2008/1/31

異文化に慣れる  欧州文化

諸事情のため、暫くエントリーに間が空いてしまいましたが、また少しずつ再開していきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

さて今回少し綴っておこうと思ったのは「異文化に慣れる」ということについて。今更ながら、これは意外と難しいことだと最近改めて実感した。異文化に慣れる、というのは異文化を理解することとは少し違う。なぜなら異文化を「理解」することは頭でできるが、「慣れる」のは感覚レベルだからだ。

異文化に慣れることの自分なりの定義は、『異文化の人達に囲まれて仕事や生活をしながら、その感覚の違いに余計なストレスを感じず、また相手にも余計なストレスを感じさせない』こと。これでいくと、欧州人が日本人と同じような思考や言動をしないことは頭では理解はしていても、やっぱりストレスを感じてしまう以上は、まだ異文化に慣れていない、ということになる。

オランダに来て間もない頃によくストレスを感じていたのは、何があってもまず「相手が謝らない」ことだ。「海外では交通事故にあっても謝ったら負け」なんてことは誰でも聞いたことがあると思うが、そういうことを聞いて知っているのと、実際にいろんな局面に遭遇して、相手が言い訳100連発のうえに、終いにはこっちを責めてくるような場面で、ノーストレスで、「こういうもんだ」と心底納得するかどうか、これは全く別モノであることは、体験してみてはじめて分かる。

最近の日本では教育現場も多少変わっているかもしれないが、とはいえ、それでも自分が誤ったことをした場合には、その誤りをまず認め、相手に迷惑をかけたなら、きちんと謝り、そしてその間違いを正すことぐらいは、基本中の基本だろう。どこの小学校だって、どこの家庭だって、「間違いは誰にでもある。間違うことが悪いのではない。それを認めずに誤りを直さないことが悪いのだ」といったことは何べんも聞かされる筈だ。

このような「文化」で育ってくると、(例えばイギリスとか)オランダでは、大の大人が、誰がみても「あなたの間違いでしょ」というケースで、しゃあしゃあと言い逃れをしようとすることが、とにかく醜くてしかたがない。最初の頃は、これに耐え切れず、よく口論をしたものであった。もう我慢ならん、という局面では、「私は物心ついたころから、間違いをしたら、それを認め、謝り、そして訂正をしなさいと親に教えてもらった。あなたのご両親はそのようなことを教えてくれなかったのですか?」と言っ(てしまっ)たこともある(省)。

これに対してとある日本人の方は、「そんなことを求めても無理だよ。こっちでは謝罪するということは、人間の人格そのものとか尊厳とか、そんなことに関わるレベルなんであって、たかだか仕事ぐらいで謝ることなんか、期待しちゃいけないんだ」、と言うのだが、勿論これは「分かっちゃいるけど」の世界で、なかなか平静を保っていられない場合もあるのが現実だ。

しかしオランダに3年以上も居ると、良くも悪くも、こんなことにもだんだん慣れてくる。特に、こちらに来て間もない人から、このような腹立つエピソードを聞くたびに、そんなことに気にならなくなってきた自分をみて、「いよいよ慣れてきた」、と感慨にひたるほどだ。

ところがだ。

ここへきて、とんでもないことに突然ぱっと気が付いて一瞬呆然とした。

「やばい。偉そうなこと言った自分も、実は相手と同じことをしてたのかも・・・」。

それは相手を「褒める」ことと「感謝の意を示す」ことについてだ。オランダに住んでいれば感覚的にすぐ分かるようになることだが、こちらの人は、褒められることと感謝されることに、とにかくもの凄い敏感だ。日本人との間では、何かあったらまず最初にきちんと謝罪することが重要で、そうすると「まあいいですよ、こっちにも多少非はありますし〜」という展開になって、何とかおさまる。これは謝罪することの意味が文化的な文脈上それだけ大きいということに他ならない。逆に、ここオランダにおいては、相手の仕事の質に不満があってもまず最初に相手を「褒める」そして「感謝する」、これが大事で、そうしてからその後で改善して欲しい点を言うと、これが別人のように素直に聞いてくれるのだ。これは褒めたり感謝したりすることの文化的意味が、日本においての「謝罪」と同じぐらいに重要であることを示唆していると思う。よく日本では、しかるときには、最初にしかって最後には褒めて終わるのがよい、ということが言われるが、オランダでは、全くその逆だ。最初に褒めないと、その後で何言っても、言い訳だらけで絶対に言うことを聞かない。

この日本における「謝罪」とオランダにおける「褒める」ということは、お互いの国での文化的文脈において非常に根源的な部分にあると思う。なぜなら、日本では小さい頃からとにかく謝ることの重要性が説かれるし、最近ではテレビでもニュースをつけるとよくどこかの会社の社長が頭を下げている(こんなことはオランダでは何をどう考えてもまずあり得ない)。逆に、オランダでは子供は小さいころから、親からもあまりしかられることがない(そうだ)。そしてとにかく褒めまくる。ちなみに私のところは階下に保育園があり毎朝小さな子供連れのオランダ人が入ってくるが、階段を上っては褒め、ドアを開けられたら、褒め、の世界である。テレビをつけても、まず褒めまくりだ。料理番組でも、「この素晴らしく美しい牛肉のヒレが・・・」と肉すら褒める(笑)。

こうなると答えは簡単だ。オランダ人がオランダ的感覚でいたら日本人は「こいつは悪いことしても謝らない」とストレスを感じるのだから、日本人が日本人的感覚のレベルでいたら、「こいつは人に感謝することを知らない」と相手も同様にストレスを感じるということだ。特に普段あまり褒めることのない日本の人達は、よっぽど心して「褒め殺し」に徹しでもしない限り、相手は違和感を覚えてもおかしくはないだろう。何と言っても相手は牛肉すら褒めるのだから(笑)。

しかし、本当の難しさはここからだ。

では一体どうすればいいのか。何でもかんでも偽ってお世辞でもおべんちゃらでも言うのか。それができれば楽かも知れないが、自分はそんな事するのは嫌だ。褒めたり感謝するには気持ちが伴っていたい。だいいち心にもないことを白々しく言うというのは、相手に対してもそうだし、自分に対しての嘘でもあるので、気分が悪いし、躊躇われる。少なくとも無理に言うのではなくて、自然に出てくるぐらいがいい。こう考えると、オランダ人に対して「いいからまず謝ってくれ」ということのナンセンスさが分かるというものだ。それはつまり逆の文脈で言うと、ろくでもないサービスを受けたのに「いいからまず素晴らしいといってくれ」と言われるようなもので、要するに、それは嫌なんだ(笑)。となるとやっぱりここも自然とそうできるように感覚が合ってこないとダメなんだけれでも、褒めることはこちらの積極的な行動なので、謝らないことに慣れる以上に、ハードルが高い。

異文化に慣れる、というのは改めて難しいと実感する所以である。





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2007/9/22

実験  

周りの人からの褒め言葉で自分が好きなのは、「ユニークだよね」(or 変わってるよね←普通はコンプリメントではないかも知れないが、自分にとって、これは褒め言葉)というのがあるが、それ以外に、「前向きだよね」とか「ポジティブだよね」というのがある。自分としては、一体何をもって、「前向き」や「ポジティブ」と思われているか、必ずしもはっきり分からないこともある。愚痴だってよくこぼすこともあるからだ。時々「どういうところで、そう思う?」と聞くことがなくもないが、しかし、もともと他人がどう思うかをあまり気にしない性分なので、理由はともかく、そう言われれば素直に嬉しく受け取っている。

しかし先日とある体験をきっかけに、何故か自分が「ポジティブ教」の代表として、「ネガティブ教」のある人を改宗しなくてはならない、といった奇妙な使命感にかられることとなった。それはとあるオランダ人の仕事関係者と同行したときのこと。我々のグループの雰囲気が妙に心地よくないことに気がついた。少し観察してみると、それはあるオランダ人の言動が理由なことがすぐ分かった。ネガティブすぎるのである。しかもよく喋る。口を開くたびにネガティブな発言が飛び出し、場の雰囲気がどんどん淀んで悪くなっていく。

(「これは、まずい・・・というか、不快だ」)。

どうネガティブかというと、要するに、何かコメントするときに、必ずネガティブな、悪いことに光をあててしまって、あえてそれを口にしているのだ。明らかに聞いている(か聞いてないかもしれない)周りの人も、反応に困っている様子。

例を上げると、食事に行った時に、仮に皿が思ったより美味しくなかったとき、もっと言えば「まずかった」とき、(「まずい・・・」)と心の中で思うのは自由だが、それを「まずい!」と敢えて言うかどうかは、別の話で、これは普通は言わない方がいいに決まってる(勿論言ってもいい関係もある)。更に言えば、前菜、メイン、デザートが折角美味しいのに、最後のエスプレッソが少しまずかったときに、前菜、メイン、デザートを褒めないで、敢えてエスプレッソをけなす。ま、言ってみれば、こんな感じのキャラクターの人だった。

最初は「この人、珍しいぐらいにネガティブだなあ・・・」と思って聞いていたが、そのうちだんだんそのグループにいるのが息苦しくなってきて、気分が悪くなってきた。かといって、抜け出すわけにもいかない。しかしこのままでは、こっちがもたない・・・。

(「こうなったら、徹底抗戦しかない・・・」)。

そう思うと、とある作戦を思いついた。ボクシングさながらの、「打たれたら、打ち返す」作戦。その人が一言ネガティブコメントを出したら、すかさずポジティブコメントで応酬する。ちょうどその時はロンドンでタクシーの中、渋滞にはまっている時だった。

(ネガ)「このドライバーは運転の仕方を知らないんだ。揺れが酷くて気持ち悪くなってきた」。

⇒(ポジ)「ロンドンのタクシードライバーはあらゆる小道を知っているんだ。さっきも狭いところを曲がっただろ。きっとこれでいけば思ったより早くつけるよ」。

(ネガ)「ロンドンは空気が悪すぎて、嫌いなんだ」。

⇒(ポジ)「ロンドンって、公園が広くていいんだよ。ハイドパークなんかは最高だね」。

(ネガ)「ロンドンの女性ほど太っている人は、ヨーロッパにはいないよ」。

⇒(ポジ)「ロンドンの女性はとても洗練されているよね。洋服がとてもおしゃれだ」。

すると、このネガ男さんが、これについに乗ってきた。

「確かに、ロンドンの女性はオシャレだね」。

(「いいぞ、いいぞ」)。と思いきや、またネガに逆戻り。

(ネガ)「それに比べてオランダ人の女性は全くオシャレじゃない」。

(・・・「そっちに、いったか・・・」)。

⇒(ポジ)「オランダ人女性は、とてもフレンドリーなのが、僕は好きだね」)。

こうして、ネガ発言に対するポジ発言の応酬を続けていき、その結果、場の雰囲気が気のせいかもしれないが、徐々に「中和」された感があったが、こっちもこの激しい打ち合いの結果、かなり体力を消耗した。

ロンドンの後も、自分から敢えて真っ向からの打ち合いに何度ものぞんでおり、ポジティブジャブのみならず、最近では会心のストレートも何発か決めている。一体何ラウンド続くか分からないこの打ち合いであるが、いつかポジティブノックアウトによって、ネガティブ発言を完全に封じ込めることができるのか、これは目下、自分にとって、大きな実験、あるいはチャレンジである。
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2007/9/15

レイチェルアレンのロブスター  Food & Drink

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今年は冷夏に見舞われたアムステルダム(というか北ヨーロッパ全般)だが、今日は久しぶりにいい天気に恵まれたので、夏らしい料理でもしてみようと、ロブスターを一匹買ってきた。

参考にしたのは、アイルランドの人気(テレビ)シェフ、レイチェルアレン。
http://uktv.co.uk/food/item/aid/530905

まず大きめの鍋に生きたロブスターを入れて、そこにぬるま湯を入れて、5〜6分、徐々に沸騰するまで火にかける。沸騰したお湯にいきなり入れないのがポイントで、これが一番ロブスターを苦しめないやり方なのだとか。ご存知の通り、欧州は動物愛護が盛んで、ロブスターともなると、愛護の対象となってくるらしく、シェフも(特にイギリスでは)ロブスター料理を紹介するときは、まずどうやってロブスターを(苦しめずに)殺すか、この点にはいつも注意を払って紹介するようにしているようだ。

沸騰したところで、一旦茹で汁を流し、今度は白ワインと水を入れて、そこにスライスした玉葱、ざく切りのニンジンとセロリ、それからパセリとタイム、塩コショウ、これらを入れて、15分ぐらい弱火で茹でる。

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そうしたらロブスターを取り出して、ナイフで半分に切って、中から身を取り出して2センチぐらいにざく切り。一方、殻の方はさっと水であらって、オーブンに入れて暖めておく。

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フライパンを熱して、そこにバターと一緒にロブスターの身を入れて、混ぜ合わせたところに、レモンを絞って、さっとあえたら、あとは殻に盛り付けして出来上がり。

http://riosphotolibrary.blogspot.com/

これ、実は簡単なようで難しい料理、ということがつくってみて初めてわかった。また今度挑戦してみたい。
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2007/9/2

体脂肪20%を下回る(但し、一瞬だけ)  

体脂肪が、一瞬だけ20%を下回った。

決して誇れる数字ではないが、体重計に乗って19.8%の数字を目にしたときは感慨深いものがあった。

オランダに来て1年ぐらい経った頃から体調管理に今までにない程注意を払ってきたのは、(忙しい)海外生活をしていると、やはり体力が何より重要だし、そもそも病院などにかかりたくない、という強い意識があったからだが、それとは別に、3ヶ月前からジム通いを始めて、体質改善を進めてきた。その大きな理由は社交ダンス。(9月から始まる)今シーズンの目標はモダン種目での2階級Upであるが、2階級Upすると種目数が現在の3種目から5種目(ラテンを入れると10種目)に増える。そのためにはやはりもうちょっと身体を絞り込まないときつい、そう思ったからだった。

昨シーズンが終わった5月の最後に近所のジムに行き、9月までの3ヶ月の間に身体造りをし直そうと、トレーナーについてトレーニングメニューを決め、週に2〜3回のペースでワークアウトをはじめた。週2〜3回というのは、一見難しいのであるが、実は自分の場合出張が多いので、出張先に必ずシューズとウエアを持ち込み、滞在先のホテルでワークアウトをするようにした。こうすると結構できてしまう。

体重を落とすにはどうしたらいいか、全然知らなかったが、実は筋トレがいいらしい。トレーナー曰く、筋肉の方が脂肪よりもカロリーを多く消費するためだという。そこで、@ウォームアップ、Aストレッチ、B腹筋、背筋、上腕、太腿のウエイト、Bカーディオ(有酸素運動)、という全体で1〜1.5時間のコースを組んでもらった。

ジム通いを始めると直ぐに効果が出てきた。体重が減ってきたこともあるが、何よりも体調がぐっとよくなり、それにあわせて気分もよくなってくる。今まで以上にプラス思考になるし、新たなチャレンジ精神も湧いてくる。今更ながら、身体を鍛えるってのは、素晴らしい(笑)。

また筋トレからは体力だけでなく精神力も鍛えられる。ウエイトは20回2セットのメニューになっているが、大体15回を超えるころから、辛くなってきて、最後は精神力勝負になるからだ。

そんなこんなで、3ヶ月。体重はぐっと減り、ウエストもぐっと細くなって(そのためスーツを買い直した)きたのだが、体脂肪だけがなかなか20%を下回ってくれなかった。ところが、一昨日の晩、一瞬だけ下回ってくれた(笑)。

ま、これは単なる通過点でしかなく、長い目でみてトレーニングは続けていきたい。

ちなみに、先日日本に帰国した際、友人にこの話をしたところ、「あ、俺なんて数年トレーニングしてるよ。体脂肪は10%をきるようになると、腹筋も割れてくるようになるんだ・・・」とあっさり。上には上がいるものだ(笑)。
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2007/8/19

ヤンファンエイク  アート

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ヤンファンエイクの有名な祭壇画(子羊の礼拝)を初めてこの目で見た。

Jan van Eykeは15世紀のフランドル画家で、神の手を持つ男と言われた巨匠。その卓越した技法で特に北ヨーロッパの絵画の歴史に新しい時代を到来させたアーチストである。

彼の作品の中でも特に有名な上の祭壇画はGentのセントバーフ大聖堂にある門外不出の貴重な一点。

先週末、偶々仕事のスケジュールの関係で、午前中にGentでミーティングをした後、午後にBrusselに入って別のミーティング、翌朝ロンドンに飛んでプレゼン、という流れになっていたので、合間を縫って、Gentでほんの15分だけ寄り道をし、キャスター付きのバッグを引きずりながら、念願のJanvanEykeの作品を見に、この聖堂を訪れることにしたのだった。

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(「キリストの昇架」ピーターパウルルーベンス)

この子羊の絵画は、オランダやベルギーに居ると、フランダースの犬でも知られたルーベンスによるAntwerpの聖母マリア大聖堂の「キリストの昇架」(と降架)と並んで最も有名な絵画の一つで、それだけに今までも何回か写真などは見たことがあり、だいたいどんなものかは分かっていた。

本物は遥かに想像を超えるものだった。

ヤンファンエイクの油絵技法がどうのこうの、と言う前に、絵画を前にしたときに伝わってくる迫力、これにまず圧倒される。おそらく、この絵に対する最も正直なコメントとしては、次の一言で十分であろう。

「この絵は、凄い」。

Gentという街はそれ自体美しく、自分の中ではブルージュよりも好きなフランドル地方の都市であるが、Gentはこの絵をみるためだけにでも訪れる価値がある、そう思った。

この絵の凄いところは、徹底的なリアリティの追求とディテールへの拘りにある。人物はあたかも目の前に本物が居るかのようだし、着物はそのしわを指でつまむことができるかのようだ。ひとつひとつのディテールを徹底的に観察し、絵の隅から隅まで、それらのディテールをリアルに再現していった、その結果がまさに人物が鏡で映されたかのように生々しく感じさせるものになっている。この作品をつくる過程において必要とされたであろうとてつもない時間と労力と画家の決意を想像させられる絵である。

欧州美術の歴史では、ヤンファンエイクと同じ時代にイタリアでは銀行家メディチ家の栄華によってフィレンツェでフィリッポブルネルスキやドナテッロ等がルネッサンスの時代を先駆けていた。

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(Statue of St. George by Donatello, Florence)

イタリアでは彼等以降、リアリティ(真実)の追究のため、人間の筋肉の動きを理解するため、解剖学を含めて徹底的に科学的/数学的なアプローチを用いるようになっていった(遠近法もその一つ)。すこし後に登場するレオナルドダヴィンチは画家であり科学者でもあったのは有名である。したがって、この時代のイタリアの美術品には、一見分からないが、実はいろんな仕掛けが隠されている。

一方、フランドル地方含む北ヨーロッパでは、リアリティの追求という同じ課題の解決のために、イタリアとは全く違ったアプローチがとられ始めていたのであり、それが表面の限りなく正確な観察と描写にあり、その先駆者がまさにヤンファンエイクであった。そしてこの絵画の系譜はレンブラントに代表される17世紀オランダ絵画へと続いていく。

勿論その頃のオランダは宗教革命でカトリック教会勢力が押し切られた後の時代であり、絵のコミッションはもはや教会からではなく、マーチャント(商人)達になっていた。その結果絵画のモチーフは宗教画から肖像画や風景画へと変貌していったのであり、当時フランドルを支配していたカトリックのブルゴーニュ公国の宮廷画家として活躍したヤンファンエイクの時代とは全く環境は異なる。しかし、オランダ国立美術館などに所蔵される数々のオランダ17世紀の絵画、もはや写真と見間違うぐらいに、瞬間を切り取って永久化したかのような、体温さえ感じさせるかのような生き生きとした肖像画の数々は、ヤンファンエイクの技法を明らかに継承していると言えるだろう。

何かいつもよく見るオランダ絵画の起源をGentで発見したような、そんな気持ちになって、美しい街並みのGentを後にしたのだった。

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(セントバーフ大聖堂)
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(運河のきれいなGentの街並み)
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2007/7/14

ディナーパーティ  Food & Drink

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(フェンネルシードとロックソルトのシンプルな味付けにスライスしたレモンをのせてオーブン焼きした巨大ヒラメ)

最近完全に料理専門となっているこのブログであるが、これを読んで先週は友人2人がはるばる料理を食べに来てくれた。2人とも東京からの知り合いで、1人は、南ドイツ在住でドイツ語に堪能な女性。もう1人は昨年から大手外資金融機関を辞めて現在はオランダはデンボッシュでフラワーアレンジメントの勉強をしている友人だ。

土曜日の昼、先に到着したドイツからの友人を連れてアムスのアメ横、アルバートカイプ市場に買出しに。デンボッシュの友人が以前魚を食べたいと言っていたのを思い出し、シーフード尽くめのコースにすることとした。調達したのは、北海産の小エビ、ホタテ、小型のレッドマレット(のフィレを4枚)、それと極めつけは、1.3kgの巨大なヒラメ(タルボット)。

レッドマレットはスパイスをまぶした小麦粉をふってフライパンで焼き、焼けたら身をほぐしてトマトとバジルとルッコラと一緒に前菜のサラダに。

北海産の小エビはリゾットに。まずさっと塩茹でして、殻をむき(大量のエビの殻剥きはゲストの2人に手伝ってもらった)、殻は、玉葱、セロリ、ガーリックと一緒に軽く炒めて、茹で汁と一緒に弱火にかけ、リゾット用の出汁をとる。小エビの殻からとる出汁は何とも言えない香ばしいいいかおりがする。

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(小エビのリゾット)

しかし今回のハイライトは何と言っても巨大ヒラメ。好きなシーフード料理の中でも、魚をそのまま焼くのは特に楽しい。とは言いながら、今回は今まで手に取ったこともない1.3kgの巨大なヒラメ。これを上手に料理する自信は全然なかった。というのも、一体どれぐらいの時間で焼けるかが全く読めないと思ったからだ。

料理ができる人とできない人を分けるのは、魚と肉が上手に焼けるかどうか、にあると思っている。特に大事なのは、焼き過ぎないことで、最後気持ちUndercookedで仕上げられるかどうか、これがポイントだと思う。生でなく、焼き過ぎでない。これは結構難しい。普通はだいたい生を嫌がるあまり、ついつい焼き過ぎてしまうものだ。

少々話は変わるが、料理でいう焼き加減は、写真でいうと露出に相当する。露出とは写真に取り入れる「光」の量を調節することで、これは絞りとシャッタースピードのいずれか、あるいは両方で調節できる。Photographyとは文字通りPhoto(光)をGraph(描く)ということで、取り入れる光の量(と質)が写真の出来栄えを圧倒的に左右する。魚の焼き加減が料理人とそれ以外を分けるように、アマチュアカメラマンとプロのカメラマンの違いは、露出をしっかり合わせられるかどうかにある。となると、露出を合わせる方法を知る、これが写真の大事な基本でこれを知れば「腕が上がる」ことになるわけだが、料理も一緒で、焼き加減をチェックできるかどうか、これを知ればかなり腕が上がることになるだろう。

写真の場合には露出計が発達しているが、料理の場合はどうかというと、これは「手で触って確認する」しかないようだ(笑)。ということで、自分もオーブンを何回か開けては、ヒラメの背を何箇所か押して、焼け具合を見た。それでも最後はエイヤッ!でオーブンから出してみたところ、これが運よく丁度良く焼けていたのだった。これは偶々でいつも丁度良く焼けるようになるには、もっと経験が必要なんだと思う。

さて焼き加減は完璧だったものの、味付けの方は気持ち塩が強かった。塩加減が強いか弱いかは、実は塩の絶対量だけではなく、食べる人の体調にもよる。それは昨年の年末に福井県三国町で越前カニ料理屋をやっている伯父と従兄から教えてもらった。伯父は、お客様がくるとまず最初に個室にご挨拶に行き簡単な会話をする。何気ない会話だが、実はそのお客様の体調を確認しているのだ。遠方から来たばかりなのか、前日別の旅館に宿泊して温泉につかってたっぷり食事をしているのか、etc。相手の体調を見て、塩加減を工夫している。
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(三国町。越前カニの競り市)。
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(茹で上がった越前カニ)。

今回のゲストお2人は、観光や仕事の後で、恐らく多少身体が疲れ気味だったかも知れないが、しかしそれでもちょっと味が濃かった気がする(笑)。

という訳で、この日の食卓は、巨大ヒラメを中心にサラダとリゾット、それと近所のワイナリーで調達した白ワインを合わせて豪華な食卓となったが、さらに花屋での仕事から直行してくれた友人が、ブーケをアレンジして持ってきてくれ、文字通り食卓に花を添えた。今から考えると当日これなかったドイツはベルリン在住の友人の結婚祝いとしても相応しい食卓だったとは思うが、これはまた別の機会の楽しみとしたい。
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2007/6/18

欧州のレストランでのマナー。  欧州文化

こちらに居るといろんな機会に日本からのお客様(単にお取引先という意味ではなく、公私含めて広い意味での訪問客)を外にご案内することがあるが、レストランにお連れするとき、大体いつも気になってしまうことがある。

ひとつは、レストランでのウエイトレスの呼び方だ。これは単に習慣の違いで、違いそのものも大したことはないのだが、そこをあえて言うならば、日本ではウエイトレスを(「すみません〜」などと言って)呼ぶことがあるが、欧州では基本絶対に「呼ばない」(笑)。

どうするかというと普通はアイコンタクト。働きモノのウエイトレスだったらお客の顔をよく伺っている。目があったときに合図するのが基本だ。働きモノでなかった場合は近くに来たときにはちょっと声をかけてもいい。しかし遠くから、

"Excuse me!"

と大きな声を出して、場合によっては、手を左右に何度も大きく振って遠くから呼ぶのは、これは一緒のテーブルの人が恥ずかしい思いをするので、悪気はなくとも、絶対にやってはいけない。

そもそも、私の個人的な考えだが、ホスト役でない限り、レストラン側の人と直接話をすべきではない。何かあったら、ホスト役の人に言うべきだ。自分がホスト役の時に、連れの人が、大声で遠くのウエイトレスを呼ぶようなことがあったら、最悪である。

しかし、だ。そのぐらいは分かっていても、ジレンマに陥ることもよくある。それは不幸にしてそのテーブルで一番「偉い」方が、そのようなマナーをご存知ない場合だ。「そろそろ閉めるか」と言われても、その場にすぐウエイトレスがいない場合だってある。マナーをよく分かっていればなんとも思われないが、そうでなければ、「さっき閉めろって言っただろ」と思われてしまうリスクがある(笑)。

そういう局面でどうするか。こんな時に(「しょうがない」)なんて心で思って大声を張り上げる必要などない。私の場合は最近では迷わず席を立つことにしている。フロントの方に歩いていって、「あそこのテーブルなんだけど、ビルお願い」。と近くで誰かに伝えれば問題ないし、席に戻って「今、言ってきましたから」と言えば素早く行動したことが分かってもらえるではないか。私自身、この技に気がついてからは、かなり楽になった(笑)。

もう一つの点は、「上着」。これも単なる習慣の違いなのだが、日本では上着なしでもいい場合が多いが、欧州では上着なしはあり得ない。上着なしにレストラン(特にナプキンが立っているようなレストラン)に行くというのは、喩えて言うと、トランクスで外を歩くか、飛行機の中で靴を脱いだまま廊下を歩いてトイレにいくような、決して声に出して言われることはないかも知れないが、「あのぅ、お客様?」という感覚だ。

「そんな事あたり前だろ?」と多くの方が思うかも知れないが、実際あちこちのホテルで日本からの出張者らしき方々を見かけるが、(今日本が暑いせいもあろうが)上着なしの方が意外と多い。しかも、これが結構目立っている。(しかし目立っているのは、上着がないからではなく、周りが皆上着を着てちゃんとしているのに、よれよれのゴルフシャツなどを着てホテルやレストランでうろうろしているせいかも知れない)。

私はもう大分前になるが奮発してパリのホテルリッツに試しに一泊したことがあった。真夏のパリで大変暑かったせいもあり、上着なしで外に出た。ところが戻ってくると、ホテルに入れてくれない。門番に"ノン、ムッシュー"と言われて止められてしまうのだ。リッツはどういうところかというと、高級ブティックが並ぶヴァンドーム広場の一角で、大体目の前にランボルギーニやフェラーリが停まっていて、それを観光客が大勢うわっと見ているような場所だ。その観光客をかきわけて、一人すうっとドアに向かって歩いていくのだが、門番に止められて皆の前で恥をかいた。部屋の鍵を見せてようやく信じてもらって入れてもらったのだが、向こうからすると「リッツのお客様が上着なしで登場する筈がない」ということだったのだろう。これは完全にこっちのマナーが悪かった。少なくとも、自分はそう反省したのだった。それ以来、ホテルでは朝食の時にも上着は絶対に着用している。そんなカルチャーなので、ディナーに上着なし、これはやめておいたほうが無難なようだ(笑)。
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2007/5/30

Jun Tanaka  Food & Drink

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(Grilled Chicken Breast with Marinade and Fresh Herb Dressing)

今回はロンドンのライジングスター、JunTanakaのレシピを参考に一品つくってみた。

チキンブレストに塩コショウとオリーブオイルをふってグリルにのせて焦げ目をつける。丁度焦げ目がついたころに両面にペーストを塗ってオーブンに投げ入れる。ペーストは、トマトピュレ、醤油、ハチミツ、赤ワインビネガーでつくったもの。付け合せはポテトとレッドペッパーとホウレン草。ポテトは乱切りで少々茹でてからフライパンで色付け。途中レッドペッパーを一緒に炒めて、最後ホウレン草を加える。ドレッシングは、コリアンダー、パセリ、ケイパーのみじん切りにマスタード、レモン、白ワインビネガー、オリーブオイル、塩コショウで味を調えておわり。

もともとのレシピでは、鶏肉ではなく骨付きポーク。レッドペッパーではなく、スペイン産のPequilloPepper、ホウレン草ではなく、ワイルドガーリック。さらにチョリソが加わっていた。ということで、実際に一緒だったのは、ポテトだけ(笑)。しかし、皿の色合いなどは、こんなイメージであった。しかし骨付きポークは見た目に映えるし、このペーストはチキンよりポークの方がおそらく合うだろう。ということで、次回はより忠実にやってみたいとも思った。

ところで、このJunTanakaさんは、ロンドンで活躍するシェフで、Pearlという超人気のレストランを持っている他、イギリスのChannel4で自分の料理番組も持っているスターシェフだ。名前が示す通り日本人。日本人ビジネスマンの息子さんらしい。料理自体は、モダンフレンチがベースにあるようだが、日本人家庭に育っているわけだから、当然日本のテイストも多少取り入れたりはしているだろう。

http://www.pearl-restaurant.com/htm/juntanaka2.php
http://www.channel4.com/life/microsites/C/cookingit/biog.html

JunTanakaさんのモットーとしては、最近は多くのシェフがそうだと思うが、素材の味重視で互いに味を引き出しながら最高のハーモニーをつくることのようだ。彼の料理は、色合いなど含めてプレゼンテーションの点でも非常に優れていると思う。

しかし何より、テレビでみた印象に過ぎないが、とても爽やかな「ナイスガイ」。こういうキャラクターならテレビ製作側も安心して仕事ができるだろし、料理学校なんかもぜひ呼びたいシェフと思うだろう。

そのようなキャラクターに因る部分もあってか否か、今年の夏はイタリアはフィレンツェ郊外のFiesoleのホテル、ヴィラサンミケーレの料理コースの講師も勤めるようだ。

http://www.villasanmichele.com/web/ovil/ovil_c2c_school_cprofile_tanaka.jsp

ちなみにFiesoleはフィレンツェを見下ろす丘の上に位置しており、昼も夕暮れも最高の眺め。かのメディチ家も邸宅を建てた超高級物件地だ。以前紹介した石川みゆきさんとお会いしたパルミラがFiesoleの先にあったので、毎朝毎晩車で通って馴染みのある街(というか村)になったが、まあ現在でも巨大な邸宅が崖っぷちに軒を並べる何ともすごいところである。

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(Fiesoleからみる夕陽。フィレンツェが真っ赤に染まる)

石川さんによると、ここのヴィラサンミケーレは知る人ぞ知る高級ホテルなのだそうで、ここの料理学校で教えるというのは相当凄いことらしい。JunTanakaさんはヨーロッパ料理会でも広く知られた存在のようだ。
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2007/5/8

社交ダンス、今期最終戦。  

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(スタンダード種目1位、ラテン種目4位のカップ)

「試合に勝つためには、ちゃんと戦略を考えなきゃダメだ」。

今シーズン最後の大会を2週間前に控えていた、とある週末のプライベートレッスンは、コーチのIvo(イーフォ)によるこの言葉で始まった。

前回書いたように、それまで大会には2度出場したものの、スタンダード種目ではいずれも決勝に残れず、決勝に残ったラテン種目も、最後逆転負けでポイントを取れない結果に終わっていた我々は、前回の試合の後、Ivoにコーチを頼むことにした。Ivoは同じスクールに出入りしているが、まだ現役の選手で、ランクとしては、Aクラスの更に上というトップレベル。とにかく熱心に教えてくれるのが気に入り、短期間で集中的にレッスンを頼むことにしたのだった。

平均身長が世界一のオランダ人選手達が相手では、我々は普通にやっていても目立たない。我々のとるべき戦略としてIvoが考えたのは、下記の点だった。

1. ワルツとタンゴに集中する(クイックステップは捨てる)。
2. 曲に合わせて踊る。
3. 上半身だけ右に捻ったポジションをキープする(ワルツ)。
4. 得意な形を多く見せられるようルーティンを変える。
5. 体力をつける。

まずIvoがこのようにダンスにマーケティング的発想を持ち込んだことは、自分の感覚とぴったりくるものだった。何事も勝つためにはゲームのルールを研究し、対戦相手と自分の長所短所を分析し、戦略的に取り組む必要がある。

1.のワルツとタンゴに集中する、というのは、クイックステップまで練習している時間がない、というのが前提としてあるが、特に最初のワルツがいいと、ジャッジが覚えてくれて、その後のタンゴもクイックステップも高得点になりやすいらしい。またクイックステップは比較的難しいので、初心者レベルではあまり差がでないのだとか。

2.曲に合わせて踊る、は当たり前のような話であるが、実は初心者ではこれが殆どのケースで出来ていないらしい。特にワルツでは、全体のボディの流れがなめらかな曲に合わない。これだけ押さえれば(このレベルなら)絶対勝てる。これがIvoの持論だった。

3. 上半身だけ右に捻ったポジションをキープする、というのは所謂CBM(Contrary Body Movement)を取り入れるという話。CBMとは、足を交差して前後に踏み出す時、上半身だけ反対側に少しだけ絞る動き。これは足が交差するときお互いの上半身が離れるのを防ぐためのポジションであり、またラインをきれいに出すためのテクニック。これは日本のダンス教室でもよく言われるが、基本でありながら上級技だ。Ivoによれば、このレベルではまずできない動きなだけに、ちょっとやれるだけで効果があるのだとか。

4.自信のないステップは全部やめて、得意なものに集中すべき。一曲の長さは1分半。その間ジャッジは10組以上のカップルの採点をすることを考えると、一カップルあたり数秒しか見れない。となるとジャッジが見たときにいかに上手く踊れているかが大事。

5.最後は決勝のパフォーマンスで順位が決まる。社交ダンスは体力的に相当きつい。予選では楽々踊れていても、持久力がないと、準決勝、決勝と上がるに従って、動きに精彩を欠く。従って、決勝で実力が発揮できるよう体力をつけなければならない。

このような観点で、Ivoの指導のもとワルツとタンゴに絞って毎回2時間ぶっ続けのハードな練習を繰り返した。途中「そんなことまでできない」と言おうものなら、「「できない」とは決して言うな!」と一喝。悔しいのと、何とか結果を出したいのとで、レッスンのない日も、夜遅い時間にスタジオを借りて練習するなど、短期間で集中的に猛特訓。途中全身が筋肉痛になるは、ターテフは足の皮が向けてシューズが履けなくなるはで大変な思いであった。

このように激しい闇練をして望んだ本番当日。自分の背中にゼッケンをつけようとして後ろに回ったターテフの様子がおかしい。ピンで留めるだけなのにいつまでたってもゼッケンがつけられない。傍で見ていたマルティナが心配そうに声をかけた。

「ターテフ、早くしないと出番よ。You gotta stop shaking!!」。

この日は朝からずっと緊張しっぱなしで、手が震えてピンが留められない。そうこうしているうちに、ついに片方のピンを落としてしまった。慌てて皆で床を探すが、どこにも見当たらない。一瞬パニックになりそうであったが、誰かが素早く受付に走ってスペアのピンを調達してきてくれて何とか間に合った。

こうして異常な緊張の中予選ラウンドを踊り、結果を待った。最初は動きが硬かったが、壁に貼り出された結果をみると、何と27組中2位。これで勢いがついて、準々決勝、準決勝と勝ち上がり、ついに決勝。

(これで3位までに入ればポイントが取れる)。

しかし予選は2位で通過したものの、準々決勝ではクイックステップが足を引っ張り順位を4位に落としていた。

「こうなったら、あまりたくさんを考えても仕方ない。曲に合わせることと、CBMだけに集中しよう」。

最初は27組も居たフロアも決勝の段階では6組に絞られている。名前が呼ばれると、歓声の中、真直ぐフロアの最右のコーナーまで歩き、最初のナチュラルターンまでの角度を大きめにとれる場所をキープ。そしてワルツが始まった。

その後のことは大きなミスがなかったこと以外は殆ど覚えていない。しかし、踊り終わると、決勝まで残って最後まで踊りきれたことにほっとして、安堵で全身の力が抜けていくようであった。

「また6位になるのだけは避けたいね」。そういいながら表彰式に並ぶと、思いがけないことが起きた。

「エールストプライス イス セスエンフィアタフ!リオエンターテフ」(優勝は、ゼッケン46番。リオ&ターテフ!)。

後でビデオを見ると、大歓声の中「信じられない」とお互いに顔を見合わせて固まっている2人が写っていた。
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2007/4/17

社交ダンス、その後。  欧州文化

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昨シーズンから始めた社交ダンスも今年で2シーズン目。オランダではダンスに限らず、学校等も含めて1年は秋から始まり夏前の5月頃には終了する。昨シーズンはダンススクールの5年生のクラスにのっけから入ったこともあり、周りの皆に励まされながらも大変苦労して通った挙句、最後はテストも受けられずにシーズンを終えていた。「来年こそは頑張ろう」。ダンススクール最終日にアイスティーを飲みながらペアのミリアムと誓った場面が昨日のように目に浮かぶ。

あれから約1年経った昨日、冗談半分にミリアムがこう言った。

「私たち、離婚だわ」。

今シーズンも残すところ数週間で終わり。昨年誓ったテストに向けて追い込みに入る時期であるが、またしても、できない課題が多すぎる。

今年はこうなる筈ではなかった。昨年の失敗を反省し、取り入れたのが「社交ダンス日記」。レッスンの後、練習の後、必ず新しいステップを書き留め、忘れないように何度も復習。その結果、シーズン中盤まではミリアムも驚くほど物凄い勢いで「伸びた」(笑)。しかし後半に入って、運悪く仕事とのクラッシュが相次ぎ、レッスンに出れる日が徐々に減っていく。レッスンに出てないのでは、メモも取りようがない。その結果、後半にカバーしたところが全く抜けているのだ。

昨年に比べれば課題は圧倒的に少ないのは事実。しかし、向こう数週間の予定を見る限り、残された練習時間も圧倒体に少ない。一つは仕事の関係もあるが、もう一つは、スクールのテストの他に、オランダダンス競技会連盟の今シーズン最終戦が迫っており、こっちの練習時間も確保しなければならないからだ。

今シーズン後半から競技志向の強いアルメニア人のターテフと組んでオランダ社交ダンス競技会にデビュー、現在まで2回試合に出場。もともと3回は出るつもりだったのであるが、2人ともオランダ国籍でないため、オランダオープン選手権の試合に申し込んだ段階で失格になるという事件があった。

オランダダンス競技会では、登録した選手に選手手帳が配られ(というか購入する)、ここに全試合の結果が連盟により記録される。レベルは、ビギナー4,3,2,1の順に高く、その上はD,C,B,Aと上がっていく。大会に出て上位3位までに入るとポイントが入り、一定のポイント以上累積すると上のレベルに昇進する仕組みだ。競技者のレベルがどんなであろうと初参加者は必ずビギナー4からスタートしなければならず、上に行きたければとにかく試合に出て勝ち進んで行かなければならない。試合では、1stラウンド、準決勝、決勝と、勝ち抜き方式で進んでいく。ビギナーレベルの種目は、スタンダードが@イングリッシュワルツ、Aタンゴ、Bクイックステップの3種目。ラテンが、@チャチャチャ、Aルンバ、Bジャイブの3種目である。我々が比較的得意なのは、タンゴとジャイブ。一方いつも足を引っ張るのはクイックステップとルンバだ。

試合では会場内に独特の雰囲気が立ち込める。真剣勝負が目的で大勢の人が集まるとそのエネルギーが狭い会場内で渦巻くのであろうか。以前アメリカで学生の試合に出た時よりももう少しシリアスな雰囲気がある(アメリカの方が競技者同士がもっとフレンドリーだし試合に集まった人同士の交流の機会があった)。

自分は基本的にこの緊張感が好きではあるが、それでも初戦では、ルーティンを何度も間違え、17組出場中スタンダード、ラテンともあえなく準決勝敗退。不安定な姿勢とスピードのなさも敗因と分析し、その後筋トレをして望んだ第2戦では、24組出場中、ラテンで1stラウンドを3位で通過。準決勝も4位で通過して決勝進出。しかし決勝ラウンドで逆転負けの6位でポイントを逃すという辛酸をなめた。こういう経緯もあり最終戦ではともかく3位以内入賞が絶対的な命題だ。

「そうだ、ミリアム。テストの相手はローランに頼んでみるってのは、どうかな?」

ローランは昨シーズンから分からないステップをよく教えてくれていた大学生で同じ学生のミリアムとも仲が良い。ローランは試合にはでないが、レッスン課題は完璧に消化しているので、ミリアムも上手く行けばテストにパスすることができるだろう。結局今年はローランに頼んでみることで話がまとまった。

こうして何とか丸く収まると、またしてもアイスティー片手に、2シーズン目を振り返りながら暫しラウンジで談笑したのだった。
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