私が発病のころは
自分の病気を認めたくない気持ちもあったのだと今にして思う。
真正面から本当に闘病と立ち向かっていたかというと、
決してそうではなかったということ。
それに病気のことを調べてみても、あまり分かることはなくて
同じ病気で同じ年代の人、同じ境遇の人なんていなくて
情報がないからしょうがない、と思っていたのです。
そういうこともあってある意味、移植に対しても最終的にはふっきれたというか、
観念したというか。
当時、前例のほとんどない成人のさい帯血移植に対しても抵抗なく、
むしろ、新しい医療を受けられて、時代の恩恵を受けられて良かった・・・くらいに
考えていたのですけど、退院してから、すぐには思ったように体が動かなかったりして
むしろ退院してからのほうが言いようのない不安を感じて「さい帯血移植」の情報を集めるために
あるいは「さい帯血移植経験患者」さんと会いたくて、自らさい帯血の患者会を名乗ることにしたのです。
そうして続けていって、ずいぶん患者さんの闘病の状況も変わって来たなぁーとつくづく思う。
今ではネットの情報もたくさん溢れていて、患者さんの闘病ブログもたくさん出来て・・・。
さい帯血移植も昔よりもスムーズに受けられるようになって
確実に元気になっている方が増えているのか、「さい帯血移植の患者会」そのもののニーズがあるのかと
思うようになり(でも止めずにはいますが)活動自体はちょっとお休み状態です。すみません。
時々、個人的にメールなどで連絡をくださる患者さんには入院すればちょっと顔見に行ったり
「さい帯血移植患者さんと話してみたい」と言われれば、会いにいったり、
たまたま連絡取れた患者さん数人とでちいさな患者会、みたいなことは時々していますので、
患者会の活動というよりも
より「個人的に」おせっかいな行動をしてる・・・という感じでしょうか。
それは私自身が仕事をもち、それなりに社会的(?)生活で忙しくなってきたということが一番の理由かもしれませんが
病気に関することへの興味が「さい帯血移植」だけではなくて、むしろ「女性の闘病」になってきたからかな〜とも
思うようになりました。
移植後10年、血液内科には1年で一度で良いと言われても、婦人科にはマメに通わなくてはいけないというのがとても苦痛で、自分なりに考えて、選択したのが、地元のクリニックと低容量の補充療法を続けるということでした。自分で考えて決めたことですが、それでもまだ迷いはあります。
ちょうど、そういう共通の悩みをかかえる女性の患者さん達と話す機会も増えて来て
ますます、私の興味は女性の闘病に関しての色ことに向かっています。
患者会が要るのか要らないのか、不特定多数の「ニーズがあるのか」どうか、ってことではなくて
つまり「自分の人生に於けるニーズ」に対して自分が行動しているだけじゃない!? って
いうことに気づいてしまったのですが。
いいわけがましいですが、やはり自分の人生なので・・・。