故・辻邦生の文章の素晴らしさにうたれてビクトル・エリセ監督の
映画「マルメロの陽光」を見に行ったのが長女が生まれてすぐの
1992年のこと。
現代スペインを代表する画家、アントニオ・ロペスの日常と創作活動
を追ったこのドキュメント映画は、辻邦生が語ってくれたように
「人生は目的のためではなく、その過程を楽しみ愛しむためにある」
そのことをロペスの生き様を通して穏やかにみせてくれました。
それから20年経った今年、そのロペスの大規模な個展が開催されると
きいて、人間ドックの後、バリウムでゴロゴロするおなかをさすり
つつ渋谷の Bunkamuraに行ってきました。
圧倒されました。
「写実」という言葉の意味を改めて思い知らされたように思いました。
風景、街、家族、静物...対象にたいするなんという肉薄、それを
表現する驚異的な技巧。
9歳のころの長女を描いた「マリアの肖像」。
少女の愛らしさもさることながら鉛筆1本で書き出したコートの質感
の表現がすごすぎる。
同じく鉛筆で建築中の建物を描いた「美術修復センター」。
建物の重量感、生きているかのようなライブ感にただ驚くばかり。
3次元の「写実」を追求した木彫、「男と女」
オーソドックスな立像なのに、あまりのリアリティに恐怖を感じる。
今でも動き出し、言葉を発しても不思議ではないようでした。
アントニオ・ロペスという天才と同時代に生きるこの幸せ。
全ての美術愛好者、人生の時を愛おしむ方にお勧めします。

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