世界で一番 遠い場所

2009/4/3

タイ04■風の吹き抜ける場所と祈りの場所  south-east asia◆

Wat Saket(ワット・サケット:正式名称ワット・スラケッ)へ歩いて移動。
運河を超えるだけで着いてしまうような、そんな距離。
でも、ちょうど日差しが1日で最も強くなる時間だったり、運河のボート乗り場で船頭さんやタクシーの兄ちゃんと喋ったりなんかしていると、近いのにいつまで経っても辿り着かない…

特にこうした冷やかしでの町会話が、結構好きなんだと言うコトに、今更ながら気がついた。逆に、商店や土産物屋での冷やかしはあまり好きじゃないコトにも。“買ってね”オーラに負けてしまいそうになるのだ(でも結局何も買わないのだけれども)。

さて、辿り着いたワット・サケット。
黄金の丘。

その名の通り、ここだけ何故かちょっとした丘状になっている。
それは平坦なバンコクにしては珍しいを通り越して異様だなと思えるほど。
そしてその丘全体(特に上部)が、寺院になっている。

全く、宗教施設やらお城やら王宮やらは、高い所が好きである。
勿論、いろんな意味があって(防災面や信仰心を生み出す観点などなど)なのだろうけれど、世界どこに行っても、これらは高い所好きである。

んで、早速登ってみる。
いや、登ると言うほどの高さでもないんだけれど。

階段がどちらかと言えば螺旋状に連なり、そしてゆっくり5分も歩けば頂上である。
これならば疲れていても登れる。
これならば貧弱旅人の僕でも登れる。

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靴を脱いで堂内に入る。

そこから見るバンコク。
それは別にどうでも良かった。
ってか、さっきまでワット・ラチャナダーにいたし。
そこから運河を挟んだだけの距離だから、見えるものもそう変わりがないし(高さ的にはこちらの方が高い)。
でも、風の吹きぬけ方はこちらの方が強く、さらにこちらは堂内。屋根があって、やたらとデカイ扇風機もあって、かなり居心地良点。
ああ…
こんな所で一服出来たらな〜とすら、思ってしまう。

宗教施設やら王宮やらも高い所にあるのだけれど、それらは今や観光スポットと化している訳で、それなりに僕もそう言った高い所にあるスポットには行っている訳だが、僕はどうもこう言う場所に弱い。

スリランカのシーギリヤロック。
ペルーのマチュピチュならばワイナ・ピチュ。
ビルマのバガンならばシュエサンドーパゴダ(これは高いと言うか単に上れるだけか)。

馬鹿と煙は高い所がお好きとは言うけれども、僕もそれに見合った嗜好を持っているらしい。
ま、それは前々から気が付いていたけれども。

んで、案の定、激沈没。
1時間、そしてまた1時間。
丘の上なので、そこまで広くはない堂内だけれども、ついつい長居してしまう。

その間に通り過ぎて行く祈りの民。
祈りと言う行動はほぼ世界共通な訳だけれども、見ていると、祈る場所があるだけでこの人たちは幸せなんだな…と、思ってしまう。
日本にいると兎角、宗教が悪役と化している現代だけれども、祈りの場所に行くと、無性に祈る対象が薄い自分が残念になる。そんな自分だから、祈りの場所と言うのが、ちょっと苦手だったりする。その場限りの場当たり的な仏教徒である自分とついつい比べてしまうのだ。それはイスラムのモスクに行っても、キリストの教会に行っても。

祈りが叶うかどうか。
現世利益かどうか。

そうではなくて、祈るコトで癒される。
癒されるコトで、また祈る。
その中で、人知れない力に期待するコトはあるだろうけれど。

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