2011/4/10  9:18

大学での原子力問題フォーラム  原爆・核・原発問題

4月5日、火曜の夜に私の勤務する大学にて、Atomic Age Forumと題した、核問題についてのフォーラムを開いた。私の大学の学部の卒業生(現在同じ大学の別学部の院生)が日本の地震があったときに連絡をしてきてくれ、会話の中でシカゴ大学のThe Atomic Age: From Hiroshima to the Presentのサイトをたしか紹介したのだと思う。それに刺激を受けて、コンセプトが重なるテーマで、でもこのモンタナ州立大学という場所でできる範囲で何かフォーラム開こうという案に発展した。学生主導で企画されたイベントだった。シカゴのイベントと類似のテーマかつタイトルではあるが、シカゴ大学のイベントをオーガナイズしている仲間たちにも気持よく賛成してもらえた。むしろ、"Atomic Age"と題したイベントが様々なところに広がっていったらいいよね、と。

おそらく全米のいろいろな大学で日本の地震や津波に関するイベントやファンドレイジングは行われていることだろう。だが、原子力問題に焦点化し、人文・社会科学的視点から議論するというイベントというのはまだそんなに多くないのではないかという気がする。もちろん、原子力関係や工学関係専門の人たちが解説する系統のイベントはやっているとは思うが、この問題を技術的観点のみではなく、人文や社会科学の視点から議論することが、政治的に必ずしも現在のアメリカにおいて簡単なことではないという事情もあるように思われる。

とりあえず、このイベントに関しては、お金もないし(予算ゼロ)、時間もないので、できる範囲のことをやろうということで、関連するリサーチをしている教員と、企画者の学生によるプレゼンと、会場議論というスタイルをとることにした。学期も後半に入り、平日の夜のイベント、かつ宣伝にかける時間もなかったので、人がくるのか心配だったが、蓋をあけてみたら20人強ほどきてくれたように思う。学部生や、スタッフ、一般市民の姿も。こぢんまりしたイベントではあったが、そのぶん議論や質疑応答はしやすい雰囲気。

私がまず福島の現状を紹介。持ち時間が10分だったので本当に簡単にさらうだけになってしまったのだが、現在でている被害の状況、福島でつくられた電気は結局東京など都市部で使われていること、原発を建てた背景にみえる地方格差の問題、そういう状況に置かれた人たちの声が届きづらいこと、原発労働者の問題、「科学者」やメディアの役割、などを指摘した。私の次には日本文学の教員のピーター・ティラック氏。震災後に出された、大江健三郎や柄谷行人らの文章を紹介し、日本の戦後史の中に位置づけるみたいな感じ。その後に私の同じ学部の教員のラリー・カルッチ氏。彼はマーシャル諸島における米軍核実験の影響を何十年も追い続けてリサーチをしてきた人類学者。度重なる核実験の結果、マーシャル諸島の人たちがうけた影響についてをレビューしてくれた。(これはかなり印象に残るものだったので、別エントリにて軽くまとめようと思う。)その次がイベントを企画してくれたフランス人の院生、アレックス・マニゴールト氏。フランスがいかにド・ゴール以降、原子力に頼っており、原発が「安全」なものかというキャンペーンや教育がはられてきたかの話。最後に歴史学者のジョッシュ・ホウイ氏が、アメリカにおける環境問題に関わる人達の、福島の件を経ての議論や言論を分析した。環境運動家といっても、原発反対の人たちから、温暖化をストップさせるために原発推進と信じている人まで様々ではある。その中で、福島で原発に関して何が変わるかと問われたアメリカ人環境運動家たちは「何も変わってないし、変わらない」という答えが多かったという。「スリーマイルがあっても、チェルノブイリがあっても変わらなかったのだ。フクシマで変わるとは思えない」と。さて、本当にそうなのだろうか?たしかにアメリカでは、もはや日本の地震も津波も、原発事故でさえもニュースのヘッドラインではなくなり、人々の記憶から薄れ始めているようでもある。しかし本当に他人事といえるのか。

プレゼン中や、その後の議論でよくでてきたポイントとして、「戦争」と「平和」というのは我々が考えるように、正反対の状態だとか、二極分化のようなコンセプトなのかどうかという点があった。原発はあくまでも「平和的」というスローガンのもとで推進されてきたのに、と。また、核実験にしろ、原発にしろ、甚大な被害を被るのは、力を奪われた状態にあるコミュニティの人たちだとも。マーシャル諸島の住民たちにしろ、米国での核実験の被害をうけたネバダ近隣のネイティブアメリカンにしろ、原発の近所に住んでいる人たちも。そしておそらく福島の人たちも。

後日、イベントにきてくれた大学スタッフの人が、自分は冷戦時代に育って、いわゆるDuck and Coverの練習を盛大に学校でやらされてきた世代だ。あそこまで、「核兵器」というものへの恐怖を植えつけられてきたのに、逆に原発は「安全」だと思い込まされてきて、それはなぜなんだろうと考えさせられたといっていた。彼女の東海岸に住む親戚のお宅の前の川を超えたところに、原発がそびえたっているという。

聴衆としてきていた人の中に、科学者の人がいて(専門はわからないが)、その人が必死に原子力を擁護していたので、かえって議論が盛り上がった面があったかもしれない。放射能の被害といっても福島もそれが原因で亡くなった人はいないし、とか、水銀による被害と放射能と何が違うんだとか(もちろん水俣病と共通する問題はあるのだが)、火力発電とかいってもオイルは漏れるし(アメリカ人にとって、オイル漏れの記憶は新しい)、風力といっても風車倒れるかもしれないし、、などの意見もあって、がっつりそういった意見を説得はできなかっただろうし、それには時間が足りなかったともおもう。でも、少なくとも、分野を超えたディスカッションの機会、しかも学部生や市民を巻き込んだ議論を「始められた」という面で、ものすごく貴重な機会だった。企画してくれたアレックスには心からのお礼を言いたい。

そしてアレックス、「何も変わってないし、変わらない」のではなく、「変えられるんだ。その始まりがこのフォーラムでもあったんだ」というのが、このフォーラムを終えての感想であると言ってきた。私もそう思うし、そうしなくてはいけないと思う。
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