「わたし言葉憲法」の1歳児編に感想を寄せて下さる方がいらっしゃるので、嬉しくなりました。それで、一応自分の中では関係しているので、子どもたちが産まれたときのことを書こうと思います。
私のお産経験は、ひょっとしたら「事実婚」よりも珍しいかもしれません。
一人目は、助産院で。
二人目&三人目は、助産士さんに来てもらって自宅で。
お産にはリラックスが大切なんだし、そのためには、夫や上の子たちに囲まれて、慣れ親しんだわが家がいちばん!そう考えて選んだのが自宅分娩です。昔のお産のことや外国での現状など、何冊か本も読みました(最も参考になったのが「子どもを産む」吉村典子著/岩波新書でした)。産まれたあと、赤ちゃんと離れることなく、家族水入らずで過ごせるのも、魅力でした。
で、実際に体験してどうだったか。
一言で言うと「人間ってやっぱり、ほ乳類だったんだな・・・」としみじみ感じましたですね。
安産とはいえ、必死の思いで産み落として、その次の瞬間からずっと赤ちゃんを眺めるわけです。しわくちゃの赤ちゃんと一つの布団に寝ころがって、どんどん表情を変えていくのを、産後の興奮さめやらぬまま、ずーっと見ていた時間。あのときの「赤ちゃんカワイイ!」の感情は、とてもとても普通の社会人のそれではなかった、と思うのです。体の中で「かわいいーっ!!」が絶叫しているような感じ。一人でさめざめと泣いていた日もあったんですよ。あまりにも愛おしくて。今から思えばかなり変なんだけど、お産の前後って、理性でコントロールのきかない状態だったんです。もちろん、三回とも同じようにヘンだった私。自分の中に「本能」を感じた数少ない経験だったと言えます。
それでね。ある程度時間が経ったら、そろりそろりと動きだすわけですが、そしたらもう、ストーブの火はこわいし(赤ちゃんがやけどする!)、階段はこわいし(落っこちる!)、自分で抱っこするのも時々急にこわくなるし(手がすべったらどうしよう!)、とにかく赤ん坊が傷つく姿を想像するといたたまれなくて、遠吠えでもしたくなるような気分でした。
特に初めの子の時なんかは、ごく近しい人をのぞいて「うちの子に触らないで!フーッ!」って、背中の毛を逆立てている猫みたいな感じで、非常に気が立っていたことを覚えています・・・。
だからこそ、娘が産まれて1ヶ月ちょっとの時期にイラク戦争が始まったときはものすごくショックでした。たぶん、私と同じように生まれたての赤ちゃんを抱いている母親がイラクにもいるはずだ。どんなに不安だろう。戦争を止めるために何もできない自分が、戦火の下にいる遠い国の母親と重なりました。
生まれたての赤ちゃんを守ることすらできず、各国政府のリーダーに何の値うちがあるというのか。それが許せなくて、私は自分の構えも正しました。
しかし・・・。
1年が過ぎて娘が嬉しそうに歩き出したころ、今度はファルージャの攻撃が始まりました。イラクの赤ちゃんは笑顔で1歳になっただろうか・・。戦争を止めようとする私たちの力が足りなかったために、1歳になれなかった赤ちゃん・・・。悲しくて申し訳なくて、「本気出そう」と思ったのです。
娘は、もうじき2歳になります。歌ったり踊ったり、すねたり反抗したり、「世界の中心はわたしなの!」と言わんばかりに人生の始まりを謳歌しています。母親が安心して子どもを産めて、小さい子どもたちがゆったりと子ども時代を過ごすことのできる世の中、それが私の考える「平和」の第1段階です。せめて、そのへんまでは大急ぎで到達したい。一刻の猶予も許されない。(その先は、また新しい世代が追求していってくれるでしょう。)
今はとにかく、現役のお母さんたちの発言や表現の場が広がっていけばいいなぁと思っています。

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