昨日の読売の朝刊第一面にセクハラと言う言葉が躍った。私はセクハラと言う言葉を聞くたびにドキッとする。昔身に覚えが有るからである。
大阪の水族館を運営する海遊館が管理職の40台男性二人をセクハラの廉で懲戒処分にして係長に降格させた。二人は処分を不当として訴え、大阪地裁は処分は有効と判断した。大阪高裁は二審判決で処分は無効と覆した。今回最高裁が懲戒は妥当であるとし、言葉のセクハラは職場環境を害し、従業員の意欲を低下させるから懲戒処分が社会通念に反するとは言えないと判断した。
言葉のセクハラに対して厳格な対応を支持した画期的な判決であるとは思う。「結婚もせんでこんなところで何してんの」、「もうお局さんやで、怖がられているんとちゃう」と言ったというがこの言葉は確かに酷い。セクハラと違い人格攻撃である。
会社はセクハラ禁止文書の配布、セクハラに関する研修への参加など全従業員に義務付けていた。管理職として部下を指導するべき立場にありながらセクハラを繰り返したのだから懲戒処分は当然である。
私が若いころはセクハラと言う言葉もなかった。私は毎朝のように女子社員のスカートをめくったりお尻をなぜたりしたから今なら完全なセクハラである。昔に生まれて本当によかったと思う。下ネタ話も良くしたのでこれも言葉のセクハラになるのかも知れない。自分では職場の潤滑油だと思っているので今のセクハラ問題には釈然としない。ウーマンリブの運動家が騒ぐ男女格差やセクハラ、パワハラは根っこが同じである。人間関係をギクシャクさせるだけで何のメリットもない。
セクハラに関する女性の受け止め方は人さまざまである。確かに直ぐ嫌悪感を持つ人も居るだろう。おおらかに笑い飛ばす人も居る。一律に論じるのは間違いである。従って下ネタは相手を観て言うのが鉄則である。田島直子女子に下ネタを言う馬鹿はいない。
私は数人の女性から貴方には厭らしさが無いから腹が立たないと言われて自信を持った。厭らしさを剥き出しにすると間違いなく不快感を与えるからセクハラである。
昔は職場で年間二回は社員旅行をした。毎月のように飲み会があった。だから社員同士の理解と絆は深かった。今では若い人は誰も参加しない。上司と勤務時間外に付き合うなど真っ平御免だという人が多い。これでは職場の総合力が発揮できない。日本経済の失われた20年の原因は案外こういうところにある気がする。最高裁の判断には疑念がある。
二人の原告は言動から察すると元々管理職に相応しくない男である。つまり会社の人事政策が間違っていたのである。水族館の運営に高い能力が要るとは思えない。部下が働きやすい環境を造る事だけを考えればよいのに逆のことをやった。セクハラ、パワハラが無くても降格させればよい話である。

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