今日、6歳からの友人、IKMと電話で話した。
お互いに音信不通になり、12年ぶりの事だった。
IKMとの出会いは小学校1年生になった年の6月だった。
お互いに違う町から同じ府営団地に引っ越して来て、
同じ小学校の同じクラスになった。
その後、クラスは離れたけれど、また3、4年で
同じクラスになり、それ以降同じクラスになった事はなかったが、
ずっとずっと親友だった。
中学校では3年間一緒に学校まで15分の道のりを通った。
毎朝、お互いの棟から丁度真ん中にある小さな児童公園で
待ち合わせて通った様な記憶がある。
毎朝、毎朝、同じ道を一緒に歩いて通いながら、
一度も会話がなかったり、飽きたりした記憶はない。
夏頃よりも、冬の方の記憶の方が強かったりもする。
高校に入学するのを機に、私達家族はその団地から隣の市に
引っ越した。その頃、大阪府は地元集中という名の下、
余程の成績優秀者以外は地元の高校への受験を押し進めていたので、
そこでIKMとは高校が離ればなれになってしまった。
でも、しょっちゅう電話で長話をしたし、
定期的に会って、友情に変わりはない、と思っていた。
そんな風に、若い私達は未来は生まれてから馴染んで来た
人生のまま流れて行くに違いない、と高を括っていたのに、
私達は知らない内に全く違う道を行き、しばらく交わる事も
なかったのだ。それが、いつしか、交わるだなんて、
私達は本当に運が良い、縁がある。
そんな風に、強く思う。
私は4人の母親で、大阪から遠く離れて、異国に暮らしているが、
IKMは私達が慣れ親しんだ、その府営団地に戻って来ている、と言う。
子供は一人。
でも!電話での声は全く昔のIKMと一緒だった!
そして、大体40分程、12年分の隙間を埋めるかのように、
早口でお互いの近況を報告したのだが、それにしても、
本当に12年も話した事がなかったんだろうか?と思う位、
アッと言う間に昔の私達に戻るのが自分でも不思議だった。
涙が出そうだった。
あんまりにも、なつかしくて。
肉体はお互いに40歳を過ぎてしまったけれど、それでも
私達はIKMとYKMで、十代の頃と同じに私達のまんまなんだ。
月日の妨げなんぞ何のその、子供の頃から喧嘩しながらも
ずっと一緒に生きた時間は、そんな空白、一瞬で蹴散らして
しまう程に濃密だったんだろうな。
「嬉しい!また話せて嬉しい!」とIKMが涙声で言った。
「絶対に会いに行くからな、泊めてや!」と私も言う。
『友達』って、不思議だ。
どんなにご無沙汰していても、ずっとずっと『友達』で、
一瞬で元通りになれる間柄なんだなぁ。
「私は6歳の頃から付き合ってる親友がいるんです」と、
言える私はラッキーだ。後3年で私達は『友人歴40年』を
お祝いできるのだよ!それって、凄い事だと思う。
私はそんなに友達を沢山持っている方ではないと思う。
でも、小学校や中学校から付き合いの続いてる友人がいる私は、
実に恵まれているのだね。
なんか、幸せや〜〜〜。

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