□村上春樹の「トニー滝谷」
村上春樹氏の短編「トニー滝谷」の主人公、トニー滝谷にとって「孤独」は
「人生のある種の前提」でした。母親は彼が生まれてすぐ亡くなり、トロン
ボーン奏者の父は家によりつかず、トニー本人も他人との間に壁を作り、
ひたすら細密な絵を描き続けていました。
そんなトニーが突然恋に落ち、結婚。彼の「孤独な時期は終了した」ように
思えた。が、綺麗な服をみると買わずにはおれなかった15歳年下のやさしい
妻はあっというまに死んでしまった。衣装部屋一杯の「サイズ7の洋服」を
残して...
トニー滝谷は「サイズ7、身長161cm 靴のサイズ22cm」、妻と同じサイズの
アシスタントを募集します。「妻を失ったという事実」に慣れるために。
応募してきた少女は衣裳部屋で無数の高価な洋風を目にして、突然、理由も
なく、泣き出した...
淡々とした、多分に余白のある村上氏の叙述は見事です。最後の一行を読み
終わった時、私はポツンと一人取り残されたように感じました。
□市川準監督の映画「トニー滝谷」
市川準監督の映画「トニー滝谷」はまるで文庫本のページを1ページずつめ
くっていくような映画でした。市川監督自身「表情のない、ノッペラボーの
ような」と評した村上氏の原作を至芸ともいえる技ですくあげることに成功
しています。
トニー滝谷を演じたイッセー尾形、語りの西島秀俊、坂本龍一のピアノ..
一つ一つが「自然にそこにあるように」はまってなんともいえない感興が
生み出されていきます。
そして圧倒的な印象を残すのが宮沢りえ。亡くなった妻と洋服を手にとって
泣き出した少女の二役を演じ分けながらそのつながりを保つという至難の役
どころをぴったりと演じています。やはり今最も注目すべき女優さんですね。
原作はプツンと切れるように終わってしまいますが、映画はちょっとニッコ
リするような余韻を残してエンディングになります。そして見終わった私も
多分ニッコリしていた、と思います。
※「おとゲー」2005/10/14号掲載

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