2012年10月14日。高田馬場AREAにて、THE ZOMBIES来日公演の3日目、ザ・トランプでオープニングアクトを務めさせていただいた。かなり早目に現地到着、会場の表にある掲示板に来日公演の旨を伝える貼り紙があったので、記念に撮影していると、店の前に停まったタクシーからTHE ZOMBIESメンバーがおりてきた。勿論、こちとら硬直である。そのままコッチコチで会場入りする。開け放しの楽屋をチラチラ覗くとTHE ZOMBIESのメンバーがいらっしゃるので、緊張してしまい楽屋入りできなかった。しょうがないのでウロウロしていると、楽屋から出てきたロッドと目が合ったので、勇気を振り絞って「ア…アイアム、オープニングアクト、…ザ・トランプ」というような意味の事を言うと、満面の笑みで「オー、キミガ、ゼンザカ!ヨロシク!」というような意味の言葉をかけてくださり、握手をしてくださった。緊張していたオレの手は手汗でビチョビチョだったかもしれない。ごめんなさい、ロッド!ロッドは、セッティングを待つ間、タブレットで読書をしたり、バッグからリンゴを取りだして、かじったりしていた。毎朝のロッドの習慣なのかもしれないが、あの憧れのZOMBIESの人が、映画で観るヨーロッパの子供のようにカジュアルにリンゴをまるかじりしている姿になぜか感動してしまった。キーボードのセッティングが済むと、ロッドがサウンドチェックと腕慣らしなのだろうか、エレピの音色でスタンダードジャズのような曲を静かに弾き始めた。その場にいた者たちがその甘い調べにうっとりして聴き入っていたのが印象的であった。ZOMBIESの他のメンバーは、リハ時間が始まってもなかなかステージにあらわれなかった。ギターのトムは横になっており、ベースのジムとドラムのスティーブは静かに座っていて、コリンは、イヤホンで何か聴きながら、「あの」ファルセットで発声練習をしていた。開け放してある楽屋の、それらの光景を、ただ遠巻きに眺めて溜息をつくオレは、未だ楽屋に入っていく勇気がなかったけれど。今回の公演主催者の方に挨拶をしたら、ZOMBIESのメンバーの楽器・機材のセッティングを固定する為、我々オープニングアクトはそれらをよけて限られた広さでやりくりしなければならない事を告げられた。二日目のオープニングアクトの方々は、ドラム以外は壇上で演奏できなかったみたいだから、狭いながらも壇上に上がることのできる我々は幸運だと思った。さらに主催者の方からは、ZOMBIESのメンバーの体調がイマイチである事も聞かされた。予定の時間をだいぶ過ぎた頃、ZOMBIESのメンバーがステージに揃い、リハーサルが始まった。体調がイマイチでも、一度音を鳴らし始めたらさすがにプロ、バッチリ決まっていた。ふたりのシーズンや最新アルバムの曲を断片的に繰り返し演奏して微調整していた。続いてポール岡田さん率いる東京jajoukaの皆さんのリハ。ブライアン役の方が、シタール等を持ち込んでらっしゃったので、我々より更にステージの広さとの闘いを強いられていたかもしれない。そして、ザ・トランプのリハ。ZOMBIESのセッティングを崩せない関係で、ドラマーの鈴木リーダーが急遽ハイハットを購入する羽目になった、というスリリングな展開もあったが、なんとか済ませた。リハ後、ようやく楽屋入り。細長い楽屋の、向こうにはZOMBIESがいる、という有り得ない光景に嬉しさと戸惑いとせつなさと心強さと、近藤サト。しかし、浮かれているワケにもいかず。我々も役目を果たさなければならない。いざ、本番のステージへ。幸いな事にモノも野次も飛んでこなかった。初めてご覧になったにも関わらず、ボーカルのサキ嬢に直接声をかけて励ましてくださった御婦人もいらっしゃったみたいだ。スタンディングで長時間待ってくださっているのに、暖かい拍手をいただいて、お客様には、ただただ感謝の気持ちでいっぱいであった。演奏を終えて、楽屋でサキ嬢と雑談していると、ベースのジムが「私は楽屋から君達の演奏を聴いていたが、素晴らしかった。そして貴女はグッド・シンガーだ。」というような内容の事を話し掛けてくださった。オデッセイ&オラクルの「フレンズオヴマイン」に名前が出てくる、アージェントの、キンクスの、つまりロックの歴史に名を刻むベーシストであるジムのような方が、我々のような共演の若いミュージシャンを激励してくださる、そのお気持ちに胸が熱くなった。もう、本当に温かいというか、優しいというか、父親のような眼差しというのか。世界中で彼と共演したミュージシャンが我々と同じような気持ちになっているに違いない。先述のフレンズオヴマインに歌われた数組のカップルの中で、別れなかったのはジム達だけであり、その愛の結晶が、今回ドラムを叩いていたスティーヴ、という事である。優れたポップソングの歌詞と、実際に会った印象で、立体的に人柄が実感できるという不思議な体験であった。ロッドも、サキ嬢の歌を評価してくださったそうである。60年代のモダンなイギリスのミュージシャン達も愛したようなR&Bを演奏する我々にとっては、何よりも嬉しい言葉である。さて、ブライアン時代のマニアックなナンバーを、ZOMBIESにゆかりのある元カーナビーツのポール岡田さんが歌い上げ、会場はさらに温まり、いよいよZOMBIES登場。60年代より艶やかな上に、なんと全曲オリジナルキーで歌う驚異的なコリンの歌声を引き立てる為に、抑制の効いた抜群のバランスで演奏されるナンバー。新しいアルバムの、変わらぬ「凝った」ポップ感覚を併せて考えても彼らが完全に現役のバンドであることは明白である。ロッドの、あの、ジャズとバロックが融合したような攻めまくりのオルガンに痺れた。ジム親子のリズム隊はさすがに息がピッタリだった。ジムがノッているのが無性に嬉しかった。体調が特に厳しそうであったトムは、その事を微塵も感じさせず、電光石火のようなフラメンコスタイルや、ツボを抑えたカッティングが素晴らしかった。各自ソロ時代の曲も、60年代当時のオリジナル曲も、R&Bカバーも、最近の新しい曲も、夢のように美しく、格好良い。とりわけ、オデッセイ…からのナンバーの盛り上がりは凄かったが、盛り上がりというか、会場全体が神のお告げを聴いているような雰囲気になっていた。コリンの声にも、ロッドの音色にも福音を感じた。ふたりのシーズンでは、和モノ・ゴーゴー喫茶マナーとして、きっちり踊らせていただきました。あまりに幸せな空間だった為か、思い出がまとまらない。夢のような時間はあっと言う間に過ぎ、サインや握手に忙しいZOMBIESのメンバー達を遠くに見ながら、会場を後にした。あれから2週間ほど経ってしまったが、あの夢のような一日が忘れられない。現実だったのかどうかも、今となっては、はっきりしないけれど。幸せだったから、仮に夢だとしても構わないかなぁ、とも思う。ちなみに、唯一、ロッドだけは体調を崩さなかったみたいであるが、彼が毎朝食べているかもしれない、リンゴのおかげで医者いらずなのではないか、とぼんやり考えている。結局、演奏されなかった、フレンズ・オヴ・マインの、間奏の「ハッ!」を一緒に言いながら。おわり。

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