「君が、巽完二クン、ですね?」
「あぁん? 誰だぁ、てめぇは」
放課後の帰り道、探していた少年を見つけて、彼は声をかける。振り返った少年に、射るような鋭い目付きで睨まれるが、直斗は動じる素振りも見せず、自分の胸に手を置いて答えた。
「僕の名前は、白鐘直斗――――探偵です」
運命を探して
Detective:Naoto Shirogane
第三話 邂逅
「探偵だぁ? 探偵が……その、俺に何の用だってんだよ」
振り向いた彼が上げかけた怒気は、しかし次の瞬間には大人しいものに変わっていた。視線を合わせようとせず、それでもチラリチラリとこちらを見る彼の態度に不審を抱くが、気を取り直して尋ねる。
「最近、君の身の回りで、何かおかしな出来事が起きてませんか」
直斗の問いかけに、完二は眉を顰めて宙を眺める。
「おかしな出来事……? つったらあれか、テレビに映された、ってことぐらいか」
「テレビ、ですか」
直斗は一つ、頷く。彼が『映された』番組は、暴走族を取り扱ったものだった。その中で完二は、この地域の暴走族を取り纏めるヘッドとして、インタビューをされていたのだ。モザイクがかかっていたとはいえ、彼だということは、知っている人には一目瞭然だっただろう。
「僕も見ました。その番組」
「あ? 見たのか? 言っとくけど、誤解すんじゃねぇぞ。俺はな、暴走族じゃねぇからな」
「知ってますよ。君は暴走族を率いてたんじゃなくて、潰そうとしていたんでしょう」
そのことは、警察の調書から知ったことだった。彼は、この街の暴走族をたった一人で全て潰したというのだ。母が夜、眠れないから、という理由だけで。
「お母さんを大事にしてるんですね。とても素敵なことだと思います」
「いぃっ!? な、なんで知ってんだよ、そんなことをよ!!」
驚く完二に、直斗は目を伏せて口元だけで笑う。それは、何でも知っているんだよ、と思わせるジェスチャー。彼女がこれまでに学んだ交渉のテクニックの一つ。
すっかり呑まれてしまったのだろう、彼は、やっぱ探偵だから何でもお見通しなのか、等と小さく呟いている。
「それはともかく、テレビに映ったこと以外で、何かおかしなことは?」
「ああ……いや、特に思い当たるこたぁねぇなぁ」
うん、と小さく直斗は頷いて、右手の親指で上唇に触れた。
彼女の推理が正しければ、次に狙われるのは彼の筈だった。だが少なくとも今のところ、巽完二の周辺に怪しい事件はないらしい。
推理が間違っていたのだろうか? それとも……
「あのよ」
声をかけられて、推理に没頭していた直斗は我に返される。
「どうかしましたか?」
「や、んなこと、なんで聞きに来たんかと思ってな……」
ぶっきらぼうな口調、だが視線を外したままでは、聞いていたような迫力は感じられない。顔が真っ赤になっているのが何故かは、わからなかったが。
「たいしたことじゃありませんよ、別に。ただ、少し気になる情報があったというだけで」
「……? 俺に関してか」
「ああ、直接あなたに関わっていることではないんです。ただ、僕の推測というだけで」
怪訝そうな顔をする完二に、直斗は心の中で、自分の推理を話すわけにはいかないと呟く。不安をあおっても、仕方がないのことだと。
出来れば明日も話したい。学校に迎えに行く。そう約束をして完二と別れた彼は、そのまま街を散策する。狭い街とはいうものの、田圃が広がっていたり、河原の道が長く続いていたりと、一日で全てが回れるというものでもなかったのだ。
そういえば、と直斗はふと思い出す。
巽完二の家は染物屋をやっているのだが、そこは古い商店街の中にあった。シャッターが閉まっている店も多く見受けられ、人の影も決して多くはなかった。
ジュネスが出来たから、だろうか。そんなことを彼女は思う。
昨日、訪れたジュネスには多くの主婦達が集まっていた。広い敷地、豊富な品揃え。開店したのが最近だからだろうか、清潔感の漂う店内。商店街が寂れた理由がジュネスにあることは、明白だった。
ありし日を、直斗は想像する。もっとこの街は狭く、人と人との距離が近かった時代。街のほとんどの人が互いを知っており、商店街は皆が集まる場所だった頃。
それはおそらく、遠い昔のことではないだろう。
だが今は多分、違う。
狭い街、だから顔は知っている。だがきっと、話したことはない。話しかけようともしない。相手を知るのは、言葉や会話からではなく、不確かな噂から。
知っているのに、本当の姿は知らない。例えば巽完二のように。直斗は何となく彼が、言われているような不良だとは思えなかった。ほんの少し話しただけでもわかることを、この街では誰も知らない。
まるでこの街の名物の霧みたいだ。直斗はそう思う。
人は、知りたいと願う生き物だ。だが知りたいと思う事柄は霧の中にあって、目を凝らしても見えず、結果として人は、見たいものをそこに浮かび上がらせる。
それは、推理に似ていた。どんなに綺麗に理論を構築したとしても、その見栄えがどんなに良くても、時に事実からかけ離れたものとなってしまう。そうなってしまうのは、人が見たいものだけを見て、そこに作り上げてしまうからだ。
現実は、探偵小説とは違う。そのことを自戒として、直斗は心に刻み込んでいる。
――――そんな風に自らの思いに捉われていたからだろうか。気が付くと彼女は、八十稲羽を流れる鮫川の河川敷を歩いていた。
見晴らしの良い一本の長い道。河原では、学校を終えた小学生達が遊んでいる。
殺人事件が起きたばかりとは思えない、のどかな風景。直斗は少しだけ、張り詰めていた心が安らぐのを感じて、頬を緩める。川の流れは穏やかで、水面は雲間から覗く太陽の光を跳ね返す。
「あ」
突然に吹いた強風に、直斗の帽子が宙を舞う。コロコロと器用に回って、やがて逆側から歩いてきた制服姿の一人の少年の足元で止まった。
一部始終を見ていたのだろうか、屈んで拾い上げたそれを、駆け寄ってきた直斗の前に差し出した。
「ほら」
「すいません、ありがとうございます」
礼を言って受け取ったそれを被りながら、直斗は知らず目の前の少年を観察していた。
学生服のボタンを全て開け、鞄を脇に抱える姿。精悍ながら整った顔立ち。背は直斗より頭一つ近く、高いだろうか。
何よりも魅入られたのは、その瞳。しっかりとこちらを見据える力強い眼差しは、何故かひどく直斗の心を揺さぶった。
「……? どうかしたか?」
「あ、いえ。何でもありません」
癖とは言え、初対面の人間に間近で見られて気分の良い者はいないだろう。うかつだった、と思いながら、直斗は頭を深く下げた。
その瞬間、思い出す。
彼の顔を、見たことがあることを。
そうだ。最近、確かに彼の顔を見た。でもどこで?
やがて閃く。つい先日まで失踪していた天城雪子という少女。失踪から戻ってから、その交友関係に変化が生じたという。具体的には、転校してきた少年と仲良くなって――――
「――――!!」
顔を上げて、まじまじと見つめる。戸惑うような素振りを見せているが、構っていられなかった。記憶の中の写真と照らし合わせ、確認する。やはり、彼だ。この四月に転校してきたばかりの少年。彼がこの街にやってきてから事件が続いている――――
「その制服――――八十神高校のもの、でしたよね」
「ああ。それが何か?」
巽完二のことをご存知ですか。そう聞こうとして、直斗は口をつぐむ。まだ、疑うには早い。事件との関わりを問い詰めるには、早すぎる。
だが、白鐘の血が囁いていた。彼は、この事件に関わっている、と。
「いえ。知り合いが八十神高校にいるもので、ちょっと気になって」
「ああ、それで」
納得したように頷いた彼の顔からは、何の悪意も感じられない。二人もの人間を殺したようには、とても思えなかった。
勿論、それが思い込みに過ぎない、という可能性もあったが。
「もういいか?」
「ええ、すいません。変なことで、お引止めしてしまって」
礼を言って別れた後、直斗は懐の内ポケットから手帳を取り出す。そこに書かれていた、彼の名前は。
「月森孝介、か」
気付かれぬように、歩きながらそっと振り向く。遠くを歩く少年、月森孝介の背中に、直斗は、やはり事件解決の鍵を彼が持っているような気がして。
もしかしたら長い付き合いに、なるかもしれないな。そう心の中で呟いた。
もっとも、実際には。
直斗がその時に想像していたよりも長い、長い時間を、彼と過ごすことになったのだけれど。
PiPiPiPiPi
「もしもーし、起きてるかー」
「陽介か。どうしたんだ」
「マヨナカテレビの前に寝てねぇか、心配で電話したんだよ。一時間後だからな、ベッドに入るのは我慢しろよ」
「ガキじゃないんだから、起きてるよ――――ああ、そういえば」
「ん? どうかしたか?」
「今日、巽完二と一緒にいたちっちゃいのがいたろ? あの後、偶然、アイツと出会った」
「へぇ、そうなんか。で、どうだった? 怪しい感じだったか?」
「そういうのはなかったな。強いて言えば――――」
「強いて言えば?」
「女、みたいだったな。細くて、ちっこくて」
「アホか!! んなこた聞いてねぇっ!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
とりあえず一般的な流れに乗って、月森孝介という名前にしてみました>主人公
どうでもいいけれど、孝介と陽介って被っちゃってるんですよね。

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