
版画/鈴木信吾 所蔵/茸地 寒
今年も沢山の喪中ハガキが届いた。その中に
知人友人の親族とかではなく、友人そのものだった年は
何とも言えない苦しい気持になる。
暮れまじかに思い出す亡き友人が何人かいるが
その中の
版画家の鈴木信吾が亡くなって今年で15年になる。
彼と最初に会ったのはたしか成城の緑陰小舎という画廊での
某画家の個展のオープニングパーティだったと思う。
その後、ぼくが当時目白にあった東京版画研究所に
通うようになった時、その研究所で再会した。
ぼくはエッチングを勉強するために入ったが、彼は
既にもう版画作家としての地位をこつこつ固めていた。
版画の技術の中でも特に難しいビュランの名手で
雁皮刷りなどを好んで多用していて、その作風は
ケレン味がなく、その静物や風景は静謐で素晴らしい品格に
満ちていた。その後たまにお酒など飲むようになり
少しずつ彼のバックグランドなども分かり始めたが、
例えば
1972 第40回版画協会賞受賞
第3回版画グランプリ展 第6回現代美術選抜展
1974 第1回ツール市国際展(フランス)
1976 オスタンド市ヨーロッパ絵画賞展
銅メダル賞(ベルギー)
1978 現代版画展 パリ国立図書館(フランス)
1987 ビエラ国際版画展招待出品(イタリア)
1989 ブリストル国際ミニアチュール版画展(イギリス)
などという輝かしい業績を持ちながら、ちっとも
奢る事無く、年上のぼくにも普通につき合ってくれて
当時は良い関係だな〜と思っていた。なんとなく
馬が合ったという事なんだろうな。
仕事も一緒にした。ぼくがデザインしていた
広報誌「トレンズ」にも挿画の依頼をして良い絵を
描いてもらった。その後数年お互いに働き盛りで
ブランクがあり、ある年の年賀状に
「去年は死にかけた」という文章があって驚いた。
まだそんな年でもないだろうにと思っていたが
その3年後の12月、鈴木信吾の喪中のハガキが届いた。
なんとか売ってもらった彼の版画はいつも
ぼくの机の前の壁にある。

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