2005/5/16
岩波新書の「詩の中にめざめる日本」真壁仁編著(1966年、)古書で見つけた本に、光岡良二の詩を見つけた。
岩波の「伝説」には誤植が多い、ハンセン病文学全集にもこの詩は収録されているので、全集の方が正しいように思うので、詩は、そちらを引いた。
私は、この「伝説」は、たいへんに面白い詩だと思います。真壁仁のコメント「滅びのイメージ」も引いて、紹介をしようと思う。
厚木 叡 ・ 伝 説
ふかふかと繁った森の奥に
いつの日からか不思議な村があつた
見知らぬ刺をその身に宿す人々が棲んでゐた
その顔は醜く その心は優しかつた
刺からは薔薇が咲き その薔薇は死の匂いがした。
人々は土を耕し 家を葺き 麺麭を焼いた
琴を嗚らし 宴に招き 愛し合つた
こそ泥くらゐはありもしたが
殺人も 姦通も 売春もなかつた
女たちの乳房は小さく 含まする子はいなかつた
百年に一人ほどわれと縊れる者がゐたが
人々は首かしげ やがて大声に笑ひ出だした
急いで葬りの穴を掘り 少しだけ涙をこぼした
狂つたその頭蓋だけは森の獣の喰むに委せた
いつもする勇者の楯には載せられなんだ。
戦ひはもはやなく 弩(いしゆみ)とる手は萎えてゐた
ただ時折り密かな刺の疼きに呻き臥すとき
父祖達の猛々しい魂が還つて来て
その頬を赭く染めた
宵ごとに蜜柑色に点つた窓から呻きと祈りの変らぬ連禱(リチユアル)が
香炉のやうに星々の空に立ち騰つた
幾百年か日がめぐり 人々は死に絶えた
最後の一人は褐いろの獅面神(スフインクス)になつた
崩れた家々をきづたが蔽ひ
彼等が作つた花々が壮麗な森をなした
主のない家畜どもがその蔭に跳ね廻つた
夕べ夕べの雲が
獅面神の双の眼を七宝(しつぽう)色に染めた
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
滅びのイメージ
伝説の村はやがて滅ひる存在のイメージで
あろうか。からだに刺をやどす人々、その人
たちの顔は醜いが、心は優しいという。剌か
らは薔薇が咲き、その薔薇は死の匂いがする
という。もっともみにくいものともっともう
つくしいものが一つになっている世界。
自ら存在を絶つ自殺者もたまにはあったが
それは狂ったものとして葬られ、頭蓋は獣の
餌食にされた。すっかり萎えたその手の疼き
にうめきながら生きようとする。琴を喝らし、
宴し、愛しあう。しかしやがて人々は死に絶
えるのである。最後の一人はスフィンクスと
なってのこった。それは眠りにおちた神々を
守護するかのようにうずくまり、タべのひか
りにその眼を七宝色に染めた。
厚木叡は一九一二年兵諏県生まれ。三高を
経て東大美学科中退。在学中ハンセン氏詞に
かかって多摩全生園に入園した。四二年退所
して会社員、教師、通訳などをしてはたらく。
四八年再発入園した。そして五二年以来ライ
予防法促進委員会活動に従っている。この詩
は大江満雄か編んだ日本ライこ71・エイ
ジ詩集『いのちの芽』(三一書房)にとりあげ
ている九篇のなかの一つである。大江は「厚
木には知的な意志的な方向感がある」と言い
日本のライ詩人のなかでは第一人者として推
している。たしかに絶望の渥からたちかえっ
た人の感得する生のふかい把握と、それをた
しかなものにすることばの思慮にみちたはた
らきを示してくれる人だと私も思う。この詩
人は『ライ園を世離れした畸型的な別世界と
してではなく現実の生きた社会の中に据えて
眺めなければならない。ライ園文化というよ
うないい気な呼び声はライ園のほんとうの成
長解放にとって危険だ」といっている。社会
保障が不十分なうえ医療合理化がぎりぎりお
しすすめられている中で[伝説]の主人たち
の生きる道はけわしい。(真壁仁)
・・・・*・・・・*・・・・*・・・・
村井メモにも、光岡の詩は「少年」を取り上げている。
少年より、伝説の方が、私には、とても魅力的です。
少年は、最後の連が甘く結んである、そこに、光岡の人間性の特徴が出ているのでしょう。光岡のことを、義兄の原田嘉悦は、光岡の甘さを皮肉って「かれはすべてに優秀だが、ただ無精卵だ!」というようなことを言ったと山下道輔さんから聞いたことがある。
人間的な甘さが、「伝説」では、いい形に、ファンタジーのような、幽玄の世界に結実したように思う。
宮崎アニメに出てくるような、「伝説」の社会が描かれている。
東條や、北條は、生き急いだ。光岡は、当時、そんな彼らを冷静に分析できる余裕を持って生きた。その、光岡だから書けた詩のように思う。

3
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:しゅう
投稿に、コメントを頂けるのはほんとうに珍しいことなので、うれしく思います。
>「棘をもつ人間」の着想はすばらしいですね。
ほんとうにそうですね。
宵ごとに蜜柑色に点つた窓から呻きと祈りの変らぬ連禱(リチユアル)が
香炉のやうに星々の空に立ち騰つた
ここが特に美しいですね。
彼等が作つた花々が壮麗な森をなした
主のない家畜どもがその蔭に跳ね廻つた
ここに意味するものがあるのでしょうか? 何なのでしょうか・・
会田綱雄にも、「伝説」という詩があるのですね〜 それも面白いですね。 会田の「伝説」は、佐々木幹郎の「木」と言う詩に通じているなって思いました。あとで、東風にでも引いておきますから読んでみてください。
昨夜は、ここが開かなかったです。時折とても開くのが遅い、TEA CUPは不安定です。
投稿者:葉山
すばらしい物語ですね。
これまで、会田綱雄とか粕谷栄市などの詩(散文詩)が好きで読んできましたが、
「棘をもつ人間」の着想はすばらしいですね。
真壁仁の名も久しぶりです。