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投稿者:しゅう
Rさんからメールでいただいたコメント

『 男子の溲瓶での尿排泄の句ではないかと思いました。冬ぬくい日と、ぬくし、素手で漕ぐ、から、切迫や緊張のない状態の、床かベットなどでの、ある意味では、そんな中でも自己の意志で排泄できる、それはある年齢に達すれば、とてもうれしいことです。
 下を人の世話になるのはとても辛いことです、これは、どこか、ゆったりとしています。
 また、しみじみとしつつ、ユーモアのあるような、温かさも感じられて、男の人らしく溲瓶の形を泌尿器船と見立てるところが面白いです。女子のそれでは少し違うように思います。
 素手で漕ぐ、は、動作が、ふとそんな感じかと思います。
 歳をとっても、病気しても、パルーンゃらで、導尿されるのとは、まったくことなり、また、おむつも同様。自己排泄で小用ができる元気と喜びを、しみじみと温かく、さらりと詠んだものかとおもいました。

金井秋彦氏の推していた歌に思いがひっかかり、本を探したら、有りました。

  ・尿器の蓋咥へて開けし侘びしさも癒えて淡あはと日の過ぎてゆく 
          
   これを思うと素手で漕ぐのも、なにか、元気のある平安の喜びとも思えるのです。
ゆまりの句が、このように詠まれ、生まれることは喜びと思いました。』

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