□「小林政広」の生き様
「僕の髪が肩までのびて、きみと同じになったら〜」。吉田拓郎の「結婚し
ようよ」が大ヒットした1970年代初頭、林ヒロシというフォーク歌手がデビ
ューしました。遅れてきたその青年はメジャーになることなく、82年
「名前のない黄色い猿たち」の受賞をきっかけにシナリオライターに転進。
96年の「CLOSING TIME」を皮切りに精力的に映画を作り続け、映画監督
「小林政広」として日本映画、初の3年連続カンヌ国際映画祭出品という快
挙を果たしたのでした。
そんな小林監督が日々の思いを語る
ブログ「ボクの映画渡世帖」が良いで
す。
「何かを始めようとするときに一番必要なのは、勇気だ。
それしかないと、思う。
失敗を恐れていては、何も始まらない。」
本当に自分の作りたいものを作るため、大手の傘下に入ることをよしとせず
お金をかき集め、「最強のプライベート」として映画を作り続ける小林監督
の生き様に惹かれました。
□映画「バッシング」の落胆
そんな小林監督の
最新作「バッシング」が公開されるというので大きな期待
をもって渋谷の映画館「イメージフォーラム」に向かいました。
「バッシング」は、主人公高井有子がボランティアしていた中東で人質にな
なり、開放されて帰国した後の日常、周囲の悪意と軽蔑にあふれる「バッシ
ング」の様が苫小牧を舞台に描かれます。度重なる嫌がらせ、職場はクビ、
父親は解雇され自殺...なんとも暗くて重いテーマです。その上、有子が
いかにもバッシングされそうな性格。身勝手で、周囲とのつきあいができず、
ブチブチを鬱積を撒き散らす...
映画自体もよくいえば「行間がある」、悪くいうと「独りよがり」。ラスト
のシーンで有子はまた中東に向かうのですが、楽しさも感動も余韻もないま
まプツンと映画は終わります。苫小牧の海と有子を演じる占部房子の「表情」
は見事ですが、正直かなりがっかりでした。
□ミニライブの夜に
すっきりしないまま日にちが過ぎました。モヤモヤがちょっとずつふくらん
でいき...結局また「イメージフォーラム」に行ってしまったのです。
この日は上映にさきだって「占部房子×小林政広ミニライブ」イベントがあ
りました。小林監督の歌はまさに70年代のフォークソング。巧いとはいえま
せんが、心の中からわきでることばをストレートに歌ってくれました。占部
さんは映画の有子よりはるかに魅力的でその表情も、照れながらの歌もびっ
くりするくらい素敵でした。是非歌手としても活動してほしいです。
ライブの後、二度目の「バッシング」をみながら最初は読めなかった「行間」
がわかってきたし、共感できなかった有子の気持ちにも近づけたと感じまし
た。そして思いました。この映画は30年前に自分で詩を書き、曲をつくり、
唄うことにこだわった小林監督の「フォークソング」なんだと。商業主義や
プロデューサーや製作委員会などの不純物の混入を断固として拒んだ一人の
映画監督の「最強のプライベートフィルム」なんだと。
この文章を書いている今、またフラフラと小林監督と「バッシング」を見に
いってしまいそうな自分を感じています。なんと不思議な力のある映画、な
んという恐ろしい、そして魅力あふれる映画監督でしょう。
※「おとゲー」2006/7/7号掲載

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