□「山田洋次」の「東京家族」
日本映画の金字塔、小津安二郎監督の「東京物語」をモチーフに「寅さん」
シリーズの巨匠、山田洋次監督が制作した「東京物語」。
橋爪功、吉行和子、夏川結衣、中嶋朋子、妻夫木聡、そして蒼井優...
山田監督「監督50周年記念作品」ならではの豪華なキャスティングです。
「3.11」後の東京を舞台に芸達者、演技巧者のベテラン俳優たちが繰り広
げる「家族」の物語。が、冒頭、ぎこちない、セリフも所作も不自然な感
じが強く漂っていました。1カット、1カットに細部までこだわる山田監督
の演出が過剰なのでは、と感じていました。
ところが、物語が進むと、精緻に正確に積み上げられたカットが力を放ち
出す。観客の感情を大きくゆさぶり、涙がとまらない...81歳の「巨匠」
の技と芸、その映画への情熱にうならざるをえませんでした。
□「母」と「息子」の間
瀬戸内海の小島から東京に住む息子、娘を訪ねて上京する老夫婦を演じた
橋爪功と吉行和子。頑固で堅苦しい、でも家族思いの父親、限りない優し
さと愛情で家族を包む母親。「この歳になって(山田)監督と仕事をでき
てよかったと吉行さんと手をにぎりあった」(橋爪)という二人の演技の
冴えはさすがです。
生活も収入も安定しない妻夫木聡演じる末っ子の彼女(蒼井優)を紹介さ
れ、息子に馴れ初めを尋ねるときの母親の柔らかな表情が素晴らしい。
ちょっと照れたような息子をみる幸せな眼差しの「感じがいい」です。
そしてその翌朝、物語は暗転。母親は突然倒れ、意識を回復しないまま息
をひきとります。
「母さん、死んじまったぞ。」ポツンと語る父親、号泣する息子...
3年前に亡くなった母親のことを思い出しました。
□「ユキちゃん」の「未来」
妻夫木聡の末っ子と彼女の蒼井優は、母の遺骨をもって瀬戸内海の島に戻
る父親に同行する。島での葬儀が終わり、そそくさと東京に戻っていく長
男と長女。数日後、島を去る蒼井優を呼び止め、父親が話しかける...
蒼井優は息子の母、父からみて「感じのよい」娘を普通に演じていて、い
つもながら画面の中でスッと立っているさまは演技を越える何かがありま
すね。義理の母になるであろう吉行和子との初対面のシーン、島を去る間
際の橋爪功との別れの場面は圧巻です。
この映画に救いと希望をもたらしているのは、殺伐とした東京と対置され
る美しい島と隣家に住む中学生の少女「ユキちゃん」の優しい心根。ユキ
ちゃん役の荒川ちかは横浜出身のようですが、一人暮らしとなった父親に
対する瀬戸内海の島の娘の暖かさをすっぽりと表現していて感心しました。
「ユキちゃん」が大人になり、子どもをもつ何十年後の日本は、家族はど
うなっていくのでしょう?その答えはきっと何十年後かに次の「東京家族」
の物語が、未来の山田洋次が語ってくれるでしょう。
※「おとゲー」2013/1/20号掲載

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