僕の住む町、徳山もようやくサクラが満開になった。この時期になると僕は必ず実家の犬チャブを連れ出して近所にある森の桜並木を散歩する。今日は気温も20度を超え一気に満開になった桜の花が甘い匂いを発して迎えてくれた。しみじみと日本の春を感じ、あと何回この優雅な時間を過ごせるのだろうかと少し感傷的にもなる。
若い頃、僕はインドネシアの無人島で3年間を過した。季節のない熱帯の国に長く暮らしていると身も心もふやけたいわゆる「南洋ボケ」というしまらない人間になる。半年から一年に一回の割合で日本に帰省するのだが世の中の移り変わりは早く帰国当初はいつも浦島太郎状態だった。インドネシアに暮らしてから何度目かの帰国のことだ。丁度桜の時期にあたり僕の顔さえも忘れている愛犬2匹を連れて散歩に出掛けた。歩きなれた森の坂道には桜が満開だった。きまぐれな春の風が時折り桜吹雪を頭上に降らした。ザワッという木立のざわめきと共に降り落ちてくる桜の花びらを浴びながら僕は強く想った。「ああ俺は日本人なのだ」と。この時ほど自分の血を強く意識したことはない。
時は経った。愛犬の一匹はもういない。変わりに実家に住み着いている野犬が一匹トコトコとついてくる。日本に長くいると日頃見えなくて忘れてしまう大切なことが多い。今日また数年前の熱き想いを思い出した。まだまだ走り続けよう。美しい日本の自然を見続けられるように。

0