□名作の「復刻」
手塚修虫の衣鉢を継ぐ現代漫画の「巨匠」浦沢直樹。代表作をきかれれば
「YAWARA!」や「MONSTER」「20世紀少年」をあげる人が多いと思いますが、
私にとってはなんといっても1980年代半ばから90年代にかけてビックコミ
ックオリジナルに連載されていた「パイナップルARMY」そして「マスター
キートン」。
「パイナップルARMY」の主人公、ジェド・豪士は元傭兵で奇跡の精度でグ
レネードランチャーを操る「戦闘インストラクー」。「マスターキートン」
の平賀=キートン・太一は、オックスフォード大学を卒業した考古学者で
保険調査員、そしてサバイバル術の達人。
ユニークな主人公の魅力、緻密なシナリオ、人情の機微...そんなコミッ
クの「至宝」が「マスターキートン完全版」として復刊される。それも雑誌
掲載時の4色2色ページを完全再現したA5判の豪華版!オリジナルの全18巻を
所持している私もちょっとお高い1,300円の壁にめげず既刊の1-5巻を購入
したのでした。
□ヨーロッパの「香り
雑誌掲載時も含めてこの20年あまりの間に何度も読み返しているはずです
が、「マスターキートン」のその輝きは少しもくすむことはありません。
キャラクター、ストーリーに加えて、連載当時から感じているのが多くの
話数で舞台となるヨーロッパの国々、イギリス、イタリア、スペイン、ギ
リシャ...の魅力。残念ながらヨーロッパには20年以上前に一度いった
きりで縁の薄い私ですが、石畳の町並み、渋いオヤジのいるカフェやパブ、
そこで出される料理などの細やかな描写から立ちのぼる「香り」には憧れ
を感じます。
そして老若男女、善人、悪人、警官、学者、企業戦士...ヨーロッパ人
の顔を描く浦沢氏の画力、中でも老人の描き分けが出色です。「貴婦人と
の旅」で登場する老女ルイズ、「屋根の下の巴里」のキートンの恩師、ス
コット教授の表情は忘れがたいです。
□「マスターオブライフ」にはなれないが
「お父さん、マスターオブライフ(人生の達人)どころか、自分の人生も
わからない。」
自分の母親の故郷、イギリスのコーン・ウォールを娘の百合子と訪れたキ
ートンは少年時代の思い出を娘に話した後、ポツリをつぶやきます。
この百合子もキートンの父親で動物学者の平賀太平も実に味のいいキャラ
クター。私の目からみると、キートン一家はみな人生を楽しみ、いつくし
む「マスターオブライフ」に思えます。
優れた知力と技術をもち、考古学という大きな夢をもち、いつも少年のよ
うな好奇心と情熱をもっているキートンは多くの大人のあこがれでしょう。
私はマスターオブライフどころか、日々の生活に追われる一般人ですが、
「マスターキートン」を読みながらキートンのように人生と家族をいつく
しんで暮らしていきたいと思っています。
※「おとゲー」2011/12/11号(第596号)掲載

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