2011/3/3  18:23

like a car race  MUTTER

「8時間耐久演説」と書いたボードを足元に置いて街頭に立つ市議会議員を見かけた。
朝から夕方までやるつもりなのだろうが、8時間耐久しててそれが何だ。
それだけ長い時間話せるような濃いマニフェストだと言いたいのか、それだけ長い時間立ち続けて市民に訴えかけている自分を見てほしいのか。


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いずれにしても忙しく駅に向かう人たちがその演説を聞けるのはせいぜい20秒ほどで、その合計時間がいくらであろうとまったく関係がない。
マニフェストを純粋に分からせるという意味では主張を短絡化してボードを置くだけで良いはずである。


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8時間の耐久という看板を立てたなら、行き交う人々は街頭に立つその人自身よりも8時間というインパクトだけを受けて終えてしまう。
「へー、そんな長いことやるんやー…」だけ。
もしかすると彼はそのインパクトから名前を覚えてもらうことを期待しているのかもしれないが、個人的にはそれには効果がないと感じている。
実際今彼の名前を思いだすことはできないし、なんだかとりあえず滑稽なのだ。
いかにも「ぼくこんな頑張ってるんですよ」感が出ていて、それよりも中身を伝えろよと思ってしまう。
思っている間に拡声器からの声はすでに聞こえなくなっている。


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でも元から聞いていない。
本当のことを言うと、最初から何も聞いていないのだ。
というよりも聞こえていない。音楽機器を繋いでいるせいで。
でも多くの人がそうだと思う。
だからなおさらボードの使い方が重要になるのではないかな。
と思うわけであります。


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なぜぐだぐだこんなことを考えるのかというと友だちの父親が市議会議員に立候補しているからである。
身近な人が政治に関わるのは初めてで、その人はとてもいい人なのだと知っているけれど「政治家」となることに少々の不安を抱く。
政治家にはマイナスイメージを勝手に抱いている。
「特定の誰か」ではなく、「政治家」がうさんくさい。
だから何も知らないくせに「青色だかオレンジ色だか知らないけど政治家色に染まってほしくない」なんて言うのだ。


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でもそれも偏見だと知っている。
なのに警戒してみせるのは今の日本の政治家がだめだから…と偉そうに言えるほど詳しくはない。
誰でも首相になれて誰でも首相になれないような日本をどうしていくのか。


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ということを話したいわけではないので戻すが、とにかく自分の知った人が議員になろうとしている今はひどく複雑な気持ちである。
とりあえず今朝見たような奇妙な頑張り方をする人にはなってほしくない。
全力で応援をしようと張り切っている彼の友人である母だが、マニフェストもよく知らないままに票を入れるのは間違っているよなぁと思う。
当たり前のことではあるがあまりに近い人がなるとそうではなくなってしまうのかもしれない。


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「政治家」への悪いイメージを彼が変えてくれるといいのだが。
結局そんなことを願っている。

2011/2/27  9:44

顧問扇子  MUTTER

別に寝なくてもいいやと思えた期間はゆき過ぎて、今はその間の睡眠時間を取り戻すかのように眠りたい。
でも瞼は早めにその役目を終えたいらしく、外の音を敏感に聞き取ってはその五月蝿さに目を覚ます。


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ピーポー ピーポーという音が遠くからやって来て、「あぁ誰かに何かが起こったのか」そう考えながら耳にしていると思わぬ近さでそれが止まったとき。
不意を突かれたような気持ちになる。
″誰か″が急に駆けてこちらに近づいてきたようで、現実味を帯びて形を作り出す。
実際に自宅を出て誰かを確認しに行くことはないにしろ、その日は隣人と会話をするにもどこか緊張している。
何か悪い事実を聞き入れてしまいそうで。


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という話をすると、「よう近所に救急車止まったくらいでいちいちそんな気にかけてられるなぁ。急患っていってもそんな大事じゃないかもしれんのに」と言われる。
でも自分からしてみれば、幼い子どもが被害に遭ったり大勢の人が事故で亡くなったりしたニュースを見て「可哀相やなぁ」と言える人間の、いちいちの心配の ようなもの のほうが賛美するに値していると思えるので返答に困った。
もし本気で心配してるのならアフリカの貧困民のニュースをバックに悠々とご飯なんて食べてられないだろう。
だから結局、それは反射的なものであり、毎日のマスメディアから知らされる出来事への心配の度合いは自分の生活を乱さない程度にうまいことコントロールされているのかもしれない。
とりあえず「可哀相」と言ってるのではなく、あまりにそういう感情を抱かせるものが多いために人ひとりの中の「可哀相」の配分が細かくなっていて、その理由で人を想う意味を持つはずのそれが時にはむしろ薄情な台詞に聞こえたりするのかもしれない。


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「可哀相」と言うこと自体が可哀相でいただけない。
という台詞を吐くことが温かみのある人間であるように捉えられている。
だからそれを口にしそうな人の前では「可哀相やなぁ」と迂闊には言えない。
言ったところで意味がない。
本当に思った感情を″いただけない″ことにされてしまう。
ならば「可哀相」という言葉は「可哀相って言うと余計かわいそー…って言うのもなんか悪いわー」と言うためにあるのか。
本当の「可哀相」という感情は、他の言葉を紡いで重ねて説明すべきもっと複雑なものなのか。
だから「可哀相」という言葉は批判していいような軽々しい言葉に聞こえるのか。


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勘違いされていることを分かってほしくて「そうじゃなくて、本当に…」と言い出すと決まって「こっちが言うてることが図星やからそんな弁解してるだけやろ」と聞き入れてもらえない。
その場合、自分の気持ちは勝手に他人よって決定されることになり、「なんで決めつけんねん」というやる瀬のない憤りや落胆とともにもう2度とは口に出すことのない話題となってしまう。
再度「だから違うってば…」と言っても、こいつは本当のことを隠していたいだけなんだと思われる一方だからだ。
本当のことをたった今話そうとしているのに。


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一般常識を持つ頭で解釈された勘違いはそれを否定しようとも、勘違いされた本人とは無関係にコンベアに乗って動き出し、常識でまとめ上げられてしまう。
コンベアは″一般的な考え″で作られていて、自分がアメリカ大統領のように世界中に影響を及ぼせるような偉大な人物でない限りそれはどうしようもない。
「可哀相」という言葉が軽々しく聞こえてしまうのは自分を含む皆がそれを一般的な考えにしてしまったからだ。


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でもだからといってそれでは本当の気持ちは存在しないことになる。
自分さえ自分の気持ちが分かっていればいいなんて格好悪いことは言ってられない。
言葉を聞く前から常識を持っている人間たちは一旦はそれをなくすべきだ。
何か大切なものを見落とす気がする。
見落としている気がする。

2011/2/20  14:49

鋭い鎌は15セント  MUTTER

あれ、何書こうとしてたんか忘れた。
あぁ、春になったらワントゥワンに登録しよう。
早く春になればいい。
花粉が飛ばなければ、いい。
新しいメールアドレスとホームページの名前は決まっているがやり出す気になれない。
閉めまくってひとつにしようかな。
垢は2つくらい持っていたいかな。
その気持ちも分かる。
わたしも呟いてはいるが挙手していいものか悩んでいる、距離をはかっている。
机の下、膝の上の手はやはり小学生の頃からずっとそこにあるのだ。

2011/2/7  18:28

ALL ways gona love you  MUTTER

イギリスでは子どもの勉強は家庭で親が教えることが多いんだって本に書いてあったよ、と話したら母に「あーほんならもしイギリスに生まれてたら母さんらはジャマイカに引っ越さないとあかんかったな。良かった―、日本人で。引っ越し代かかるやん」と言われた中学2年の冬。
別にかならず家庭で教育しろってわけじゃないからね。
しかもなんでジャマイカ。


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[今日うれしかったこと]
昼御飯が久しぶりのカップラーメンと肉まん、おにぎりだったこと。
好物。

[今日悲しかったこと]
ゲイリームーアが亡くなった。
彼のバラードが好きでした。

[今日びっくりしたこと]
まだクリアしてないFF7 COREのEDをYouTubeで見てる自分が居たこと。
泣けた。

[今日アンニュイだったこと]
トイレットペーパーが最初から無かったこと。


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ゲイリームーアが死んだ悲しみを伝えきれてない、そんな気がするMonday
人間とりとめもないことでうれしくなれるから不思議よね。
炭水化物。



2011/2/5  18:19

ハインリッヒーズの歌  MUTTER




ラーメンズを見て過ごしたSaturday
ラッセーラ ラッセーラ
神輿で気持ちを晴らっせーら



[お前との会話に勘弁してください]だよ!



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