2009/1/19
トンカラリンはエジプトのピラミッド?鴬原神社を謎解きすれば… 隣国との友好と平和
女傑・ソソノたちが南に下って建国したのが百済の前身の十済だったとは【朱蒙】で初めて知りましたが、この十という数字はイスラエルの『失われた十氏族】とは関係ないのでしょうか?
どうも私には、【朱蒙】に描かれているドラマを、繰り返し頭の中で反芻していると、シャーマニズムの部分は日本の神道に似ているなあと感心させられ、彼らは先祖ではないのかなと親近感を覚えてならないのです。
同時に戦前からある『日猶同祖論』が浮かんできてならないのですが…ペトログラフの武内一忠さんからオリエントと日本との関係をよく聞かせていただいていますし。
先日、念願かなって和水町まで高速でトンカラリンを訪ねることができましたが、その上の鴬原神社の狛犬は、エジプトのスフィンクスに関するギリシャ人の伝説「最初は4、次に2、最後は3となるのは何かという謎なぞ」を暗示したとしか思えません。
『それは人です』だと答えることができなければ食われるゾという訳です。
日本の神道がオリエントに起源があるようにますます思えてきました。

境内に大きな牛が祭られているのは、まるでモーゼの出エジブト記に出てくる話を思わせます。シナイ山の下までやってきたイスラエルの部族たち一行は、モーゼが十戒の石板を受け取りにシナイ山に登ったまま、あまりにも長い間帰ってこないので、しびれをきらした一行は、持っていた金属を溶かして牛の神像を作りました。そして歌えや踊れの祭りをしていたちょうどその時、モーゼが山を降りてきたのです。
怒ったモーゼから『あれほど偶像崇拝をしてはならないと言っただろう』と烈火のごとく叱られてしまったという旧約聖書の部分が、この牛から思い出されてならないのです。
阿蘇の【蘇】は、韓国語では牛の意味だし、漢字の意味は飲めばエネルギーが蘇るようなパワーを秘めたヨーグルトで、やはり牛に関連しています。
それに、神社とは木造だというイメージがこれまでありましたが、狛犬や牛の石像を思い出したり、ビラ配りの途中に小さな神社をしげしげと眺めたりしているうちに、鳥居にしろ灯ろうにしろ石づくりだということが目についてきて、ますます『俺たちはピラミッドを作ったことがあるんだぞ』と主張しているように思えてきました。
つまりトンカラリンとは、エジプトのピラミッドの内部構造を意識して作っているものだと、ますます思えてきました。
江田船山の古墳やトンカラリンを作った人々は、この私にも遺伝子を残してくれているに違いないと思えば、この私の遠い先祖がなんとエジブトで奴隷としてピラミッドを作る作業をしていたり、モーゼから怒られたりしていたことになりはしないでしょうか…なんともはや、旧約聖書も我がこととして読まなければならなくなってきたようです。
神室山の頂上をピラミッドの頂上に摸してトンカラリンが作られているとすれば、もっとほかにもトンカラリンは埋もれていて、そこに古代の貴重なメッセージを秘めた棺がありはしまいかと推理小説的な嗅覚が働いてきます。
同じように、西原村の【冠が岳】をピラミッドの頂上だと見なしてトンカラリンが隠れている可能性がありはしないかと思うときに…そう言えば村の長老が、山の中に古代人が何の目的で掘ったのかよくわからない不思議な隧道があると言っていたことを思い出しました。
西原村と南阿蘇村にかけては、とんでもない古代の謎が潜んでいるのかもしれません。
一度『泉力の湯』や『龍神の湯』につかりながら古代のロマンに浸るのもよいかとお勧めしたいと思います。
山鹿市と菊池市の境にある鞠智城には、ピラミッドを思わせる部分はないのか?熊本城はどうか?
そもそも鞠智城の鞠の字には騎馬民族の靺鞨を連想させる革ヘンが使われているのか…いやあ、歴史ロマンですね。
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どうも私には、【朱蒙】に描かれているドラマを、繰り返し頭の中で反芻していると、シャーマニズムの部分は日本の神道に似ているなあと感心させられ、彼らは先祖ではないのかなと親近感を覚えてならないのです。
同時に戦前からある『日猶同祖論』が浮かんできてならないのですが…ペトログラフの武内一忠さんからオリエントと日本との関係をよく聞かせていただいていますし。
先日、念願かなって和水町まで高速でトンカラリンを訪ねることができましたが、その上の鴬原神社の狛犬は、エジプトのスフィンクスに関するギリシャ人の伝説「最初は4、次に2、最後は3となるのは何かという謎なぞ」を暗示したとしか思えません。
『それは人です』だと答えることができなければ食われるゾという訳です。
日本の神道がオリエントに起源があるようにますます思えてきました。

境内に大きな牛が祭られているのは、まるでモーゼの出エジブト記に出てくる話を思わせます。シナイ山の下までやってきたイスラエルの部族たち一行は、モーゼが十戒の石板を受け取りにシナイ山に登ったまま、あまりにも長い間帰ってこないので、しびれをきらした一行は、持っていた金属を溶かして牛の神像を作りました。そして歌えや踊れの祭りをしていたちょうどその時、モーゼが山を降りてきたのです。
怒ったモーゼから『あれほど偶像崇拝をしてはならないと言っただろう』と烈火のごとく叱られてしまったという旧約聖書の部分が、この牛から思い出されてならないのです。
阿蘇の【蘇】は、韓国語では牛の意味だし、漢字の意味は飲めばエネルギーが蘇るようなパワーを秘めたヨーグルトで、やはり牛に関連しています。
それに、神社とは木造だというイメージがこれまでありましたが、狛犬や牛の石像を思い出したり、ビラ配りの途中に小さな神社をしげしげと眺めたりしているうちに、鳥居にしろ灯ろうにしろ石づくりだということが目についてきて、ますます『俺たちはピラミッドを作ったことがあるんだぞ』と主張しているように思えてきました。
つまりトンカラリンとは、エジプトのピラミッドの内部構造を意識して作っているものだと、ますます思えてきました。
江田船山の古墳やトンカラリンを作った人々は、この私にも遺伝子を残してくれているに違いないと思えば、この私の遠い先祖がなんとエジブトで奴隷としてピラミッドを作る作業をしていたり、モーゼから怒られたりしていたことになりはしないでしょうか…なんともはや、旧約聖書も我がこととして読まなければならなくなってきたようです。
神室山の頂上をピラミッドの頂上に摸してトンカラリンが作られているとすれば、もっとほかにもトンカラリンは埋もれていて、そこに古代の貴重なメッセージを秘めた棺がありはしまいかと推理小説的な嗅覚が働いてきます。
同じように、西原村の【冠が岳】をピラミッドの頂上だと見なしてトンカラリンが隠れている可能性がありはしないかと思うときに…そう言えば村の長老が、山の中に古代人が何の目的で掘ったのかよくわからない不思議な隧道があると言っていたことを思い出しました。
西原村と南阿蘇村にかけては、とんでもない古代の謎が潜んでいるのかもしれません。
一度『泉力の湯』や『龍神の湯』につかりながら古代のロマンに浸るのもよいかとお勧めしたいと思います。
山鹿市と菊池市の境にある鞠智城には、ピラミッドを思わせる部分はないのか?熊本城はどうか?
そもそも鞠智城の鞠の字には騎馬民族の靺鞨を連想させる革ヘンが使われているのか…いやあ、歴史ロマンですね。
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