「審査員」をお受けすることがある。
「M−1予選」もそうだし、「ABCお笑い新人グランプリ予選」もそうである。前者は2002年から、後者に至っては1991年からだ。
双方とも、このところはエントリーする芸人の大幅増が時代の流れである。後者は嘗て30組ほどだったものが、今年12月12日の第29回の予選では80組になんなんとする勢いだった。M−1に関しては第一回にして1900組、それが今年は4500組だという!
その他には、嘗て、「上方漫才大賞」(KTV、OBC主催)、「演芸大賞」(CX、KTV主催)などの審査員もさせて頂いた。
この時、審査員として、責務を感じ、より緊張するのは「新人賞」もしくはそれに同等する賞を選考する時だ。
具体例は書かないが、大賞や金賞(大賞に準ずる賞)、或いは奨励賞的なものはほとんどの場合、既に功成り名を遂げた人達が多いので、その年の活躍や功績を後追いで認め賞賛・授与することが多く、「新人賞」の如き競争感はどうしても無い。
為に、飽くまでも新人賞との比較だが選ぶ側の緊張や責任は軽く感じられてしまうのだ。不謹慎という勿れ。
現に、「新人賞」の多くは形は違うが、異口同音にレース形式で争われ、若手が芸を競う緊張の中でその優劣が、或いは最優秀が決定される。
その輝かしく、逞しい場に僕たちは「審査員」として呼ばれるのだ。
有態に言えば、人の一生を決める一権限を与えられるのだ。その影響の大なる事は、賞を得て素晴らしい未来を手にする者もいれば、一票違いでこの世界を去る者もいる、という現実であろう。
真摯に、誠心誠意であることを自らに要求してその任を全うしなければならないことを痛感するものだ。
言ってみれば、その痛感は僕が自らに課すもの。だが、それ故に僕が新人賞に挑む若き芸人に望むこともある。それは、笑いに対する僕の思惑、姿勢を反映したものに他ならない。
今回のたくらだ堂のテーマはよりこちらだ。
ここからはその思惑と姿勢の一端である。
それらはこれまでにお笑いに携わりながら、そして時に審査をさせて頂きながら、その時々に思い、感じ、そして実行してきた事どもでもある。
相変わらず無遠慮であることをお断りしておく。だが言っておく、誰にも間違っているとは言わせない・・・ぞ!
■審査の時、僕が価値を見つけるのは、つまり僕が評価する要素というのは、先ず一番に「独自性」、オリジナリティだ。
■やり方=「形式」、題材=「内容」、更に「設定」「言語」「動き」、お笑いのいろんな要素の中に嘗て無かったもの、今だれもやっていないことを見せられると、笑いを、そして表現を考えているんだなと嬉しくなる。
■笑いを考えているとは、追随する感性ではない。他を、或いは先人の作ったものを否定さえしようと云う思惑、意欲だ。しかし、先達に対し感謝や尊敬までもが無いというものであってはならない。
■これは僕の更なる願いだが、いっそ年の近い同業者として、若いのにどこかで見たような事をやっている奴ら(芸人)の怠惰と不勉強に腹が立つのでなくてはならない。
■そして現状。ことほど左様に漫才、もしくはお笑い人口が増えた昨今、以下の状況は時間的にも空間的にも、互いに錯綜、補完し合っているのだが、お笑いプロダクション以外にも芸人を取り込む会社が増え、様々なイベント、ステージが増え、それ故に若手のショウレースも増え、また、使い捨てだの、時間が短いだのと言われつつネタ番組も増え、今や芸人がネタを演る頻度が嘗て無く、それは絶対に日本のお笑い史上最大と言って間違いないほど増えたために、間違いなく若手芸人の実力は向上してきている・・・のだが、その多くは、笑いを取ること、またはネタを作ることに窮々とし、それは必然的に現状追認に陥り、「独自性」を欠如させていると言わざるを得ないのだ! 悲憤慷慨!
無論、全員とは言わない。
■現状追認、何故そんな事が起こるのか?それは漫才を目的化しているからだ!漫才をやりたい=漫才師になれたらいい!という図式内だからだ。それだから、漫才師になれたことで満足し、ついつい目の前の笑いを取れればいいだけの漫才に堕しているのだ!
59歳だから偉そうに言わせて貰うが、思いが低い!
自分を見限っている!満足が早い!
■もっと説教するなら、漫才を自分の為だけのものにしかしていない。漫才をやっていることが自分の家族や生活の為だけになっている!もう一度言う、思いが低い!
「思いは高く、頭は低く!」これは今も私淑する木津川計が嘗て僕に、いや、皆に言った言葉だ。
21世紀の地球でお笑いを担っているという思い上がりが欲しい!
そんなんだから、番組で家族旅行に行ったり、中途半端な家を見せたり、本当の美味しさも知らないのに料理を食べて下らぬコメントを言って、仕事をやっていると、ましてや売れてるなどと思ってしまうのだ!だ!
興奮して来た!
Be cool!
■笑いは先鋭的で
革新的で
批評的で
客観的で
意図的で
思惟的で
戦闘的で
意欲的で
ま、その他世の中のあらゆる前向きな要素のひとつは持ち!
且つ、罠と
冒険と
遊びと
新奇でもいいから進取なものを狙う志が欲しい!
前者が中身(内容)に望むことで、後者が外見(形式)に願う事だ。
■独自性(オリジナリティ)に加え、もうひとつ望むのは新しさだ。この二つの要素を判り易く言うと、グラフの縦軸と横軸だ。
独自だが新しさはない。
独自ではないが新しさはある。
独自でも新しくもない。
そして、独自で新しい!無論これだ。
■只、この独自性と新しさは明確に分類できるものではない。敢えて言うなら、独自性は自然発生的で、もともと備わっているものだが、新しさは後天的、意図的で、後から考え作られるものだといえよう。
■それはつまり、お笑いでもなんでも、人が何かをやりたいと思った時には既にそこに独自性は生まれているのである。当たり前だ。その人は地球上の誰とも違うのだから。だが、漫才にしろ、落語にしろ、ピン芸にしろ、コントにしろ、具体的目標を見つけた時にその独自性を維持していられるかだ。
例えば漫才をやりたいと思った時、その時にもう既存の漫才に規定されていることを思うべきだ!
つまりある漫才を見てやりたいと思ったのだから数多くの、或いはその時見た衝撃的なたった一組の漫だけかもしれないが、その漫才に彼のお笑い(漫才)イメージは規定されていることを警戒しなければいけない。
そこだ、彼がやりたかったのは本当にテレビで見た、寄席で見た、或いは学園祭で見たそれか!
勝手に漫才とはああ言うもんだと思いこんだだけなのに!
重要なとこはそこだ!彼の独自性の強さが問われなければならない。彼の笑いをやりたいという欲望、夢の大きさだ。それが今ある漫才内で満足させられてしまうのか、それとも大いなる不満のもと今の漫才を否定し破壊しようとするのか否かだ!
■実は上記のような事を「ABCお笑い新人グランプリ」の予選の最後、その日予選に挑みその結果発表を待つ80組ほどの芸人さんの前、10組の予選通過者が発表された後の審査員講評で言わせて頂いた。いや、あんなことを言った裏には僕のこういう思いがあったのである。
繰り返しになるが、もう少し判り易く言わせて貰う・・・・・しつこいとか言わない!
「漫才をやろうとする時、ネタを作ろうとする時、今ある漫才の形にはめようとしているのではないか。いやそれ以前に、漫才とはこういうものだと――ボケとツッコミがマイクの前で話す――ものだと思い込んでいるのではないか。漫才は雑食芸、何をやってもいい筈なのに!
それは多分、あなたの発想が、意欲が今の漫才の範疇をはなっから超えていないという事だ。
あなたの思いや発想や意欲が大きければ既成の漫才という容れ物で間に合うはずがない!当然のように不満や不自由さや窮屈さを感じて、目の前の漫才を壊そうとする、壊さざるを得ない事になるはずだ!
だから言おう。自分の意欲や発想の産物であるネタを今の漫才という形にはめ込むのではなく、あなたの意欲と発想に漫才を合わせるべきだと!それは畢竟、漫才の形式を破り、新しい漫才を作り出すことになる!」
■だが、そういう精神、思考を得て、今ある漫才に不満や限界や、或いは不自由さを感じて自分たちの漫才を作り出しているコンビは確実に増え、現存する。嬉しい限りだ。
その人たちとは、そう言う意欲を見せてくれているのは、
(笑い飯)
(千鳥)
のビッグ2に続き――この2組をビッグ2とは誰も言ってません。僕が今言っただけです。
(南海キャンディズ)
(POISON GIRL BAND)
(ダイノジ)
(平成ノブシコブシ)
更に若手を挙げる
(モンスターエンジン)
(オリエンタルラジオ)
(ジャルジャル)
(天竺鼠)
(クロスバー直撃)
(GAG少年楽団)
(和牛)
(ビーフケーキ)
(ハライチ)
(サイドエイト)
(ゼミナールキッチン)
(ガスマスクガール)
・・・・・・・・
※若手の方は殆どが大阪の芸人さんであるのは、僕が大阪在住なもので、御了解いただきたい。きっと東京にも沢山の!・・・
■上記の芸人さん以外にも、まだまだこれは!ひょっとして!と期待する人たちがいるが、何せ一、二度しかネタを見ていないので、早計に推挙、断ずる訳にはいかない。
例えば、
(D・N・・・・)
(ソーセ・・・・)
(無駄無・・・・)
(尼神イ・・・・)
(アイロ・・・・)
(野球家・・・・)
(さらば・・・・)
(ドレッ・・・・)
(ユキコ・・・・)
(ミルク・・・・)
わ、意外といる!結構いる!思ったよりおった!
但し、全て僕の独断です。僕ひとりの意見であり、判断。それが少しでも後押しになればということでしかない。時が経っても旧来の漫才に取り込まれることなく我が道を行って欲しい!
更なる健闘、努力、そして自由の為の自己発現を求む!
なんか人間解放みたいになって来た。
と、今回は相当好き勝手な事をまとまりもなく書いてきた。読み返せば多分、自分でも気恥ずかしいことになろう。下手をして何年後か先に読んだ日にゃあ!
いやいや、何年後であっても、僕自身が否定するような事になっていては、それこそ恥ずかしいばかりだ。
だから、ここは頑張って載せる!貼り付ける!
さて、今回これを書き始めたのは今月16日。今日は29日。その間更にふたつのお笑いのオーディションに遭遇した。無論、オファーがあり、積極的に参加したものだ。
ひとつは15日、baseで毎月一回行われているお笑いライブ「キタイ花ん」(魁塾HP内にもこれのHPがあります)の2008年を締めくくる形で行われた第73回。ここでは30組の若手を見させて頂いた。
この日は予選が2回あり、最後に残った3組から勝利を収めたのは「アイロンヘッド」でした。
そしてもうひとつは17日、毎年年末の恒例番組MBS「オールザッツ漫才」。今年も番組内で超若手によるトーナメント(少々形は違いますが)が行われることになり、それにエントリーできるかどうか、吉本的に言うなら、させていいかどうかを判断する為の、業界的には「手見せ」と言われるものだ。ここではVTRで拝見したものも含めて76組。
とまあ、この年末「M−1(準決勝)」「ABCお笑い新人グランプリ(予選)」「キタイ花ん」「オールザッツ漫才(手見せ)」の4回の機会を得て、トータル249組を見させて頂いた。
それらへの不満も期待もここまでに書いた。
最後に、その249組中、僕が最も衝撃を受けたのは!
SE=ドラムロール!
ドロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(筒井康隆的行数稼ぎ!)ジャーン!
マジカルラブリー!!!!!
「十字架に磔にさせられ男を竹槍でちゃんと処刑しようとするネタ!」
自由に、奔放に、いっそ無謀に今ある自分たちを発信していた!ネットなどを見ると、東京では既に噂のコンビであるようだ。僕はまだ一度見ただけだが、次回に是非期待したい!
2008年が暮れていく。
今日は今から「オールザッツ漫才」の収録だ。件のトーナメント。優勝は果たして!
是非放送をご覧下さい!
そして、『牛馬頭のゲーム』東京公演終了!
来て頂いた皆さんに有難うです!
最終の「製作日記」を何とか年内にと思ってます。
あと二日!

1