行ってきましたぁ、
9条ピースウォーク!
(↑声が弾んでます/*^0^*)
最初だけ本人が、あとは母が背負って歩いたひかちゃん手づくりのプラカード。「ばくだんいやや。かあちゃんがいい。」と、たどたどしく書いています。そしてお友だちや家族の顔がにこにこと並んでいます。なんて書いてあるか分かりにくいので、逆に注目度はバツグンです(笑)
滋賀県能登川から岐阜県大垣市にかけての3日間を歩きました。といっても、朝8時半から出発する全日程に参加するのは無理で、午後だけ参加とか、10時から3時とか、そんな感じです。最終日、関ヶ原駅前から大垣駅前まで歩いたのが最長だったかな。とにかく、ひかちゃんもよく頑張って歩きました。
彼女が頑張れたのにはワケがありました。
それは、
おにいちゃん。
9条ピースウォークにはアメリカや台湾などなど、海外から来て、通して歩いておられる方が何人もいらっしゃいます。
その中に、ボストンからやってきたというヒップホップの二人組(実は有名な方のよう・・・)がおられて、ひかちゃんはそのお兄ちゃんたちにずーーっと、可愛がってもらったのです。疲れたといっては手をつないでもらい、肩車、抱っこ、休憩時間にはかくれんぼ・・・。おにいちゃんもさぞかしお疲れかと思ったけれど、さすがに体力にあふれているみたいで、ずっと笑顔で相手をして下さってました。
↑この写真は、手をつなぎ、足をそろえて歩いているところ。プラカードには「母ちゃんがいい」と書いていたのに、母のことなど見向きもしない。子どもってそんなもんよな・・・(^^;)
「おにいちゃん」は、なんと身長が190センチもあるそうです。190センチの肩車・・・、彼女の人生の中でこれ以上高い肩車をしてもらうことは、おそらくないでしょう・・・。
31日の4時過ぎ、大垣駅でピースウォークの皆さんとバイバイしました。ひかちゃん、さよならするのがそうとう悲しかったらしく、ぽろぽろ涙で目はまっ赤・・。思わず母ももらい泣きしちまったよ。親も子も、思い出いっぱいのウォークとなりました。
今回のピースウォークでは、10数年前、国民平和大行進の通しをしたときに出会って、その後もずっと年賀状のやりとりをしていた「大阪のおばちゃん」と再会することができました。レインボーカラーに「PEACE」と書かれた派手なバッグを示し、「
大阪のおばちゃんは目立ってなんぼやねん!」と元気よく笑う彼女の表情は以前のまんまで、すご〜く嬉しかった♪大阪の彼女と和歌山の私が岐阜でばったり出会う、そういうのもピースウォークならでは、ですね。
さて、その後のひかりお嬢さんと言えば。
家に帰ってきてからも、時々「おにいちゃん・・・」とつぶやいています。そして、
ひかちゃんは英語をしゃべれる人になりたい!と言っています。
おにいちゃんとしゃべりたい、という気持ちはもちろんのこと。ピースウォークに参加していた何人かの若者が、楽しそうに英語で会話しているのを見て
、ひかちゃんはあんなおねえちゃんみたいになりたいんだ!と憧れたのでしょう。
人は人に憧れて、自分自身で成長していく。まだ、5歳の娘の中にも、すでにそんな火種が宿っていて、これからの彼女の時間のどこかでひょこっと顔を出すんでしょう。ピースウォークの道のりには、そんな出会いや発見が山ほどありそうです。声高に演説をしなくても、平和のうちに温かい人の輪がある、ということが何よりのアピールですね。
垂井町の歓迎集会で、日本山妙法寺の加藤上人が「
憲法9条は、人類のもっとも進んだ地点です。」とおっしゃっていました。これを失えば世界は闇、だとも。本当にその通りだと思いました。戦争は、子どもと若者から未来の可能性を奪い、憧れや夢や希望を打ち砕く、最悪のものです。現在の私たちが未熟であっても、未熟であるからこそ、理想やあこがれの方向へ歩いていきたいではありませんか。ねえ。
と、そんなことを考えながら、カレンダーを眺めています。そう、5月の東京到着までに、もう1回歩きに行けへんかなぁ・・・とたくらんでいるわけです。一応「おにいちゃん」たちとは、「もう戻ってこられないのです」と言ってバイバイしたんだけどね。
ヒップホップのパフォーマンスも見逃したままだし、無理したら行けなくもないかな、なぁんて。

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