いじめ  学校と教育

the problem of bullying in schools...
13歳の大河内清輝さんが愛知県西尾市でいじめを苦に自殺したのは平成6年のことだった。
その当時も相次いで少年少女がいじめを苦に自殺したことは記憶に新しいが、この度も連鎖反応と呼ぶべきか、少年少女の自殺が続いている。
先日いじめ問題に関して調べているうちに、ある方のブログに偶然たどりついた。
GK68's Redpepperというブログだ。
そこには、『週刊メールジャーナル』(2006/10/18 No.356)で気になる記事があったと記してあった。
メルマガを編集発行している川崎氏の記事で、「いじめによる自殺報道は学校社会の本質を見ていない いじめのない学校なんてあるはずがない」という題で、「いじめというのは学校のみならず、人間の本能である。したがって学校ではいじめは当然のこととして教師は対処しなければならない」、「つまりは、自己の生存権のために、魚類や野獣が、自分の縄張りを守るために他者を追い出そうとたたかう本能と、ほとんど同じ行為なのである。」とあったそうだ。
このGK68's Redpepperというブログを書いておられる方のコメントは実に的を射ている。
「縄張り争いをする動物がいるといっても、相手を殺すまでには至ることはない。ましてや、生物界において最も知能の発達した人間が、なぜ縄張り争いをして、相手を死に至らしめる必要があるのか。そもそも、川崎氏は、「本能」などという言葉を簡単にヒトに使っているが、ヒトほど本能から遠ざかった、あるいは本能という呪縛から解き放たれた生物はいないのではないかと考える。それは、高度に発達した知能だけがもたらすことである。 つまり、いじめの発生と撲滅とは、この高度に発達した知能をもってすれば、かならず解決できるはずである。逆に、もし、川崎氏のいうように「縄張りを守ろうとする」ような本能がヒトに存在するなら、ヒトはもっと動物的であっただろう。つまり、ヒトの主な行動は他の動物と同様に、食欲という自己の保存と、性欲という種の保存のみに。もっとも、そうであったなら、いじめの問題はおろか、環境問題もエネルギー問題も、さらには同種が殺しあうという戦争の問題も存在しうるはずもなく、その方がよかったのかもしれないが。
私もこの方の意見に同感である。
「いじめはなくせる」。
また、12年前、タレントの反町隆史さんが、めざましテレビで「いじめられる側にも原因がある」ととうとうとのたまわっていて呆れたが、いまだに「いじめられる方にも悪い点がある」という考え方は根強く残っている。
そして、「やり返すだけの強い心をもて。」・・・どうしてこういういじめを科学的に捉えない発言が相次ぐのだろう。
いじめは何も「弱い子」だけがうけるものではない。そして、特段の理由がなくとも勃発する。また、しっかりした子ども(大人の場合でも)でも、精神的苦痛に耐えられず、エネルギーをなくしてしまうのだ。
一時の流行や騒ぎで終わり、喉元過ぎればまたいじめ問題が軽視されることのないように、常に考え話題にしたいものである。
画像はCountess Weir Combined Schoolに掲示してあったゴールデン・ルールの一部。
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