「第8回宮城の認知症ケアを考える会」に参加してきた。
第一部はパネルディスカッション「認知症ケアとまちづくり」
Q1.認知症にならない家・まちはあるか?
Q2.認知症を治す家・まちはあるか?
Q3.認知症を癒す家・まちはあるか?
を冒頭に問うたパネラーがいた。
あなたは、どう思いますか?
このパネラーは東北工業大学工学部建築学科准教授石井敏先生だ。
建築や環境から福祉や医療を考えている専門家だ。
石井先生の答えは、
Q1.NO
Q2.NO
Q3.YES
では、認知症を癒す家やまちとはどういうものなのかを考えて見ましょうという問題提起であった。
パネルディスカッションとしては、コーディネーターの展開がいまいちで、うまくディスカッションが行われたという印象はなかったが、この問題提起は二部へ続いていく。
二部は教育講演「認知症の理解と地域連携」と題し、岩手医科大学神経内科・老年科准教授高橋智先生であった。
この高橋先生の講演はとてもとても興味深いものであった。
中学生に対する認知症の教育、かかりつけ医いわゆるまち医者に対する認知症の教育。どちらも説得力のある。
認知症はかぜと同じで病気ではなく症状であるということは、いろいろなドクターの講演でよく聞く話だ。
でも、高橋先生はその後の話が違う。
何科の医者でもかぜを診るのと同じように、何科の医者でも認知症を診ることができるのではないかというのである。
高橋先生はかかりつけ医にBPSD(認知症患者にしばしば出現する知覚や思考内容、気分あるいは行動の障害)の治療を習得してもらう活動をしているのだ。
かかりつけ医はかぜの症状に対して薬を処方したが、それでも悪化していく場合などに次の考えられる専門医へと連携していくのと同様に、BPSDの治療をしたが、より進行していく場合などに専門医へと連携していけば良いと言う。
BPSDを治療するためには、薬だけではなく、本人をとりまく、家庭事情、環境、サービス、生活暦などなどを知る必要がある。こういう状況を知るまたは知っているのはかかりつけ医のほうが有利というのだ。
今は医療以外のことを知らないかかりつけ医が多く、その役目をケアマネジャーなどが行っていると言う。
少し?だいぶ?ケアマネジャーを買いかぶり過ぎている気もするが、本来のケアマネジャーの役割としては重要なことであろう。
いや、本人をとりまく、家庭事情、環境、サービス、生活暦などなどを知り、ケアマネジャーもいて、実際、ケアをする人がいて、家族も支えていて、医院への通院も行いながら医師と連携していて、飲み忘れなどの薬の管理などもして、24時間365日その人の生活を含めて支えていることで、BPSDをおさえることができているは、まさに小規模多機能型居宅介護事業所ではないかと思う。改めて小規模多機能型居宅介護はすごい!!
これに関連して「ケアのエビデンス」の話も非常に共感するものでした。
ここで書こうと思いましたが、長くなりそうなのでこれは次回にします。
高橋先生は石井先生の問いにもふれていました。
Q2.認知症を治す家・まちはあるか?
ある。あった。
高橋先生はおじいさんの事例を出して、今では認知症と言って排除されたであろうが、その当時はおじいさんを取り巻く環境・状況のなかで何とか生活していたという。
いわゆる、認知症の人を取り巻く環境や状況で、生活的には「認知症の人」ではなく、「ひとりの人」をして過ごすことができるのだという。これは、「ケアのエビデンス」のところでパーソンセンタードケアの概念がでてくるのだが、まさにトム・キットウッドの概念だ。
高橋先生は、現在の街は新しい街をつくろうとしているが、何を失ってきたか?昔(先生は昭和という言葉を使ったと思うが)は何があったのかを考える必要があるのではないかと問題提起をしていた。
いろいろと自分の思考を刺激される講演であった。
疲れていたので寝ていようかという誘惑にもかられたが、参加してよかった!!