おとこの先輩に「望月って、少女マンガの主人公みたい。表情がかわって、心がわかりやすくて。僕は脇役だけどなぁ」と言われた。
ぼそっと呟いた、「脇役だから、主人公のようなタイプにあこがれるぶぶんもあるんだけどね。僕にはなれないから」と言われたぶぶんは、私にとってあまり重要ではなく、私は「私ってそんなに心が透けているのーー!!!」と衝撃を受けて、世界が終わったような気持ちになった。
あのときの私は、たしかに世界が止まって、終わっていたと、おもう。
でも、そのことをおんなの先輩に話したら、笑われた。
「あはは。なんじゃそら」って。
そこでふわって軽くなった。
私、自分を元気にしてくれるひとがすきだ。
今では思える。
「少女マンガの主人公、上等じゃない」って。
心が透けてて、表情がかわることが、ぜんぜん悪いことじゃない。
すくなくとも、私はそういう自分がすき。
それでもう、いいやって思えた。
おとこの先輩の発言にショックを受けている自分が、ばからしくおもえた。
たしかに、ひとを冷静に観察することってだいじ。
信頼するひとを見極める目もだいじ。
距離感もだいじ。
でも、観察も信頼も距離感も、失敗しても、それこそまた少女マンガの主人公みたいに、立ち上がればいい。
こころを開かなくて、恋愛できるわけがない。
ひとって、やっぱり社会的ないきものだ。
私とつながってくれているたくさんのひとたちに感謝をこめて。