2009/1/12
トンカラリンはピラミッドの坑道か。近くにスフィンクスもあり 隣国との友好と平和
長い間念願だったトンカラリンに初めて先日、足を運ぶことができました。
一言で表現すると、すごい!でした。
直感考古学としてみると、先日南阿蘇村の山中にペトログラフの民間研究者の武内さんの案内で出かけた、洞窟と共通するものが感じられたということです。
そして、トンカラリンの入り口付近に設置されている説明文と地図から総合すると、鶯原神社から見えるカムロ山までが一体となった宗教遺跡だと思うのです。カムロを入力して変換すると神室となります。意味深です。おそらくその山にはペトログリフが彫られた巨石があるのではないかと。
もしそうなら、たんに高句麗からやってきたであろうかと思われる弥生人よりも、もっと古い時代の縄文人の宗教施設を新しい解釈で再利用したものかもしれないと思うのです。
西原村にカンムリが岳という似たような名前の山があり、南阿蘇側にやはり同じような穴があるようです。また近くに日置姓の人がたくさん住んでいる鳥子という地名があります。鶯原という文字も良く見ると漢字の中に鳥がいます。韓国ドラマ『朱蒙(チュモン)』を見たら、鳥葬にされることを高句麗王朝始祖の父親・ヘモス将軍は望んだようです。
日本史の教科書などでよく話題になる江田船山古墳がすぐ近くにあり、数千年前から積み上げられたであろう貝塚もありますから、やはり縄文・弥生と住む人が移り変わったことが推察されます。先住の縄文人はどこに追いやられてしまったのでしょうか。おそらくは菊池川が道路がわりであったでしょうから、上流へ源流へと逃れて行ったのではないかと思うのですが…
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一言で表現すると、すごい!でした。
直感考古学としてみると、先日南阿蘇村の山中にペトログラフの民間研究者の武内さんの案内で出かけた、洞窟と共通するものが感じられたということです。
そして、トンカラリンの入り口付近に設置されている説明文と地図から総合すると、鶯原神社から見えるカムロ山までが一体となった宗教遺跡だと思うのです。カムロを入力して変換すると神室となります。意味深です。おそらくその山にはペトログリフが彫られた巨石があるのではないかと。
もしそうなら、たんに高句麗からやってきたであろうかと思われる弥生人よりも、もっと古い時代の縄文人の宗教施設を新しい解釈で再利用したものかもしれないと思うのです。
西原村にカンムリが岳という似たような名前の山があり、南阿蘇側にやはり同じような穴があるようです。また近くに日置姓の人がたくさん住んでいる鳥子という地名があります。鶯原という文字も良く見ると漢字の中に鳥がいます。韓国ドラマ『朱蒙(チュモン)』を見たら、鳥葬にされることを高句麗王朝始祖の父親・ヘモス将軍は望んだようです。
日本史の教科書などでよく話題になる江田船山古墳がすぐ近くにあり、数千年前から積み上げられたであろう貝塚もありますから、やはり縄文・弥生と住む人が移り変わったことが推察されます。先住の縄文人はどこに追いやられてしまったのでしょうか。おそらくは菊池川が道路がわりであったでしょうから、上流へ源流へと逃れて行ったのではないかと思うのですが…
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