の日でした。夏至の日には、パリでは街中で音楽するのです。

うちの通りは音楽家が多いので、当然派手にやるんですけど、今年は私が本当にぜんぜん楽器を弾いていなくて、当然ピアノなんか何ヶ月も触ってなくて、私の出番はとりけしてもらったんですが、やっぱり当日何かやれと言われてしまい、ずっと弾いてました。
今年はそれでも帰国したときにジャズの本を持ってきたので、そこからとりあえず弾ける限り、ピアニストさんとずっとあわせてました。2冊くらい丸ごとやった感じです。

この期間中、ほかの町内会のコンサートに出張してきました。
結果的に、この土曜は夜中に気温が10度まで下がったと言う寒空でしたが、連日朝まで外で延々弾き続けることになり。
クラシックの二重奏もあり、弦楽四重奏もあり、ピアノ四重奏もあり、でしたが、メインはジャズとかロックでした。

とある広場のジャズコンサートに突然入り込んだんですけど、誘ってくれた男の子が天才ジャスピアニストで、もう凄かったです。ともかく凄いリズム感とセンスで、初見もいけるし、曲を一回聞いて覚えてアレンジできるモーツアルトみたいな子で、即興でクラシック曲をブルースに変えてくれたりして楽しくやってました。

いやー。はっくしょん!
試験前なのになにやってんのよ。

これで試験の2日前にレコーディングで、お金は入るんだけど、本当に試験を受ける気があるのかしらと疑われても仕方ない状況に。

それでも、やっぱり、いろんな国の人が参加してくれて、通りがかりの人たちにもいろいろ感想を言ってもらって、初めてセッションする人もいたけれどそれでも分かろうとしてくれて、フランスっていいなーって思います。気楽に話しかけてくれて、うれしかったです。

今の町内会にはもういられないので、これが最後かもしれませんが、来年も遊びにはくるつもりです。来年はオケのほうですでに予定が入っているので、こんな風にジャズやロックで即席セッションとは行かないかもしれませんが、今度はやるならクラシック以外もきちんと準備して、あわせもやって人前で演奏したいとは思います。

ああ、試験、、、あっちょーむ!マジで風邪ひいた。

あと、ピックアップマイクをなくしました。。

あと、家の前でナメクジを踏んづけた。。。。ごめん、天に召されたわ。
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2010/6/19  遅くまでなにやってんだか  

時間いっぱいいっぱいなのです!!


音楽祭が一日早くなったので、その日は朝からバイト、その足でレッスン、帰ってきて30分で音楽会開始。ピアニストに楽譜渡してません。ピアノは弾けないかもです

ここにいられる最後の音楽祭だから大家さんへのレクイエムとして、いろいろやりたかったんですが、2週間以上寝込んだので、練習していません。

今日練習にいったら、先生に、君のレッスンを見る時間はもう試験が終るまでは取れない、と言われてしまい、どうしても、といってちょっとみてもらったけれど
「音は汚い、へんなアクセントが有る。音程がない。音楽的じゃない」とだめだしして、「試験受けるのやめたら?」ときた。。。。。

ぜつぼー!ほんと自分でもぜんぜんだめだと思うし。自信を持てないと弾けないよ。

やっと滞在許可証をもらってきました。これでひと段落。

家の前に、「売り家」の看板が堂々と張られてしまったのが悲しいです。
そんな今日の私は小人さん。


小人さんは生徒の教材に使うアメリカやイギリスの英文の雑誌から経済ニュースを読んで訳して背景を調べ、日本語にして構成をするという作業をえんえんとくりかえしています。

あとは音楽祭のための楽譜のアレンジ。。。。。

あー、仕事つめすぎだ。。。
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2010/6/15  すいません間違ってました。  

黒なしで、白2つでした。こうも順調だとなんかおかしいです。。。

だめだったはずのデシフラージュ、先生から電話が直接ありまして。

今年は、滞在許可証が取れてないので試験がうけられないかもということで、多くの先生方にご迷惑をおかけしてるんですが、その都合で、今回の試験もごたごたがあって、なぜか試験を受けても結果がでないかも知れないという事態になっていました。それを心配して先生が電話をかけてきてくださった。。。。。

F先生ありがとう!受かってました。。。。

来年もF先生の下でがんばります。デシフラージュはもうひとつの試験に受からないとだめなので。でもオーケストラスタディなのでこちらのほうが楽です。マーラーでもバルトークでも何でも来いです。

デシフラージュ(初見)の試験内容は、ひとつは超現代曲でぜんぜん手が出なかったんですけど、もうひとつは、なんとヘンデルのVnソナタ4番。ちょー知ってる。目をつぶっても弾けるけれど、私がやったのバイオリンのやつで、ビオラだと調が違うから途中で何度か迷ってしまった。それでもって伴奏してくれたB先生が途中半小節間違えるもんだから、とまったらいいのかすすめたらいいのか、迷ったりしました。でもリズムも間違いなく止まらずに通せたので、ここで点数がついたのだと思います。

実技は、どうかな、2週間も楽器を触ってない、いや、もう3週間になるのか、この状態で通るほど甘くないです。去年ほど弾けたらいいなと思いますけど。。。。去年はなぜ落ちたのか不思議なくらい出来てたんですよね、いったいどこに採点基準があるのかいまいち分かりません。
ビオラの先生からは、試験受けるのやめたらって言われてますが。

まあ、とりあえず当日までがんばれるだけやってみます。
良いことは続かないと言う私の法則に従うと、次は、だめなはずです。
はあーよりによってソロの試験を落とすとは。。。。。

新しい部屋決まりました。Place de chlicyというところです。サンラザールまで2駅という好立地条件、学校まで歩ける距離、楽譜やさんまで歩ける距離(危険!)、楽器はだめという。。学校で練習しよう。家賃はちょっと高めで、来年の学費が出せるかどうか、ぎりぎりという感じでしょうか。
収入の実に半分が家賃で消えていきます。

これでもパリで生きていきます!
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2010/6/12  悪いことは続けておこる  

風邪が続いたので、もう何もかもだめになっていたところ、そういえば初見の試験があったと思い出し、数日ぶりに楽器を取り出してみた。


弦、きれた。。不吉だ。

電球も切れた。。不吉だ。

靴下が破けた。。。不吉だ。

卵を割ったら黄身が割れていた。。不吉だ。


と、不吉の象徴が並び、なんだかもうだめだーとなっていて、
やっぱり試験はだめでした。
去年と同じなら絶対クリアできた。それが。

いきなり、小節線なしの現代曲ですか!!!!それも重音、一音ずれてる和音とか、5拍子7拍子とか、おちついて読めば分かるんだけどきっと、そんな、初見の前のわずかな時間、読んでいられる訳がない。

はあー、結果、これで3回目の失敗です。3年目。

で、これでだめだと、私の目標は一歩遠のいてしまいまして、なんとあと2年は最低でもがんばらなければ、こちらでの目標は達成できなくなってしまいました。


はー。初見、なんで必修科目なんやーーー。これとらんとあかんのかーー。
今年黒星ひとつ白星ひとつ。


来週の週末は音楽祭です。この街では最後の音楽祭だから、いろいろやろうと思ってます。路上にピアノが出て、ドラムもあって、みんなで飲みながら即興ライブです。
それまでに、ちょっと楽器を弾ける様にしておかないといけません。。。とりあえず鼻水がとまるおまじないとかないですかね。
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2010/6/9  ごほごほっ  

1週間以上寝込んでます。咽頭炎です。
のどと副鼻空がやられていて、気がつくと鼻からも口からも呼吸できないという、これ死ぬかも、状態です。薬は飲んでるんですが効かなくなってきた。
レッスンを2回休みましたし、楽器はまったく持っていない、これで今週末試験がひとつありますが、耳が聞こえないので絶望的です。

一日、トイレットペーパー2ロール(うちでは3倍巻のを使ってるんですが)くらいは消費しますね。水もたくさん飲みます。
ご飯は、あまり食べられない、作れないし買い物もいけないし。

こんなとき、パリというのは陸の孤島だと思います。夜は店が開いていないし、人に頼りたくてもいない場合も多いですし、外国人だからとあまり取り合ってもらえない場合もあります。大家さんがいた頃は、病気でしんどいから水を分けてくれということも出来ましたが(食べられないときは、食事まで作ってくれた)、今はまったく近くに誰もいないので、自分で気をつけないといけない。

トイレットペーパーのほうが鼻をかむとき柔らかくてよいのですよ。普通のティッシュペーパーは硬いし厚い。それに高い!

そんな感じで、試験はあるけれど、思い切り1週間ほど楽器に触れていません。役所の手続きも家探しも滞っていて、なんだかどうしようもない状態になっています。困った。いろいろと、困った。

とりあえずある程度よくならないといかんわな、夜中息苦しくて起きてくるようじゃ、まだまだです。
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2010/6/4  残りの人生  

熱がひどくてねえ、起き上がると瀧のように鼻水が出てくる。。。。
もう先は長くないな、あと生きられても20年、限られた時間しかありません。まだ動けるうちに、最近の写真をアップしておきます。

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うちの父がのこしていったしいたけ床から生えた、多分最後のしいたけ。栽培しいたけは春と秋におおきくなる。それにしてもでかすぎるだろう。手は私の手で、病気でむくんでいます。もうこれが最後のしいたけだと思います。今年まで、父がいたんだなとわかります。

庭にしいたけ床をほうっておいたらそんなでかいのがでていたのを、母のおばが気がついて大騒ぎして。その後皆で焼いて食べましたが、あまりにふとくて中まで火がとおらず、生焼けの状態のものをたべた私はおなかを壊した。これは父に諌められたかなと思った。。つまり。もう帰ってきなさいと。

こうやって家や自然のあらゆるところから、父の意思を感じることが出来る。たけのこも山ほど出てきた。ほりにきなさいと言うことでしょう。

早く帰りたいけどね。。。もういろんなしがらみから開放されて晴耕雨読したいですけどね。




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日本の飛行場で買ったかわいそうな空パンとメロンパン。地上ではふわふわでしたが、気圧が低くなると、パンの中の空気も外に出されてしまう。
おいしかったですが、かわいそうだ。


熱で何やってんの蚊わかんなくなってきた。
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2010/6/2  風邪中  

はなみずがーーー。。昼頃から熱が急に上がってしんどい状態で。
だって、先日25度までいったとおもったらまた寒くなって暖房が必要なくらいになるし。。。。。そりゃ、体調こわすっちゅうねん。


最初の試験が残念な結果になってしまったのですが、つらい日々から開放されただけでもう十分です。自分、こらえ性がないのですが、それにしては良く耐えたと思う。このくらいこらえられれば、仕事もうまくいっただろうし、もっと上手に生きていくことも出来たかもしれない。


これで少しは眠れるだろう。

まあ、今年は残念でしたが、またがんばります。今は部屋探しがんばらないと。
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2010/5/29  絶対音感の話  

この春帰国したときにピアノの先生に会ってきた。
音楽に対する自信をマイナスまで喪失していた自分にとっては、まあ、いい栄養になったかな。
自分のいいところ、それは楽譜を読むのが早いこと、耳がいいこと、音楽の構造を良く理解すること、だそうだ。いや、、、ちがうな、、私は楽譜を読むのはすごい遅いし(覚えるためにものっそ努力している)、耳は、音程はきけるけど、美しい音を聞く耳はない。音楽の構造の理解は、まあ、なんとなくやってるかな。論理的な頭のつくりなので。

その中で、話題にあがったのは絶対音感。
私がピアノを始めたのは小学校3年生のときからでした。
その時点では絶対音感というのはまったくなかったらしい。

ええ???

絶対音感て3歳とか5歳くらいからやらないとつかないんじゃないの?

と自分で疑問におもってましたが、先生がいうには、そんなことはないのだそうで。うちは姉以外音楽をやっているひとはいなかったので、音楽の教育をそんなちいさなうちにされたことはないです。

さて、どんな風に絶対音感がついていったか。
自分でも記憶にあるのは、頭の中で、ドの音をならして、それとどのくらい違うかと数えていたことです。これは相対音感ともいえるけれど、頭の中で、何の楽器もガイドもなしに、ドの音をならせる時点で、先生は「それは絶対音感だ」という。

最初は2つの音を同時に聞き取ることから始まった。1回のレッスンで、2タイプの2音和音を覚えさせると、次の週にはもう覚えていたらしい。そしてまた2つずつくらい覚えさせていって、そのうち音を増やして、和音で音を取れるようにしたそうな。

そういえば最初は、ドミソ、ドファラ、とかそういう簡単な和音を覚えていた気がする。ききとれなかったわけではなく、聞いてもなんと答えればいいか分からなかっただけだった。。。

平行して、先生がひいた2小節くらいのかんたんな旋律を歌ってみたり、という練習もやっていた。

それが4小節になり、そのうち、書き取りをするようになった。

ソルフェージュというのもやったけれどまじめにやってこなかったので(子供のソルフェージュというので、2,3旋律が宿題になるのですが、大体2,3回歌うと覚えてしまい、楽譜を見ないで歌ってしまうので、初見の力が、まったくつかなかったそうな。そして今でも壊滅的に初見が出来ません)ソルフェージュ能力というのはあまり向上しなかったようです。

大体中学1年くらいのときには、もう音大の入試くらいの書き取りは出来ていたので、そこまでの3年くらいの間でだいぶ音感がついたようだ。

でも、完璧な絶対音感ではなかった。
よく姉が「このピアノの音が狂ってる」とかいうのの意味が分からなかった。。。それは、数ヘルツの違いを聞き分けていたからわかったらしいのですが。

そこまでいかずとも、自然界の音が全部楽譜に書き表せるようになったのは小学校のときでしたね。

しかし、この絶対音感というもの、音楽をやらない人間は、もっていても何の役にも立ちません。はあー。私、自分の中で人に売れるものって、絶対音感と、暗譜力だけだなと、いつも思ってます。誰かいりませんか??たからの持ち腐れ?ほかの能力と取り替えてほしい。。

そもそもそういう能力を持っていなければ、音楽の道に転向したりしなかったのに、中途半端にそこがあるから、音楽をやってみようなんて勘違いを起こしたりしたわけで。

こっちにきてから、完璧な絶対音感を身に着けようと、毎日チューナーとにらめっこで音階練習をやってます。A441Hzと442Hzの聞き比べは出来るようになりました。だいぶ安定してきました。プロの人の演奏でも音程がへんだと思うようになりました。成長するもんだな。。。。

というわけで、絶対音感は幼少の教育、というのは、必ずしも当てはまらないということでした。
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