9月から始まったM−1はエントリー組数が毎年前年を上回るという勢いを失うことなく、今年も4239組という新記録を打ち立てて、一昨日(12月8日)東京、昨日大阪で準決勝を迎え、結果、東西66組から8組が決勝へその夢を繋いだ。
南海キャンディーズ、スピードワゴン、チュートリアルらに見られるように、M−1の決勝は出場するだけで――チュートリアルは優勝したが――その後の芸人の道に多大な影響を及ぼすことがあからさまになった。M−1決勝進出はまさに漫才師の夢と直結しているのである。
それが分かっているから、参加者は毎年増え続け、これに向けての日々の鍛錬は熱く持続せられ、そして勝利と落胆の差は今時の若者たちには過酷に過ぎるのではと思わされるほどであるのだ。M−1準決勝の舞台裏は汗と涙と血が流れていると言っても過言ではない。
そうした現状の下、今年も僕は2回戦1回、3回戦1回と両準決勝の審査員を引き受けた。以下は、芸人であれ作家であれ、お笑いで何かをしようとするものとして、お笑いと漫才と、芸人に敬意を当然のこととしつつ、準決勝に進んだ66組の中の、僕が言うべきことを感じた何組かに対する漫言狂言放言暴言である。
先ずは今年も東京・準決勝から!(因みに、出演順です)
【1】ザ☆健康ボーイズ
吉本興業(なかやまきんに君・サバンナ八木)
▼すでに知られたふたりがM−1に挑んで結成したコンビである。ともに筋肉フェチで、今年きんに君がアメリカへ筋肉留学したことをご存じの方もいよう。ネタも全編筋肉ネタ。筋肉の名称、筋肉増強剤、トレーニング方法、トレーナーの名前から癖、そしてボディビルダーとしての在り方まで相当にコアな部分まで交互に問題(クイズ)として出し合い、共に筋肉フェチであるから即座に「正解!」する。この応酬の4分間である。
▼悪く言えば一本調子。安易だが「不正解」という遊びは無かったのか。一見深いようだが、表面の情報だけで終わった感だ。何故彼らが筋肉に憧れるのか、筋肉を鍛える精神とは、またその逆の精神とは・・・こんな二人だからこそ深められる視点はあるはず。
【2】ナイツ
マセキ芸能社(塙宣之・土屋伸之)
▼「スピルバーグが凄い」と塙(ボケ)がスピルバーグでのボケネタ連発。例えばスピルバーグの名前も、最初は「スピルハンバーグ」だったものが、最後には「スピル店長のお勧めハンバーグ(?)」となる。「JAWS」は「お上手」。「TSUTAYA」は「タツヤ」。「ET」は「ED」。その流れで「インディペンダンスデイ」は「インポテンツデイ」となる。
▼惜しいかな、ネタとしては言葉遊びに終わっている。テンポはいいが、味が薄い。漫才は、いや芸は人間だ。映画を素材に自分たちが何であるか伝えなくては!
【3】オードリー
ケイダッシュステージ(春日俊影・若林正恭)
▼「デートがしたい」がネタフリの漫才。
▼残念、そこには活路はない。そのネタを選ぶというセンスが、或いは指向が、笑いを舐めてる。或いは本気で何かを作ろうとはしていない、と僕は見る。このジャンルで残されているのは天皇家のデートか、障害者のデートぐらいだろう。それをするというならまだ望みはある!
【4】マシンガンズ
太田プロダクション(滝沢修一・西堀亮)
▼「合コンの女は腹が立つ!」で始まり、いわばあるあるネタでの女性攻撃!「いくつに見えると聞く女」を始めいろんな女にふたりで息巻くが、怒りキャラにパワーが無く、やや空回り。
▼そもそも攻撃の観点(ネタ)が素人レベル。ふたりが本当に腹が立つ女とはどんな女なのか!プロの視点と感性を見たかった!
【5】ハイキングウォーキング
吉本興業(鈴木Q太郎・松田洋昌)
▼「僕の年齢33」「妥当だよ!」のつかみから始まり、本ネタは「適当なラーメン屋の主人やりたい」とレポーターがその店に行くミニコントに移行。
▼「麺の量」「茹で時間」「麺の固さ」「値段」・・・これが適当というより、中途半端。適当というなら超の付くいい加減さでなくては!つまり、店主が一応ラーメンを作っているから中途半端になってしまうのではないか。適当なラーメン屋とは、下手をするとラーメンさえ作っていないのでは!それでこそ「どんだけ適当やねん!」となるのでは。
▼その上で、ではそんな主人は何故こんな適当な店を始めたのか?彼には思いがけない過去が・・・無論、与えられた時間は4分だから、限度はあるが、それでこそ話は広がり、ひとつの世界が構築できて、漫才の可能性が高まるのだ!
▼申し訳ないが浅い!それは彼らだけではないが、このネタはこれでいいのか、もう無いのかというネタへの追求心が見えてこない!
▼更に、レポーターが安易。レポーターでなければならない瞬間は無かったように思う。適当なラーメン屋の適当さを増加させるもうひとりの配役は何か!過保護な母。今も彼の夢を理解しない父。それとも、もっと適当な客?普段のイリュージョンネタを超えた漫才を期待していたのに。
【6】オリエンタルラジオ
吉本興業(中田敦彦・藤森慎吾)
▼既に、去年の準決勝の段階であの「武勇伝」は使わなかった。今年もそうである。僕の不勉強で普段の彼らの舞台を知らないのだが、もしルミネなどでは日頃やっていて、このM−1の場では「武勇伝」を封印したというなら、その勇気ある決断に笑いに対し生半可でない覚悟を見て取ることが出来る。
▼ネタは、「ダルビッシュかっこいい」→「相撲ももっとかっこよく」→「ジュノンボーイ山」出現。で、ジュノンボーイ山のまわしはローライズ!取り口もエスコートして相手を土俵の外へなどと遊んで、ここから次のネタ、学生時代ビーボーイだったことからラップの有効な使い方へ。それは夫婦喧嘩。当然のようにふたりがラップで夫婦喧嘩を始める。「子育てを手伝って」という嫁(中田)と俺は仕事だという旦那(藤森)のラップ合戦。最後は嫁が「♪だけど結局アイラブユー!」と終わる。
▼彼ららしいネタだ。出来も悪くない。足らないのはリアリティか。相撲がかっこ悪い、かっこ良くならねばというのは雰囲気だけの言葉だ。実際相撲取りを近くで見てみればいい。十両あたりでも相当かっこいい。横綱(このところ要らぬ雲が漂っているが)など別格だ。そして「ジュノンボーイ山」に至っては、リアリティゼロ。損なネタと言ってよい。
▼そしてとりネタと言うべきが「ラップ夫婦喧嘩」!オリエンタルラジオに夫婦喧嘩はそぐわないだろう。無論、敢えてそれを狙ったのかもしれないが、リアリティは間違いなく薄らぐ。どうしても「夫婦喧嘩」で行くというなら、あの「武勇伝」をそのままやるということではなく、あの感性をここに生かせばいいのに、と思わざるを得なかった。
【7】ハリセンボン(☆決勝進出組)
吉本興業(箕輪はるか・近藤春菜)
▼はるかが「やり残したことがある、それはお天気キャスター」というネタ。普通なら「やりたい」というところを「やり残した」というところに笑いへのこだわりを見る。
▼途中「木村太郎の方」「平熱14度」「天狗」「仲本工事」と言った笑いをとれる小ネタを入れながら、最後は星を見ながら愛も見つけたいと言うはるか必死のネタへ。勿論、割ってはいる春菜だが、このパワーが凄い!「ドンタッチミー」はまだしも「クローズヨゥアイズ!」はたまげた!
▼相撲には‘相撲力(すもうぢから)’と言うものがある。技のうまさとか、体力、腕力などではない精神と動作の統一が生み出す底力のようなものだそうだ。ある人によれば火事場の馬鹿力ではないそれぞれのスポーツに応じた体力だそうだ。それが相撲なら相撲力。漫才なら漫才力だ。それを僕はこの日の彼女たちに見た思いがした。漫才の間とか、スピードとか、声の大きさとか、即応性とかではなく、いやいっそそれらを当然のように内包しつつ、漫才をやることで自然に生まれてくる笑いを生みだす力とでも言えようか。自らも漫才を楽しみながら、客をも満足させる笑いを、この日のハリセンボンは生み出していた。無論、漫才力と言う言葉は僕が言いだしたことだ。その若さは無論のこと、女性であることを武器として、決勝は再び漫才力を見せ付けてく欲しい。
【8】えんにち
吉本興業(アイパー滝沢・望月遼馬)
▼「お勤め御苦労さん」から始まるその筋のお兄さんキャラ・アイパー滝沢を全面に押し出したテレビ通販番組のネタ。「いいブツがある」「パソコンはウィルスいっぱい」「ドスにも小物入れ」「革靴にも小物入れ」「お電話は0120―893(やくざ)のホウホウホウ!」と、危ない通販が展開する。
▼このコンビに限らないが、こういう、一方にかなりのキャラを設定した人たちの場合、その相方(つっこみ)の存在が必然的に弱い場合がある。無論、設定されたキャラを生かすために作戦的にもそうなるのだろうが、二人いるその一方をむざむざ生かさないというのは損ではないかと考える。如何に相方がヤクザキャラでも、如何に長髪イリュージョンキャラ(?)でも、如何に鬚男爵キャラでもだ。
▼これらのコンビの場合、相方はツッコミというより説明役だ。それでは本人の遣り甲斐はもとより、折角青雲の志を抱いて漫才師になったのに面白くないだろう。更に、日本一に成れよと送り出し、今もテレビの向こうで応援している田舎のご親族にすれば、その不甲斐なさは切歯扼腕の思いではなかろうかと察する。鬚男爵キャラの組は既にやっておられるが、是非、ツッコミにもキャラを付けるのか、或いはその言葉にオリジナリティを持たせるのか、或いはその人自身の気力のありどころの問題を解決するか、方法はお任せするが、二人で一人のもうひとりの存在を大きくし、二人の夢を引き寄せてほしいと願う。
▼厳しく言うなら、今やっているひとりのキャラだけではM−1だけではなく、漫才戦線を勝ち抜いてはいけないということだ。
【9】キャン×キャン
ヴィジョンファクトリー(長浜之人・玉城俊之)
▼印象が薄くなっている。「沖縄料理の店を開きたい」という様なネタだったが・・・その中でどんなボケをやっていたのか・・・去年の方がインパクトがあった。今年5月「第5回お笑いホープ大賞」で優勝したという、申し訳ないがそのステージは見ていないが、その時のネタはまさか今日のネタと同じではあるまい・・・同じだったとしたら・・・彼らの今日の出来が想像を超えて悪かったか、今年のホープ大賞のレベルが・・・言っておくが、「ホープ大賞」にケチをつけたいのではない。「ホープ大賞優勝」の責任がキャンXキャンにはあると言いたいのだ。
▼沖縄出身のふたりが「沖縄料理の店を開きたい」というのはありなのかを先ず考えてほしい。ありだとするなら、妙な、小賢しい小笑いは取ろうとしなくても、僕は出店の実際、現実を追うだけで漫才になると思う。六本木に出す場合と、巣鴨では、店の構えも、内装も、店員の制服も、メニューも、いやきっと店の名前さえ違うはずだ。そして店長はどっちがやる?バイト君の時給は?来てくれそうな有名人は?逆に来てほしくないのは?店の一押し料理は?こうした全てが実際に沖縄出身のふたりから語られることで、伝わる世界は確実に生まれるはずだ。
▼この方法は有効だと思うが、如何せんストレートだ。漫才だというなら「東京ナイズされた沖縄料理の店を故郷沖縄・・・じゃなく大阪・・・じゃなく新潟に開きたい」とか「沖縄料理じゃなく、沖縄空手の教室・・・もありきたりか・・・だったら沖縄三昧の店を・・・どんな店やねん・・・を開くぞ」とか「沖縄教の教祖になる」とか「沖縄は日本から独立させる」とか「もしも沖縄が不条理だったら」とか・・・何でもいいのだ、沖縄目線、沖縄からの視点は既に確固としてあるのだ、題材は何でもいける。勿論、漫才的修辞法は徹底されなけらばならない、しかし、二人には沖縄がある。極論を言えば‘冬にストーブが要る北海道は、沖縄からすればお笑い’なのだ。
▼だが以上は原則論。もしおふたりがいつまでも‘沖縄’ではないと考えているとしたら、その姿勢も正しいし、その成果に期待もする。
※あっという間の5000字!まだ東京3分の1。長くなりそう。23日の決勝までには書き上げたい!

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