2017/5/16  0:46

グレンダイブの創造論恐竜博物館に行ってきた  アメリカ政治・社会

大学が休みに入り、モンタナ州とノースダコタ州の州境に近い街、グレンダイブに週末に行ってきた。
坊主マンから車で制限速度80マイルのフリーウェイを飛ばすこと5時間。ロッキー山脈地帯ど真ん中で風光明媚なモンタナ州西部に比べ、荒涼とした景色が広がる地域だ。Middle of Nowhere、要するに何もない中にある街でもある。

なぜこの街に出かけたかというと、ここに、坊主マンのMuseum of the Rockiesに次ぎ、州内で二番目の規模の恐竜博物館Glendive Dinosaur & Fossil Museumがあるからだ。しかも、この博物館は普通の博物館と違い、創造論(Creationism)に基づいて展示されている博物館なのだ。恐竜と創造論がどう展示されているのか、一度行ってみたいと思いつつ、遠くてなかなか行く機会がなかった。しかも夏しか開いていないので、学期中は行くのが難しいのだ。

博物館はこんな外観。外から見る限りは、創造論の博物館とはわからない。
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しかし一歩中に入って受付エリア。すぐに「はじめに神は天と地とを創生された」という聖書、創世記の一節が目に入る。
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博物館訪問者のための説明文が壁に。
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この辺りで、見るだけで創造論の博物館だということはわかるようになっている。受付の親切なおじさんからもその趣旨の説明があった。写真撮影は自由だから、と言われた。

展示はいわゆる「カンブリア期」で、海のなかの生物の化石から始まる。なぜ海から?と思ったが、のちに非常にこれがこの博物館にとって重要だったことがわかった。
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親切な博物館のスタッフ(おそらくボランティアだと思われる)の高齢の人たちが話しかけてきてくれて、いろいろ説明をしてくれる。これだけスタッフが親切にあちらから歩み寄ってきていろいろ説明してくれる博物館は珍しい。壁の絵や、恐竜などの模型を作った人たちの名前を言って、とても才能がある人たちですごいんだと話していた。どうやら皆知り合いなのかなという印象でもある。

結構大きな展示がある。子どもも喜びそうだ。
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スタッフが一生懸命説明してくれたのが、この魚を食べて飲み込んだ状態で死んで化石になったと思われる魚の展示。こんなに同時に化石になるというのは、洪水で化石になったという証拠だとか言われたが、なんだかよく意味がわからず。。しかし、このあとの説明でも全て「洪水」(すなわちノアの洪水)は大変に重要な役割を果たし続けていた。海、超重要らしい。
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海コーナーが続き、創造論の色が前面に出てきた。アンモナイトがこんなに素晴らしいデザインなのは、デザイナーもしくは創造主の存在があるからだ、という説明。
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恐竜登場。結構大きくて立派な展示なのだが、恐竜がいるのと同じ場に何気なくいる現代のチーターだか豹風動物(写真だとわかりづらいかもしれないが写っている)。このように、恐竜と現代型哺乳類が同じ場所に登場する展示が多い。
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チーター風動物拡大。
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シカもいますよ。
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恐竜とともに落ちてるバイソンの頭の骨。
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これが聖書に書かれている恐竜Behemothだ!という説明とともに置かれる化石。
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「人間と恐竜」展示コーナーもある。この博物館によれば、人間と恐竜は共存していたらしい。だからBehemothも聖書に書いてあるのだという。

証拠として展示される足跡。恐竜の足跡のあとに人間の足跡もついているのだから、恐竜を人間が追いかけてハンティングしていたのかもしれない、という説明が。そ、そうだったのか!?
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もう一つの証拠として展示される、恐竜風デザインのアートや器ものなど。
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そしてやってきた洪水&ノアの箱舟コーナー。
巨大なノアの箱舟と、共存する恐竜や人類の模型。

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展示見たときはてっきり恐竜は箱舟に載せてもらえずこのとき絶滅したというストーリーかと思ったが、あとで写真をよくよく見てみると、この展示説明だと、洪水の後、洞窟で人類は生活するようになり、そこで恐竜と共存していたために恐竜風壁画を書いた、ということらしい。恐竜も箱舟に乗せてもらえたということか。
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洪水の模型。地球全体を覆い尽くす大変な洪水だったと説明されている。洪水再現模型の上には、地球を覆い尽くしている様を再現する地球儀風の模型も。地球は平らではなく丸いという前提のようだ。
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そして登場する人類と進化関係コーナー。進化など人類はしない、サルはサル、人間は人間として神様が作ったのであって、進化論がいかに間違っているのかの説明がある。最近発掘されて見つかったものとかはスルーされ、だいぶ古いものに基づいているようだ。なぜかアフリカで見つかったホモエレクタスはスルーされ、ジャワ原人と北京原人だけが扱われており、現代の人間とは無関係と説明されていたりもする。
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アウストラロピテクス・アファレンシスの「ルーシー」は人間とは関係ない!サルはサルだという展示。
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他にも、細胞とかDNAは何らかの創造主のデザインと考えないと説明できない、とし、いかに進化論を唱える科学者らが間違っているかとか、言ってることがコロコロ変わっているとかいうメッセージがこれでもか、これでもかと出てくる。

そして、地球は実はそんなに古くないのだ!という展示。この博物館によれば太陽も地球もできてから6000年しか経っていないらしい。
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なので、年表で扱われる期間も短く、恐竜博物館であるにもかかわらず、紀元前2000年から始まっている。
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というわけで、かなり強烈な内容の展示がある博物館なのだが、この博物館では一人100ドル払うと参加できる近隣での発掘作業ツアーも行っている。グレンダイブという地域が恐竜の化石がかなり発見されるということもあり、そうして素人に一般人が発掘に参加し、掘ったものがまた展示されているわけで、参加した人たちにとっては博物館への愛着も沸くんだろうなとは思う。
なので、博物館内には、発掘はどんな感じで行われるかの展示とか、発掘されたものを持ってくるラボの様子もガラス越しに見られるようになっている。「発掘ツアーをやっている」というのは、滞在時間の間、博物館スタッフ数人から言われた。
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博物館内で上映していた映画は子どもも飽きないよう、一本あたりがかなり短く作られておりうまくできていたのだが、その中でも発掘ツアーの様子が紹介されていた。一般の市民も発掘とか博物館に親しめる状況を作り出しており、ボランティアスタッフの人たちの熱心な説明ぶりと、にじみ出る博物館への愛着からそれはかなり感じた。展示内容には同意しなくても、そのこと自体は悪いことではなく、むしろ博物館のあり方としてはいいものなのかもしれない。

だが、一緒に行った友人が自然人類学を専門としており発掘現場にも詳しいのだが、その友人と話していて、洪水で全てが化石化とかいう解釈で、しかも地球ができて6000年と信じる中で化石を発掘されると、おそらく時代情報とかがどうでもいいものになったり、それを知るのに重要なコンテクスト情報も発掘作業の中で丁寧に扱われない可能性も高く、せっかく見つけた化石の意味もなくなってしまったりはしないかと危惧を感じた。恐竜化石が多い地域だから大丈夫なのかもしれないが、もしも見つけた恐竜の化石が重要なものだったとしたら、それは100ドル払ってツアーに参加した素人が扱っていいようなものなのだろうか?

この博物館は、3月から5月半ばまでは金、土曜のみの開館で、その後夏の間は火ー土の開館、そして冬の間は閉館している。年間何人くらいビジターがいるのかと博物館の人に聞いてみたら、9000人とのことだった。実質夏の間だけで9000人というのは、近隣の人口も少なく、最寄りの商業空港も3時間離れており異様に行きづらい場所にある博物館にしては、結構多いのではないかと思った。

今回行ったのはグレンダイブの博物館で、ここは現在、実は政治的に重要な意味も持っている。モンタナ州では今月、下院の補選があるのだが、その共和党の候補である、Greg Gianforteがこの創造論の博物館に多額の寄付をしているからだ。T-Rexの大きな化石はジアンフォルテの寄付によるものらしい。要するにジアンフォルテはこの博物館の考え方、すなわち創造論に賛同する立場だろうと想定できる。

そして、このような創造論博物館は、全米にいくつもあり、特にケンタッキー州にあるCreation Museumはかなり有名らしい。ケンタッキーの博物館がオープンしたのは2007年、そしてモンタナ州グレンダイブの博物館のオープンは2009年。いづれもこの10年ほどの動きだ。今後もこうした博物館建設が広がっていくのかどうか、気になるところだ。
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2017/2/3  13:09

マルチイシューを掲げたウィメンズマーチ  アメリカ政治・社会

すでにウィメンズマーチから約二週間が経った。その間に、先週金曜日、ムスリムの多い7カ国からの難民や移民、旅行者らの排除という大統領令がなされるなどの展開。日に日にものすごい勢いで状況が悪化していく気がするアメリカの現状である。
現段階では対象7カ国だが、その7カ国出身者だと永住権保持者でも入国できないケースがあるというニュースがあり、私自身も永住権でこの国にいるので他人事ではない。いつ、何時対象国が拡大するかもしれないし、いきなり何をし出すのか読めないのもトランプ政権の特徴である。かつ、9.11直後は、留学生ビザ保持者、特にアジア系に対して、非常に移民局や警察が厳しくなったのを覚えているため、いつ何時、自分に影響してくるかもしれなかった。しかしそれでも私はまだ、今すぐ危機というわけではない。その該当する7カ国出身者はどれだけ大変なことだろう....胸が痛むし、この現状をなんとかするために、できることはやっていかねばと思う。

前回のエントリで写真だけ掲載したウィメンズマーチだが、そのあとに発行された『週刊金曜日』に、このブログに掲載していなかった写真を提供したので、そちらも掲載しておく。

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私が行ったモンタナ州ヘレナのマーチも一万人参加と、予想を大きく上回る参加者となったし、全米でも、史上最大の抗議行動となったと報道された。多くの開催地で、予想以上の人々が参加したようだった。

私は、ポスター(プラカード)作りのセッションも少しだけ参加して、その際に自分のポスターを作った。そこで言われたのは、モンタナ州イベントのオーガナイザーは、できるだけポジティブなメッセージのポスターがいいと言っているとのこと。そのカード作りのセッションで、ピンクの猫耳プッシーハットを、マーチ主催者に寄付したら作ってくれるという人がいたので、お願いして、当日、フリースのプッシーハットをかぶった。

ポスター書きの注意
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出来上がった私のポスターは右側のもの。
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たぶんモンタナじゃなかったら、この文面にはしなかったかもしれない。でも、モンタナでのウィメンズマーチ、おそらくアジア系参加者は非常に少ないだろうと思ったのだ。多分大部分が白人、あと、ネイティブアメリカンやラティーナはそれなりにいるのかもしれない。でもアジア系はたぶんすくない。だからこそアジア系をうち出そうかと思った。マーチの間や、集会の間、これを首にかけて歩いていたら、結構な数の人たちにいいねと声をかけられて、写真を撮りたいと言われたりもした。

ポスター作りの間に、市民団体代表のアフリカンアメリカンの人が、「ぜひBlack Lives Matterのポスターも作ってね」と呼びかけていた。アフリカ系アメリカ人もおそらく少ないことが予測される。その中で、別にその人がアフリカンアメリカンではなくとも、Black Lives Matterのポスターを掲げることは重要な意味を持つから、と。

実際のマーチでも、白人でBlack Lives Matterのポスターを掲げている人を何人か見かけたし、スタンディングロックについてのポスターを掲げている人たちもいた。

他も、ムスリム排除するなとか、壁を作るなとか、あるいはLGBTQのイシューとか、様々なメッセージのプラカードが掲げられていたマーチだった。9割が白人で、しかも保守的な土地のモンタナにもかかわらず、しかも「ウィメンズマーチ」という名称にもかかわらず、掲げられていたメッセージは「女性」に限定されたものではなかった。もちろん、危機的な状況にある、女性の性と生殖に関する権利だとか、あるいはプランドペアレントフッドを守れとか、性暴力反対だとかのメッセージもあり、それも重要だった。だが、このマーチの強みは、「インターセクショナリティ」、(多層的にさまざまな差別が絡み合っているという考え方、と言えばいいか)これを非常に意識的に強く前提としたものだったことにあると思う。「ウィメンズマーチ」という名称だったが、実際に起きたことは、徹底してマルチイシューを掲げ、インターセクショナリティを強く意識した行動だった。これだけ白人の多いモンタナでもそうだったのだから、ほかのもっと多様な街であればなおさらだったのではないか。だからこそ、これだけたくさんの人たちが集まったのだと思う。

もともと、大統領選挙の時から、白人フェミニストとマイノリティフェミニストの間でテンションはあったし、そんな中での選挙結果が、94%の黒人女性がクリントンに投票したのに対し、白人女性の過半数以上がトランプに投票していたことで、マイノリティ女性からの白人女性への視線はどうしても厳しいものになっていたと思う。Pantsuit NationというFBのグループでも、マイノリティ女性の声が聞こえなくなることへの懸念が示され議論になったりもしていたし、最初は私もこのマーチは白人女性たちが始めたんだなあと思って正直ちょっと冷めていたところもあった。でも、だんだんイベント準備が進んでいく中で、マイノリティ女性らも参加していることもわかったし、実際、モンタナでのプログラムも、ネイティブアメリカンやアフリカンアメリカンなど、マイノリティ女性らが多数、壇上に上がってスピーカーになっていた。とくにモンタナという土地柄、ネイティブアメリカンをすごく意識した集会になっていたと思う。

このマーチから私は、マルチイシューを掲げた運動の可能性を感じた。ついつい、マルチイシューを掲げた運動は一昔前の、、みたいに思いがちだったが、そんなことはなかった。インターセクショナリティを意識しまくって、マルチイシューを掲げたからこその、この結果だったのではと少なくともモンタナのイベントからは感じた。そして、現状は厳しいが、この動きはどんどん広げて、続けていかないといけないのだと思っている。




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2017/1/22  10:13

モンタナでのウィメンズマーチに行ってきた(写真レポート)  アメリカ政治・社会

またもや激しく久々のブログ更新になってしまいましたが、1月21日(土)に開催されたウィメンズマーチのモンタナ版に行ってきたので、写真にてその報告を。感想は次のエントリに書こうかと思います。

マーチのステッカー
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モンタナでのウィメンズマーチは、州都のヘレナで開催。各地からヘレナに参加者が集まってきた。私も朝の8:30にバスの待ち合わせ場所にいき、生まれて初めてのスクールバスに乗った。(なぜスクールバスなのかといえば、そちらの方が料金が圧倒的に安いからとのこと。)

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モンタナは何せ広い州で、しかも冬で道路状況も天候も不安があった。マーチのサイトやFBでの参加表明などから、主催者は5000人ほどの参加を予想していたようだが、蓋を開けてみたらなんと倍の一万人の参加!ちなみにこの日のヘレナの気温は−5℃。

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マーチで掲げられていたプラカードをいくつか紹介。

超若手フェミニストたち!
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Believe in Science! 温暖化や進化論についての科学的知識を探求したり、教えたりできなくなるのではという危機感が表れている。
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犬と参加した男性。
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ノースダコタのスタンディングロックでのパイプライン建設反対!トランプ政権のもとで復活するのではと危惧されている。
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Black Lives Matter.
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もちろんレインボーフラッグも。
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Pussyhatをかぶって、This future is female  後ろ側にあるのは、レイア姫とWomen's Place is in the Resistance.
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思い思いのプラカードを掲げてマーチ!
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No hate in our state!
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トランプもの2つ。We shall overcomb! と、ツイートする人ではなくリーダーが必要!
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Planned Parenthoodを支持する署名にサインする人たち。
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寒かったので、warming tentというスペースが作られていました。皆入り込んで暖まろうとしています。
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州議会議事堂の前で集会。
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2016/9/16  23:23

映像記録『行動する女が未来を拓くー行動する女たちの会20年の記録』のDVD完成  


ついに、映像記録『行動する女が未来を拓くー行動する女たちの会20年の記録』のDVDが完成しました!
DVDは、送料込みで680円で販売します。複数枚ご注文の場合、680円×○枚となります。

お申し込みご希望の方は、「行動する女たちの会」映像を記録する委員会 kodosuruonna@gmail.comあてにメールでお申し込みください。

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2015/10/25  14:32

「教育のツールとして馬を使う」ワークショップに行ってきた  日々の出来事、雑感

Using Horses as Teaching Tools (教えるツールとして馬を使う)というタイトルのワークショップに行ってきた。大学の教員や、コミュニティの人達が対象のワークショップだ。

なぜ行ったかといえば、ティーチングのツールとして馬!?という意味がさっぱりわからなかったからだ。なので、だったら行ってみようと思った。セラピーなどで馬が使われるという話は聞いたことがあったが、教育、というのは知らなかったからだ。そして、これが大学の教員用のセミナーとして開かれているということは、普段の自分の授業にも生かせるという前提なのだろうか、と思われたからでもある。でも、私が教えるような人類学とか日本研究は関係あるんだろうか、というと謎だ。いづれにせよ、いかにもモンタナ的なワークショップではありそうなので、ほとんど観光気分で行くことにした。

Miller Pavillionなる大学の施設でワークショップが開かれるというが、それがどこかすら知らない。ネットで探して、案外自宅から近かったことがわかった。

施設の入り口。
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施設の中。大学のロデオチームの練習場所はここだったのか!この施設では、ロデオのほか、馬術のチーム、ポロのチームなども使っているそうだ。そんなに色々あったのか....
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ビデオ録画担当の人がマイノリティっぽかったが、参加者は私を除いて白人だらけ、しかも大部分が女性だった。最初に、講師の一人が、参加者の馬の経験について聞いた。「ゼロから少しだけ」というところで勢いよく手を挙げた私だったが、他にいないのではないか....少し、って感じの人たちはほんのちょっとだけいたが、ゼロは私だけだったのかも。さすがモンタナ。半数以上が「馬経験すごく多い」カテゴリで挙手していた。

ワークショップは前半が数人の講師が10分ずつくらいの講義を行い、後半が実践型、ということで、全部で3時間。

最初に農業教育の教員が、教えたり学んだりする際に馬を使うのはなぜかについてトーク。馬は、セラピー、ライフスキルのトレーニングも含め、様々な教育場面に使われているそうだが、なぜ馬かといえば、馬によって自身の置かれた状況や立場について考えることができるから、なのだという。馬はすぐ人間に応答してくれるから、人の鏡の存在として、馬を見ることができるんだそうだ。要するに、馬の反応などを見て考えることで、人間は自分自身について学ぶことができるのだ、という。馬は餌動物なので、自らの安全や生き残りについて常に考えている。なので、私たちが馬にどう見られているか、馬はすぐフィードバックをくれる存在。コミュニケーション能力を高めるのにも役立つのだそう。こうして馬と共に学んだことを、日常生活の状況に応用していくのが重要、という話だった。

その後、馬を使ったセラピーのプログラムについて、3人ほどがトーク。ざっとまとめると、馬セラピーには、EAGALAとPath Int'l という流派があるらしい。これらの団体が資格を出しているのだという。
EAGALA 1999年に設立
Path Int'l 前身は1969年に設立された、NARHAで、2011年に現在のPath Int'lに改称

EAGALAの方は、人間は乗馬するわけではなく、地面での馬とのアクティビティを通じて、どう馬が反応するかなどに着目しつつ、自身について見つめるというものらしい。必ずEAGALAモデルでは、セラピストと馬のスペシャリストが組んでセッションを行うのだという。馬との関係性から、リーダーシップ、パートナーシップなど関係性づくりのライフスキルを学ぶのだそう。Pathの方もやはり馬を使ったセラピーだが、こちらは乗馬もするらしい。ワークショップでは、ぜひ資格を取りましょう!でもどちらの資格を取るかは、よく考えて決めましょう!と呼びかけていた。とはいえ、馬経験ゼロの私にそんなこと言われても....という感じではあった。

EAGALAの人がセッションやってる最中に、Pathの資格持ってるという人が質問して、EAGALAの人が「あなたはPathの人だからそういうのよ!」とちょっとイラっとした感じで答えていたのが印象に残った。おそらくこの2つの流派、ライバル関係にあったり、中の人たち同士で微妙な対立もあったりするのかなあと。とはいえ、両方の資格を持ってる人たちもいるのだろうが。

その後、馬の科学を専門にしているという大学教員の話。動物を使っての学びというのを専門しており、特に馬なのだという。同じように学びやセラピーで使われる動物に犬もいるが、犬は元々は捕食動物。馬は餌動物な分、より周りの状況に反応しやすく、そのために正直で、かつすぐにフィードバックをくれるがために、素晴らしい教育のツールとして馬が使えるということなのだと、熱を入れて語っていた。アメリカの西部といえば馬だ、カウボーイ文化だ!フリーダムの価値観だ!馬の匂いも何もかもが自分は大好きだ!馬は自分の生活の一部みたいなもので、自分も馬に人生のいろいろなことを教えてもらった、馬すごい!みたいな発言が相次ぎ、とくかくこのひとは馬が大好きなのねえ、、という感じ。と同時に、モンタナという土地柄がにじみ出ているなあとも思った。

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この人曰く、昨今の馬業界には革命とも言える大きな変化が起きたのだという。以前の、馬にいろいろなことをさせて、その結果馬が壊れるかもしれないが、とにかく働かせる的な文化から、馬を尊敬し、ケアして、馬との関係性を築くことをまず重要視し、社会を良くするために馬を活用するといった方向性なのだとか。これには、馬関係業界に、女性が非常に増えたことが関係しているとこの教員は言っていた。女性は自然にケアに向いているし、、などのこの人の発言からは本質論的なものも感じてちょっと違和感は正直あったが、それでも女性が業界に増えた結果、カウボーイ文化的なものから、馬との関係性がより尊敬すべきパートナーとしてのものに変わったというのは興味深かった。

現在、12の大学で、馬を使った学びに関するプログラムが開設されており、27−8の大学では授業が開講されているという。この数は過去4年くらいの間に急増したらしい。馬は、リーダーシップ、コミュニケーション、チームワークを学ぶのに最適なのだということだ。

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その後、ついに馬が登場。沢山出てきた。まずは馬の振る舞いなどを観察しろと言われ、ひたすら見る。馬がどんな音を出しているか、馬が何をしているか、馬がどういった場所とりをしているか、他の馬が走り出すと沢山走るのはなぜか、など、説明を聞きながら馬を観察した。また、周りの環境も常に観察しろと言われた。馬はゴールを持っているのか、それはどういった場合で、馬の振る舞いにどういう影響を与えるのか、リーダーはいるのか、この中ではどの馬がリーダーなのか、馬ー人間の関係では人間がリーダーにならないといけない、馬は繰り返しによって物事を学ぶので、人間が間違えたことを繰り返してしまってはいけない、馬の表情は豊かで、いろいろなものを伝えてくれる、などなど。

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その後、EAGALA方式らしい、馬をつかっての実演エクササイズを、オーディエンスも参加して行った。私も後半のチームで馬が通るところにちょっとした障害物を置いた上で、紐でつないだ馬を障害物を避けて通るみたいなエクササイズには、全員参加だったために参加。

私が参加しなかったのは、子ども用のセッションとして、アルファベットが書いてあるボールがバラバラと地面に置かれている中で、ある単語のスペルに当てはまるアルファベットのボールを拾うというものが一つ。これもやはり、人間が紐を持って馬を連れながら、ボール探しに行って、それを持ってきて集めるという感じ。もう一つは、そうした馬の状況を観察して、クリエイティブライティングとして何らかのストーリーを考えて書く、というもの。

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こうしたエクササイズそのものより、それを通じて、また馬とのふれあいを通じて、自分自身がどう感じたか、どんな問題が見えてきたか、などに重点がおかれている感じだった。

3種類のエクササイズが終わった段階で、ワークショップも終わり。

馬はその辺によくいる土地柄なので、遠くからは毎日のように見ているが、近くに寄って触ったりということはないので、私にとっては牧場見学に行ったような気分で楽しかった面もある。ただ、セラピー的な「どう思ったか感情をシェアしましょう」といきなりあの人工的に作られた環境で言われてもなーというところもあり、なんとなくセッションそのものはイマイチわからなかったというか、苦手感も正直あった。

とはいえ、この辺では、元米兵らのPTSDなどのセラピーなどとしてもよく使われているものらしい。元米兵用のプログラムの紹介もされており、リーフレットももらってきた。Forgotten Soldier Programというもので、様々なセラピーを実施しているようだが、そのうちの一つがこの馬を使ったセラピーのようだ。

結局、私の人類学の授業にはどう使えるのかは謎のままだった。まあでも、この馬大好きな人たちのコミュニティは興味深いかもとは思ったし、「観察」という面からは人類学にも共通する面はあるので、工夫すれば使いようはあるのかも?
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2015/8/19  7:05

坊主マンに帰ってきた!  日々の出来事、雑感

ほぼまる一年、坊主マンを留守にして東京に行っていました。そのあいだすっかりブログもサボりつづけてしまった。。
坊主マンに戻るとちょっと時間的に余裕ができるのもあるので、これを機にまたぼちぼちブログも書いていくかなと思います。こちらのブログは日常の雑感を綴るものなので、軽い感じにて。

ここ数日、坊主マンは山火事のために煙たい日々。私が今住んでいる家からよく見えるはずの山も見えない!今日はだいぶマシになってきて、山もうっすら見えるようにはなっていますが、まだまだくっきりとはいきません。一雨降るといいのだけど。

この時期は暑い日と涼しい日と両方で、昨晩はついに最低気温8℃!華氏だと40°F代です。もうすぐ秋か....

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2014/5/26  8:00

メモリアルデー週末  

いきなり春になった坊主マン。というか夏っぽくもありますが、爽やかな気候です。
今週末はメモリアルデーの連休。金曜の夕方に、学部の集まりがあり、行ってきました。
そこで同僚が持ってきたワインが、なんとAnthropologyという名前のワイン!

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数日前の坊主マン風景。わりと雨がよく降っているので、坊主マンにしては緑が多く、綺麗です。
今の時期が一番緑が多いかも。タンポポも咲いています。

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2014/5/19  6:58

2回目のオンラインコース  

私の大学では、夏学期は前半、後半と6週ずつに分かれていて、今年は私は前半の授業を担当することになった。というわけで、先週月曜から、オンラインでSex, Gender and Sexuality in Japanという授業を教えている。去年は、Popular Culture- Japanという授業をオンラインで初めて教えて、今回が二度目のオンラインコース担当ということになる。

私の大学は、Desire2Learn(D2L)というLMSを使っており、このD2Lのコース用ページを作るのがオンラインコース準備で最も重要なところ。初めて教えるコースはこれで時間がかかるのだが、二度目以降はかなり楽になるのがオンラインコース、だという話し。私は去年、今年と、オンラインではない授業では教えたことがあるが、オンラインでは初めてという授業の担当なので、準備にはけっこう時間がかかっている。

コースサイトをつくったら、あとはオンラインレクチャーの録画、毎週のディスカッションボード機能でのディスカッションへのコメントつけ、クイズやテスト、宿題などを出して、その採点などが仕事。今年は、履修人数が10人で少なく、コメントつけが今のところだいぶ余裕をもってできるというか、これくらいだと1人ずつ丁寧にコメントつけられるなと思っている。去年は20人くらいだったと思うので、ちょっと大変だった。30人いると相当大変になると思う。

オンラインレクチャーは、せいぜい10分くらいがベスト、とオンラインコースの教え方というワークショップをとったときに言われたのだが、いまいち長くなりがちで、いつも20分くらいになってしまっている。10分でレクチャーするために、私自身、もうちょっと慣れと訓練必要という感じ。

ディスカッションボードへのコメントつけも、授業がすすむにつれ、できるだけ学生同士でコメントつけてディスカッションになるようにもっていく感じで考えている。最初は私がかなりつけないと、、という感じだが。

今はちょうどグループプロジェクトとして、3、4人のグループとしてPreziでプレゼンをつくってもらうという宿題をやってもらっている最中。何らかのグループものを学期の初めのほうにしておくのは、前回教えたときも悪くないなと思った。ただ、今回は次のプロジェクトは個人でのものにしようかどうしようか、実はまだ考え中。2度ともPreziプレゼン作成じゃつまらないし、去年使ったWiki作成は評判いまいちだったし… 次の宿題までにあと3週間あるので考えておかねば。

今回のSex, Gender and Sexuality in Japanは、センシティブな題材もはいってくる授業なので、こういう授業をオンラインで行うとどうなるか、というのを試している感じでもある。うまくいくといいのだが。

今日で一週間目が終わり。オンラインコースの場合、毎週くらい細かく評価つけていかねばならないので、明日は一週目の成績つけ。今のところはまあうまくいっているような気がするが、今後もうまくいきますように。

去年と今年のオンラインコースのシラバス、academia.eduのほうに載せておいたので、ご興味ある方はどうぞ。どちらも最初に教えたオンラインバージョンのコースのシラバスということで、今後まだまだブラッシュアップの必要があると思うが。(online version)と書いてある二つです。


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2014/5/17  22:01

昨日のキャンパス  

昨日は夕方は雷雨で大変でしたが、日中はとても爽やかですばらしい天気でした。
そんなわけで、キャンパスの写真を数枚掲載しておきます。

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これが私のオフィスがある建物なのですが、ここの工事と、あとこの建物の裏でやってる、ビジネススクールの建物の建設工事とダブルパンチで、うるさいこと。。オフィスで静かに仕事するのは難しい状況に陥っております。
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2014/5/13  12:45

高橋哲哉さん「犠牲のシステム」についてのご講演の英訳を出版  

高橋哲哉さんによるシカゴ大学で2012年3月のご講演 What March 11 Means to Me: Nuclear Power and the Sacrificial System の英訳が出版されました。高橋さんが今月に書きおろされたPostscriptも加わり、翻訳者であるノーマ・フィールドさん、宮本ゆきさんと私が書いたIntroductionも付随されています。

ノーマ・フィールドさんがシカゴ大学から退職される際の記念シンポジウム、What March 11 Means to Me でのご講演です。日本から5人の研究者や運動家の方々がいらっしゃってのシンポ。2日間にわたり、とても深い議論が行われました。このシンポについては、雨宮処凛さんも記事を書いていらっしゃいます。

このシンポで、私は、デュポール大学の宮本ゆきさんとともに、この高橋さんのご講演の通訳を勤めさせていただきました。ビビりながらの通訳でしたが、なんとか乗り切ったという感じ。観客の方々も含め、和気あいあいとした雰囲気で、つまったら誰かが助けてくれる、という心強い環境でもありました。こうした、通訳や翻訳、そしてそこでの「ことば」をものすごく重要視するシカゴ大学の日本研究のあり方は、ノーマさんの貢献がとても大きいように思います。

今、なぜこの文章の翻訳を出すことになったか。Introductionに書いたのですが、このブログの前回のエントリに書いた、私のオクラホマ行きがきっかけとなりました。そこで私のトークにいらしてくださった、ピーター・バーカーさんという科学史の教授が、私がトークの中で言及した高橋哲哉さんの「犠牲のシステム」概念についてもっと知りたい、ご自身も原子力に関するご研究をされておられ、またご自身の学生さんである、アシュリー・マクレーさんの研究との関連が深いように思うからだ、と仰って、翻訳の出版をご提案くださったことがあります。そして、ピーターさん、アシュリーさんとメール交換をする中で、アシュリーさんは、ラコタ族の方で、ラコタ族がウラン採掘により水など生活の場が汚染され、いかにアメリカという国、そして核兵器や原子力業界の犠牲に成り続けてきた、そうした中での闘いについて博士論文研究をされているとのこともわかりました。そうした状況を考えるのに「犠牲のシステム」というコンセプトは有用と思われる、と、ピーターさん、アシュリーさんともに考えられたようです。

こうした、日本のみならず、アメリカ、またそうした国境をこえた「犠牲のシステム」について広く考えていくために、英語読者にもぜひ読んでいただき、問題について多くの人たちと一緒に考えていくことができたら、、とそんな思いで翻訳させていただき、イントロダクションを書かせていただきました。

それにしても、高橋さん、ノーマさん、ゆきさんと、こんなすごいメンバーの中で私がはいっているのは肩身が狭い…という面もあったりしますが、でも一緒に仕事をさせていただき、本当に様々なことを学ばせていただいた、貴重な機会でした。
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