今朝起きて、Asahi.comを開けた時、
元タレントだった飯島愛さん訃報のニュースを見出しに
心底驚いた。
「嘘〜、嘘〜、嘘やろ〜〜〜」と思わず、情けない声を出した。
別に飯島愛さんの大ファンであった訳ではないが、
あの絶妙な切り返しに頭脳明晰さを感じて、
去年の春頃に引退する、と知った時にはとても残念だった。
それにしても、命というものは、終わりが来る時には、
なんて簡単に終わりが来るんだろう。
まるで、永遠のように錯覚する毎日の『生きる』という行為と
同じ位、静かにあっさりと『死』はやって来る時には
やって来るんだな、とつくづく思う。
私の実父は心筋梗塞で、一瞬にしてあの世へ旅立った。
後々分った事だが、本人は狭心症の発作を2度経験していた
ようだ。しかし、私達家族にその事は黙っており、
聞くと狭心症の痛みは普通の痛みではないと言うのに、
その痛みを我慢する事の方が病院へ行って真実を知るよりも
恐怖が少なかったのか、病院へ行く事もなく、
3度目の発作で満41歳という若さで死んだ。
夫のアメリカでの兄であったKは、急性心不全で亡くなった。
兄夫婦は二人揃って健康に気をつける人達で、
野菜が中心の食生活で、30歳半ばを過ぎると途端に
太り始めるアメリカ人とは一線を画する均整の取れた肉体を
持つ人達だった。兄は毎週、土曜日の午前中、友人達と
バスケットボールをするのが楽しみで、その倒れた日も
皆でバスケットボールをしていた。
しばらくやっていると、
「ちょっと気分が悪いから、休む」と言って、自分でベンチに
座り、座った途端に意識不明になったらしい。
一緒にプレイしていた仲間に医者がいらしたので、
すぐに救急車が来るまで救命処置をしながら待っていたが、
残念ながら帰らぬ人になってしまった。
ぽんちゃんも急性心不全で逝ってしまった。
あんなに元気だったのに、次に私が抱っこする時、
あれ程冷たいからだになっているだなんて、
誰が想像出来ただろうか。
その後、ぽんちゃんのいない寂しさを癒してくれていた
『にゃんず日記』というブログの中に登場するとらちゃんという
ぽんちゃんにそっくりな猫たんも、同じ5歳半という年齢で
アッと言う間に逝ってしまった。
そして、飯島愛さん。
命は本当に終わりのある、有限のものなのだ。
どんなに元気で、どんなに永遠に続く様な気がしても、
この世での生活には、本当に終わりがあって、
それがいつでも私達の望む時に、望む形で訪れる事なんて
とても稀なものなんだ、とつくづく感じてしまう。
だから、『生きる』という課程のおいて、
どうぞどうぞ、妥協や納得のいかない我慢はしないで。
どういう道を行くにしても、自分が最終的に「良かった!」と
思える様な選択をして。
そして、間違えてしまったなら、世間体や人の事なんて
気にしないで、やり直す事を考えて欲しい。
たとえ、その時、我が侭だと思われたとしても、
あなたが真摯に生き、幸福な有様を得られたなら、
誰もが後々祝福してくれるに違いない。
親であっても、子であっても、
どういう括りもはらって、私達一人一人は『人間』だ。
『生きて』行く『人』なのだから。
そう思って、命を全うして欲しい。
それがこの年の瀬に強く思った事なのだ。

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