田島敬一 861-2403 熊本県阿蘇郡西原村布田834-160 096-279-2705  k-tadgima@ezweb.ne.jp k-tadgima@ez.hantalk.net
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 鳩山由紀夫総理の所信表明演説を読了しました。あらためて民主党と社民党・国民新党の連立内閣成立に、新しい歴史の始まりの始まりを感じます。この10年は、大企業が成長すれば関連の需要が増え、労働者の賃上げにもつながり、結果として景気がよくなり、さらに企業の成長が保障されるというようなトリクルダウン(しずくが落ちること)理論が成り立たなくなってきました。いくら大企業が潤ってもさらに貪欲に利益をあげようと、賃下げ、雇用の切捨て合理化をする体質となったため、貧富の差、格差が拡大するばかりとなり、需要が縮小し、結果として景気悪化の一途をたどる経済となってしまいまっした。  大企業の利益を追求する経団連に言われて動かされる政府ではなく、逆に大企業や経団連に対して言える政府にしていかなくてはなりません。  派遣切りや解雇・就職難で苦しむ青年たちをこのままにして日本の未来はありません。二酸化炭素の排出削減25%という国際公約を鳩山総理は行いました。ここにも経団連から点数をつけてもらって政治献金を受けることを断ち切る時期がきていることが示されています。  農産物の輸入自由化(FTA)や、消費税の増税、衆院選の比例定数80削減など、民主党のマニフェストには良識ある人々がとうてい容認できない政策が含まれています。それらが経団連の通知表に基づいた政治献金に発信源があることに留意したい。日本共産党は建設的野党の立場で臨んでいくと表明していますが、相当な草の根からの運動が求められています。
 1988年のリクルート事件以来の日本の政治の宿題は、企業献金の廃止だったのではないでしょうか。二酸化炭素の排出削減の目標25%にしろ、経団連から点数をつけてもらって献金を受け取るようでは抵抗を乗り越えることはできません。企業団体献金禁止no段階に日本の政治が前進できるかどうか、これが今後の政治の分岐点になるのではないでしょうか。

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   さて、この西原がいかなる所か、まずご説明しましょう。

 議会の改革は徹底した情報の公開を行うことによって、住民参画型に切り替えていくことだと定義づけることができます。議会基本条例は、議会改革を後戻りさせないという意義があります。このほど議会基本条例制定めざしている御船町議会への視察研修。

 西原村は、韓国から見たら安近短のお手軽な外国、つまり福岡や下関を玄関口とした北部九州周遊のコースの縁に位置しています。地域活性化に関して、この地の利を生かさない手はありません。そこでまずは言葉の壁を乗り越えようと考え、毎月第二第四の木曜日午後7時より、高遊コミセンで開かれることになった韓国語教室を大いに力を入れて応援しているところです。(講師は熊本学園大学の田中節子先生です)。
 なお、このブログへの書き込みはほとんどが出先からケータイで投稿しています。早稲田速記からヒントを得てのケータイ速打法を提案しています。テキストの末尾に少しずつ紹介しています。いずれケータイ入力スピードのコンクールに出たいと思っております。
        世の中を動かす力はハガキ道
 私のハガキ道は、NHKラジオ深夜便で紹介されている『今日の一句』を鑑賞しながら、あらゆる題材で年がら年中せっせとハガキを書くというものです。

2009/11/24

俵山から夕日を見る  村のあちこち村おこし

● 冬紅葉 冬のひかりをあつめけり
 久保田万太郎
 朝のテレビで、百人一首が藤原定家によって作られたとされる小倉山の紅葉を映し出していました。

 熊本においては立田山あたりを浮かべたい。立田山と言えば【唐くれない】という百人一首による連想が働きますし…

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【ケータイ入力速打法への提案】

● 頻度が高い【にとって】を【にた=554】に登録してみたら、ずいぶん使い勝手がよくなりました。

 
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2009/11/24

バンビの筆箱と消しゴム…教室の小さな机で  村のあちこち村おこし

 今朝の熊日に熊本飛行場を飛び立つ機影が、地平線に沈む真っ赤な夕日に重なっている写真が掲載されていますが、やっとガテンがいきました。

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 というのが昨日、小国での9条の会主催の講演会からの帰途、渋滞を避けて俵山越えしたところ、山の斜面にえらくたくさん車が停まって、夕日に向かってカメラを構えていたのです。
 つられて私も夕日をケータイで撮影したのですが…

● 林泉に鹿の来て(い)る月夜かな 大峯あきら

 林泉という文字を見ただけで、即座に揺ヶ池周辺の情景が浮かんでくるから不思議です。また、『鹿の来ている月夜かな』で、両側から枝を延ばしている狭い空から、煌々と鏡のように光る満月が路面を照らしているところ。

 西原に今、鹿はいませんが、大昔にはいたかも知れません。ひっそりと首を上げては周囲のもの音にじっと耳をすませていたり、目をランランとさせているところです。濡れた鼻が想像できて、それが【お池さん】の水場の濡れ具合を連想させてくれます。

 小学校の頃、ディズニーの小鹿のバンビの筆箱がありました。描かれた図柄は、足下に花ばなが咲き乱れていますが、夜中に林泉に水を飲みにきたところかも知れません。
 その筆箱は磁石式になっていたようで…中にはチビた鉛筆と消しゴムが入っていて、答案用紙を擦ると屑が出てはねやっていた教室の小さな木製の机が浮かんできました。

 大峯あきらとは、ウィキペディアによるとすごい哲学者でもあるらしい。
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2009/11/23

ごみゼロ宣言とは、すべてリサイクルを目指す取り組みです。  環境・教育

 編み籠づくりは、確かに単なる趣味のサークルである以上に、使用済みの紙を捨てないで少しでもリサイクルしようという『ごみゼロ運動』の一環として位置づけることも可能だと思います。

 水俣市役所内に、細川佳代子さんが中心になって取り組んでおられると思うのですが、知的障がい者支援のためのペットボトルのキャップや使用済み切手やプリンターのカートリッジなどを集める箱が置いてあるのを見つけました。さすがだと思ったのは、『譲ります・下さい』のコーナーも壁に下げてあったことです。

 そんなことをやっても微々たるものではないか…大したことないではないか…などと冷笑する人があるかも知れませんが、少しでもごみの減量ができる可能性があるなら果敢に取り組むという、並々ならぬ熱意を感じさせられました。

 西原村には、年末ともなると結構高価な家具類までボンボン粗大ごみとして益城のクリーンセンターに持っていく人が、いらっしゃいます。でも、勿体ないの精神で欲しい人に回せば、温暖化に少しでも抵抗することができるのではないでしょうか?

 たまたま今朝4時台のラジオ深夜便は、柳田邦夫氏へのインタビューでしたが、絵本にはとても深い教えが詰まっているとして、例を述べておられました。

 ある日ある時、海辺に大津波が押し寄せて、何万匹のヒトデが陸地に打ち上げられたそうです。その時、ある青年が死にそうなヒトデを一匹ずつ拾っては海に運んで流してやっていました。

 『そんなことをして何になるんだ』
と言われた時、青年が答えました。
『いいえ!云々…』

 小さな努力でも継続しておれば、いつしか大きな成果をあげることができるんだと…

 絵本の読み聞かせは私も週に1回山西小学校に行ってやっていますが、こう評価してもらうと嬉しいですね。

 ゼロウェイスト運動とも言いますが、徳島県上勝町と福岡県大木町、そして水俣市が宣言をしています。ごみを出さないという意気込みですが、はたしてそれが可能なことなのかどうか?


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2009/11/23

12月議会の一般質問項目を考えているところです。  村のあちこち村おこし

● ひとりづつ
銀河の村をはなれけり
    明隅礼子

 未明の空は、いつも化粧塚の家を出てすぐに天気を見るために見上げていますが、オリオンに獅子座・背中合わせの北斗七星などが豪華に輝いています。

 (銀河の村)をはなれていくにつれて、星数は賑やかさを失い、淋しくなります。そうした全天の星空を見渡す感じがします。

 銀河を意識することで、私たちの太陽系は巨大な銀河系の中に存在しているというイメージが描けるのではないでしょうか?

 同時にこの星空を見上げる時、村を遠く離れていった西原中学の仲間たち、A君・Bさんは、東京・大阪のネオンの下、非正規労働の過酷さにうちひしがれているだろうか…

 この句はその2つのイメージをダブらせながら、宇宙史の中の自分・地球史…人類史…世界史の日本史の中の自分…

 さて、12月議会の一般質問に取り上げたいと思うのは…

● 村づくり基本条例を制定してはどうか

● ゼロウェイスト(ごみゼロ)運動を

 徳島県上勝町・福岡県大木町・水俣市が宣言しました。

 すべてリサイクルに回す村にするという決意をすることで、結果がついてくるのではないでしょうか?

● 肺炎球菌の予防接種補助を

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2009/11/23

今日は【9条の会】で全県いっせい宣伝行動です。  村のあちこち村おこし


2009/11/23

今日は【9条の会】で全県いっせい宣伝行動です。  村のあちこち村おこし

 今日は阿蘇9条の会で小国町のお寺【善正寺】に行き、13;30からの国宗直子弁護士の講演予定です。

 寺は肥後銀行のすぐ隣で、住職の禿浩道さんが阿蘇9条の会の会長さんです。

 この幟旗は大無量寿経の一節で、
『天下和順 …國豊民安 兵戈無用 崇徳興仁 務修禮譲』
と読めます。
 これはB29墜落を悼む【殉空之碑】の集いをされているグループで作っておられる旗です。

 国宗直子弁護士は法律の立場から改憲への危険な動きについて講演が始まりました。

 実は、民主党政権になったからと言って油断がありません。憲法9条は安心ではなく、改憲派もかなり含まれています。

 しかしながら、改憲手続きの法律はできてはいるにしても、今や改憲の危機は後景に退いてはいますが…

 国宗直子弁護士が、9条と前文を読み上げて下さいました。朗々と戦争をしない決意を述べられますと、私などは涙が溢れそうになります。

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【ケータイ入力速打法への提案】

● 頻度が高い【にとって】を【にた=554】に登録してはどうでしょうか。

 例;【やにた】で【私にとって】

【にさ=553】は【によって】

【に対する】は【552する】。

【に対して】は【55215】
【に基づいて】は【5581】

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2009/11/22

明日は全県9条キャラバン  村のあちこち村おこし

 明日は全県的に9条キャラバンです。

 さて、昨日の日立【世界発見】という番組で、奈良県のまき向遺跡が卑弥呼がいた邪馬台国ではないかという説が、かなり説得力を増してきたことを紹介していました。

 私は、吉野ヶ里を有する【九州説】と、まき向を有する畿内説のどちらも正しいという、邪馬台国【九州・畿内両方説】ですが、軍配がだいぶ畿内説に傾いてきました。

 まき向遺跡は、吉野ヶ里のように周囲を壕で囲っていない点に興味を持ちました。

 卑弥呼を中心として、天下泰平がもたらされた邪馬台国時代を象徴した話ではないかと思いました。

 江戸時代は、泰平となっても江戸城などお城は依然として残りましたから、それに比して邪馬台国時代というのは平和維持にかなりな自信があったとみていいのではないでしょうか?

 現代の東アジアには北朝鮮という核ミサイルで威嚇している国がありますが、横井小楠が描いた(大義を四海に布かんとす)る時代到来まであともう少しだという感じにはなってきました。

 地球温暖化の地球を食糧不足の時代にしていくのか、それとも農業に格別な努力を注いで、むしろ食糧増産の時代にしていくのかが、卑弥呼の邪馬台国時代のような戦争のない国際環境を作るために欠かせない条件になってくるのではないでしょうか?

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2009/11/22

人生摩訶不思議  村のあちこち村おこし

● さいかちを振るや人生摩訶不思議 福神規子(ふくじんのりこ)

● わが歩む落葉の音のあるばかり 杉田久女

 さいかちとは、河原とか山にある落葉木だそうですが、これまた見たことがない私は強引にサイコロがカチカチぶつかって鳴るところを連想してしまいました。

 二本木の古町小学校西のわが家から両親の手に鉄棒のようにぶら下がり、前転・逆上がりをしながら陸橋を通って田崎映画まで行ったことを思い出しました。

 三度笠の美空ひばりが映画看板にでかでかと描かれていたような気がするのです。サイコロ賭博の場面…『さあ丁か半か 張った張った』

 サイコロを振って遊んだ双六は、小学舘の【小学×年生】の付録にあったかもしれません。もちろん紙製のサイコロ。【1】の目の日の丸みたいな赤がコロコロと…人生の双六は行ったり戻ったり…最近は自殺によって人生双六から脱落する人があまりにも多すぎます。

● わが歩む 落葉の音のあるばかり 杉田久女
 これは一転、杖つく晩年の姿です。サイコロを振るように人生の岐路ごとに決断を重ねてきましたが、【わが歩む】【わが人生】は、結果として意に沿う双六道を辿れたでしょうか?

 私は公害やエネルギー危機に対処できるように、科学・技術の分野に行きたかったのですが、結果は日本の総人口の2万分の1に過ぎない西原村の議員となりました。

 住民自治と議会制民主主義を充実させていくことによって平和な日本を建設していくことは、インドネシアのメナドから九死に一生で生還できた父親からの、二代にわたるテーマかもしれませんから、これはこれでわが意を得たりです。

 億分の1かもしれませんが悠久の人類史に何かを加えることができたでしょうか?今後さらにこの道を歩みたい。

 大峯山の、県道沿いのダム湖の方から登る山道を行けば、わが歩む落葉の音があるばかりです。

 西原村の皆さんとの素晴らしい出会いは、決して偶然ではないように思えてなりません。もっとも『川の流れのように』次々に他界されていきますのでその構成員は、この21年間にもずいぶん入れ換わりました。

 私が今後、西原村において何かを残していけるかどうかは、皆さま方との出会いを、どう縦横無尽に組み合わせて掛け算を作り出していけるかにかかっているように思います。

 56歳はまだまだこれから、(ケータイ速打法の普及)も、(ブログ・はがき道)も…(俳句鑑賞による記憶力アップの実験)も、議員活動からしたら脇道のようにも見えるかもしれませんが、日本の文化力を高めるための基礎づくりにもなりえます。それがまた西原村に反射して活性化してくるようにしたいと思います。インターネットという21世紀の利器を西原村のために最大限活用しようということでもあります。勇気百倍して歩みたい。

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【ケータイ入力速打法への提案】

 【あって】を【11】。【あった】を【あた】と登録してはどうでしょう。

 入力していて頻度が高いのです。

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2009/11/22

薔薇の棘か…それとも有刺鉄線か…白露や茨(いばら)の刺(はり)にひとつづつ 蕪村  村のあちこち村おこし

● 白露や茨(いばら)の刺(はり)にひとつづつ 
 蕪村

 俳句鑑賞です。

 江戸時代の茨とは…(?)蕪村の色彩感覚豊かな作風からすれば、大輪の薔薇が咲き乱れている庭を、柊の刺のある垣根を透かしてみたような絵が出てきました。これを我が記憶のどこかに当てはまる場所はないかと探してみると…

 古町小学校の南の家いえを歩いたことが、子どもの低い視線で想い出されました。

 もうひとつ、刺を有刺鉄線と見る現代の俳句と読めば、二本木の以前早起き野球があっていた白川沿いの広場が浮かんできました。

 私の幼年時代は、終戦後まだ十数年しかたってなかったためか、今とは違い壊れたドラム缶や土に半分埋まった土管とともに、有刺鉄線もぐるぐるに巻いて置いてあったような気がします。

 白川の土手を歩けば向こう側には、川尻電車がゴトゴト・プーンとのどかに走っていました。

 現代の情景を浮かべるとすれば、米軍普天間飛行場の有刺鉄線でしょう。

 私は米軍嘉手納飛行場を見に行った、約30年前の宮崎大学の学生だった時、沖縄人民党が日本共産党に合流して初めて県議選となった時に応援に行ったことがありました。あれは具志川市。ビラを配ったり宣伝カーを回したりギターに合わせて唄った街角のひとつひとつを思い出しました。

 沖縄・具志川市の明るい青年たちは今どうしているでしょうか?

● 白露や茨(いばら)の刺(はり)にひとつづつ 
 蕪村

 フィリピンのスービック基地もエクアドルのマンタ基地も撤去されました。今こそ有刺鉄線を取り除いて平和な東アジアにしていく時です。

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2009/11/21

ワードで作る名刺…はがき台紙半分で、2つ折りの名刺  村のあちこち村おこし

 この写真は、河原小学校体育館横の公衆トイレです。

● 竜胆の花暗きまで濃かりけり 殿村とし子
 この句からは、北バイパスを走って須屋の百均の交差点にあるブックストアが浮かびます。竜胆の折り紙を紹介した本を立ち読みしたことがあります。

 竜胆の実物を見たことがないので、私にとっては『折り紙竜胆』なのです。
 でも、『花暗きまで 濃かりけり』と読み上げると、紫色が頭の中のスクリーンに絵の具のチューブから絞り出すように出てきます。

 さて、せっせとはがき道をやってきて、ふと思いました。

 名刺がわりのはがきという概念もあり得るのかなと…

 はがき台紙の約4分の1が名刺の大きさですから、名刺がわりの(はがき)または(名刺民報)もできるのではないでしょうか。

 そう思ったのは、はがきの右下に私の住所と名前・電話番号をワードでコンパクトにプリントしてみたら、まるで名刺がはがきの隅に添えてあるかに見えたのです。

 2つ折りの名刺は、通常の名刺の二倍の面積がありますから、【名刺民報】と称してもよさそうです。合わせ目に小さな切り込みを入れて、そこに小さな折り紙を添えるというような手の込んだことをすれば、プレゼントとして受け取った人が喜んでくれるかも…

 名刺入れに整理し保存する場合、2つ折りの中に折り紙…厚くなる分自己主張していますから、その分取り出されやすくなるでしょうか。


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2009/11/21

寒くなると草枕温泉に行きたくなります。  村のあちこち村おこし

 菊陽病院家族会主催で、草取りボランティア活動後の(ご苦労様)のコーヒータイムを終えました。

 はるばる球磨地方から駆けつけて下さった方がありました。パチンコ依存症の息子さんがおられて世話になったからだそうです。

 この企画は、親睦も兼ねています。病院スタッフも参加して総勢50人。

 一気にはかどり、すっかりきれいになりました。

 私はというと、共同作業用に借りている農地に向かいました。畑の土を掘り返して(こぶし)という草の小さな根っ子を取り除く作業をしました。白いヒゲを見つけてつまむと、ふっくらと豆のような根っ子がついてきます。

 丹念にこれを土の中から取り除くと、春からの除草作業がずいぶん楽になるだろうと思います。

● 小春日の母の心に父住める深見けんニ

● 凩や海に夕日を吹き落す 漱石

 今回はNHK『ラジオ深夜便』に紹介されたこの2つの俳句をまとめて同時に鑑賞してみたいと思います。

 小春日と言えば、西原村の日向(ひむき)や多々良の風景がなぜか湧いてきます。日当たりのよい南斜面を持っているからでしょうか?

 この句の『母』はもう高齢で小春日和の今頃、日当たりのよいところにいて1日、すでになくなった夫のことを思い続けているのでしょう。
 しかしその情景さえ、もはや幻となって過去のかなたにあるのかもしれません。

 つまり、この句は過去と大過去、そして現在・未来と、幾重にもダブらせて映し出してくれます。

 父のを四十九日をまだすませていない私ですが、臨終間際のことをまだ生々しく反芻しているところです。
 どこか産みの苦しみに似ていました。あの世に生まれることかもしれません。

 考えてみると人の一生とは、地球の何十億年の中のほんの一瞬に過ぎず、あっという間に幻となってそこに(いるような気がする)存在になってしまうものですね。

 はたと自分のことに思いが至りました。50年後には確実に私の肉体は幻のようにこの大空に消えていることに気づきました。

 となると、現在ここにいる私もまた幻ではないかと…

 私の想像の中の、小春日の母の場所というのが、一転してなぜか河内・天水の、有明海を望むミカン山に変わります。

 【草枕】と【ニ百十日】を書いた夏目漱石は金峰山を越える山道を、西側の斜面にある小天まで歩いていきながら俳句を残しています。

 現代の【草枕温泉】は、眺望のよいところにできています。ミカン山を温めていた『お日さま』は、秋の日は釣瓶落とし…凩…まるで糸の切れた凧のように、一気に煌めく有明海に吹き落とされていくのです。

 木枯らしを凩と書いたところが、やはり11月の句に選ばれる点なのでしょうか。心の中に【正月】が迫っていることをも暗示しているように、私にはしています。

 視覚的効果で、私には【凩】の文字を見ただけで、子どもたちの凧揚げ大会が目に浮かぶのです。

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【ケータイ入力速打法への提案】

● 【方】というのが結構よく出会いますので、一発で打てるようにしたいと思います。

 テンキーの並びを、人体と見立てたら、【肩】に当たるのは【3】ですから、【3】に【方】を単語登録しておきたいと思います。

 すると、【その方】【この方】【あの方】【方面】など、あるいは【見方】や【借り方】【遠方】【飲み方】【東方】【北方】など応用の幅が広くなるのではないでしょうか。

● 【言】を【ゆ】として登録したいと思います。

 【いう】より打数が少なくてすみます。
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2009/11/19

河原小学校にもある二宮金次郎の石像  村のあちこち村おこし

 財政再建の神さまとも言われる二宮金次郎(尊徳)の像が、河原小学校にも存在していることを確認できて嬉しくなって写真に収めました。

 公衆トイレの横にあります。
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