先日、誕生日の朝。K嬢がオレをどこかに連れて行く、と云う。
目的地がどこかを頑として教えてくれない。猿轡を咬ませられ、ズタ袋を頭から被せられた。更に逃走しないように、衣服は没収され、シャカシャカしたパンツのようなモノを履かされた。「ホヘハ、ハンフェフファ(これはなんですか)?」という問いに「シャワーキャップに脚を通す穴を開けて、履けるようにしたものじゃ」とぶっきらぼうに答えてくだすったのはいいが、恥ずかしい上に、股間が既に蒸れている。
暫くすると、電車の連結部に載せられ、強風とGに耐える事、数十分。どこかの駅に降ろされた。駅の雑踏からヒソヒソ声が聴こえる。甲冑姿の女武者がズタ袋とシャワーキャップ・おパンティ姿の人質ライクな小男を引き摺り乍ら歩いて居るのだから、すれ違った通行人の皆さんが動揺するのも無理はない。
それにしても、何処へ連れていかれるのだろう。行き先を想像してみるが、恐怖の光景しか思い浮かばない。煮え滾った大きな釜…甲冑姿の女武者が、オレと引き換えに僅かな銀貨を受取り、その中の一枚をかじって本物である事を確かめると「くわっぱ!はした金じゃ!酒の足しにもならんわい!」と言い遺し、去って行く。はした金と引き換えにオレを受け取った色とりどりの鬼達が、どの調味料でオレを炊くのか、議論している…わちき、怖い!恐ろしい妄想の恐怖に身悶えする度に、シャワーキャップ・おパンティがシャカシャカいう。
「はほう、ふぉこえひふのふぇほぅ(あのう、どこへいくのでしょう)?」言い終わらない内に、矢の様な足払い。鈍い音をたてて地面に倒れるオレは最早、モノでしかない。埃っぽいズタ袋を被り、置かれて居る状況と正反対の可愛らしい花柄のシャワーキャップを履いた、泥人形。「余計な詮索はならんのじゃ!ほれ、水を呑めい!死なれたら敵わんのでな!」どうやら貯水池らしいところでミカヅキモたっぷりの液体を呑み、こんなヌルついた水でも体力が回復するのだから、人間とは不思議なものだ、と感心。
そこから更に歩いて、遠くに鳴る法螺貝の音が近付いたあたりで、甲冑姿の女武者ことK嬢が「ここじゃ。着き申した!」と云い、ズタ袋をとってもらった。
眼前にあったのは…鬼の館…ではない!ピンク色した、お城の様な建物。まるで西洋の絵本の中の景色である。そこはK嬢おすすめの、ドリーム・洋菓子・ランド!鬼達ではなく、腕利きのパティシエ達が魔法のようにケーキを作り出すのである。あまりの想像とのギャップに身震いし、閑静な住宅街には、シャワーキャップ・おパンティのシャカシャカ音だけが響く。
甲冑姿の女武者だったはずのK嬢が、いつの間にか釈迦如来の格好になり、やっと私服(LeeのTシャツにイージーパンツ)に戻ったオレを、城へいざなう。
イートインにて、旬である、桃のパイを注文する。直感で、美味しいのでは、と思ったのである。一口食べた瞬間、眩い光の輪の中に大地にしっかり根を張った桃の木が見えた。パティシエによって味を着けられて爽やかに洒落た風味になってはいるが、元来の植物の実たる素材の良さが失われていない…どころか、良さが際立っている。時々、こんな手の加え方をする位なら素材を其の儘食べた方がマシ、みたいな改悪と言えるような調理をした食べ物があるが、この桃のパイちゃんは、大地の恵と人類の智慧の両方に感謝しなければならない、と思わずにいられないような気持ちになった。簡単にまとめよう…物凄く、美味かった!
さっきまでの自分の恐怖と羞恥に満ちた感情を悔いたオレは、今度は自分からズタ袋&シャカシャカ・おパンティ姿を受け容れる事にした。イージーパンツなんていらない!世の中にはこんなに美味しいケーキがあるのだから、もう怖がる事なんてないのだ。
釈迦如来の先導する道を小躍りしながら帰る。いつの間にかオレの後ろには、そこいらの小動物達が列をなして着いてきていた。梅雨特有の低く垂れ込めた雲の隙間から、我々を祝福するように日が差し始めた。素敵な誕生日でした。K嬢、ありがとう!


1