初めて東野圭吾を読んだ。
店頭で手にした一冊の文庫本の裏表紙の解説にこうあったからだ。
〜強盗殺人の罪で服役中の兄・剛志。弟・直貴のもとには、獄中から月に一度、手紙が届く。しかし、進学、恋愛、就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる――犯罪加害者の家族を真正面から描き、感動を呼んだ不朽の名作〜
題名は『手紙』。
「犯罪加害者の家族」という文字が購入動機だ。
ここからは主人公・直貴の受難を中心に内容を紹介する。
※――線は本書よりの転載。〜線はその間割愛。
《序章》
■武島剛志は高三の弟・直貴と二人暮らし。父親は14年前仕事中に交通事故で亡くなり、母親はふたりが高校生の時、肉体と精神の疲労が元で亡くなった。
■兄弟だけになって剛志は高校を中退した。
――剛志は母親の代わりを務めようとしていた。弟を養い、大学まで行かせることが自分の義務だと心に決めたようだった。
■だが高校中退の少年には弟を養うだけで精一杯、彼を大学に入れてやれるだけの蓄えはありはしなかった。
■更に腰と膝を痛めて引っ越し屋は二か月前に辞めた。それ以外に家具運送もしていたが、そちらも契約を切られた。手先が不器用で物覚えが悪い。自信が有るのは体力だけ。それなのに、配達の途中で激しい腰痛に襲われ、岡持ちをひっくり返して、先週まで働いていた仕出し屋もクビ。工事現場もこの体ではままならない。八方塞がりだった。
――貧しければ人のものを盗んでいいなどとは思っていない。しかし〜どんなに嘆いても祈っても金は湧いて来ない。ならば自分の手で何とかするしかない。
■剛志は嘗て引っ越し屋で働いていた時に訪れたひとり暮らしの老婦人の家を思いついた。
■そして剛志は決行した。仏壇の引き出しから百万円近く入っている封筒を見つけ、ポケットにねじこんだ。
だが、老婦人が起きて来た。
「たすけてえ、どろぼう、どろぼう」
夫人が叫ぶ。飛びかかってそれを阻止しようとする剛志。腰に激痛が走る。彼女は抵抗し悲鳴をあげ続ける。侵入の時に使ったドライバーに手が行った。それで夫人の喉を突き刺した。
■剛志は逃げた。だが激痛の為に道路にしゃがみこんだ所を通報され、逮捕された。
《第一章》
■直貴は先ず、大学を諦めざるを得なくなった。
■次にアパートを出なくてはならなくなった。既に家賃の滞納があった。
■高校に通いながら働こうとコンビニなどに応募するが、保護者の欄を空白にしていると、そこを聞かれ、結局断られる。
――それで一度、ガソリンスタンドの面接時に本当のことを話してみることにした〜兄の犯罪と自分とは切り離して考えて貰えるかもしれないと思ったのだ。だがそれはやはり甘かった。店長は直貴の話を聞くや否や表情を強張らせ、彼を早く追い払うことだけを考えていた。
■そんな中、担任が知り合いの居酒屋を世話してくれた。しかし、「兄さんのことは隠しておこう」と言われる。
――こういうことに慣れていかなければならないんだと直貴は思った。今まで自分の置かれていた状況とはまるで違う。何をするにも、何処へ行くにも、兄が強盗殺人犯であることを忘れてはならない〜これまで自分たちがそうした人間を忌み嫌っていたように、兄は世間の人間から憎悪される存在になってしまったことを肝に銘じておくべきだ。
■その居酒屋で立て続けに事件が起きた。先ず卒業直前の二月。顔見知りの同級生が六人、店にやって来た。ビールを注文し大騒ぎする彼ら。直貴は彼らのテーブルに行き静かにするように言った。店長も来た。
――「君たち未成年だろ。警察に見つかって注意されるのはうちなんだからね。武島君の同級生だって聞いたから、特別に大目に見たんだよ。だけど、ちょっと羽目を外し過ぎだなあ。これじゃあ、武島君に失礼だろう」
「何でこいつに失礼なわけ?」
「だって、彼は家庭の事情があって大学に行けないんだよ。君たちのそんな姿を見なきゃならない彼の身にもなってやってよ」
まずい方向に話が転がり始めたと直貴が思った瞬間、
「だって、兄貴が殺人犯だもん、しょうがねえよ」
■そして次の事件。
二人の常連客が覚せい剤中毒の男が子供を刺したという事件の事を話していた。
――「全くひどい世の中だよなあ、何の罪もない子供が頭のいかれた奴に殺されちまうんだもんな。ああいう奴は死刑にしちまえばいいんだ」
するともうひとりの客が急に声を落とし、こういった。
「やめろよ、ここじゃあ」
■三月に入って直貴は店を辞めた。店長はほっとした顔をしていた。
■その頃、拘置所から最初の手紙が来た。
――『直貴元気ですか。おれはなんとか元気です〜たぶん十五年ぐらい刑務所に入らないといけないと弁ご士さんにいわれました〜一度、面会にくる気はありませんか〜教えてほしいこともあります。たとえば高校の卒業はどうなったかとかです。すごく気になっています。お願いします。剛志』
■初めて兄の面会に行った。「墓参りをするか、緒方さん(兄の事件の被害者)の家に行くか、どっちかしてほしい」と言われ、直貴は「そのうちに行くよ」と答えた。
《第二章》
■直貴は寮があることが決め手であるリサイクル会社に就職した。しかし兄貴からの手紙の住所が刑務所であることを倉田という男に指摘され、事件の事を知られてしまう。だが、その倉田により、直貴は大学の通信教育に通うことになる。
■ある日、実際に大学へ行き、直接講義を受けた時、直貴は寺尾祐輔というバンドをやっている青年に声を掛けられ、彼らのライブに行く。
■そして一つの転機が。それは彼らに誘われカラオケに行った時だった。直貴も1曲歌わされた。直貴が唄ったのはジョン・レノンの『イマジン』。それを聞いた寺尾が他のメンバーに言った。「こいつを入れてみたいと思わないか」
直貴の声が彼らを魅了したのだった。
■直貴がバンドに加わり、バンド名も『スペシウム』と変わった。生演奏で、客に向かって歌う。その事に直貴も素直に興奮した。音楽に心の大部分を奪われ、兄貴の事件後初めて訪れる青春の時だった。
■いずれは話さなければならない事だと、直貴は兄のことをメンバーに話した。寺尾は、
――「〜だけど、兄貴のこととおまえとどういう関係があるんだ〜おまえが刑務所に入れられてるわけじゃないんだろ。兄貴が刑務所に入ってたら弟は音楽やっちゃいけないっていう法律でもあるのかよ」と言ってくれた。
■5回目のライブの後、根津という男がメジャーデビューの話を持って来た。
■だが数日後、寺尾を除くメンバーが直貴の部屋にやって来た。根津が彼らの事を調べ、直貴の兄さんのことを知ったと言い、
――「まずいってさ〜あの業界は足の引っ張り合いだから〜家族にそういう人間がいると、格好の餌食なんだって〜」
要するにこのままではデビューさせられないというのが根津の考えだという。結局彼らは、寺尾の手前、直貴からバンドを辞めると言って欲しいと言うのだった。
――全てはあの男の指示らしい〜結局こういうことか。ようやく悪夢から解放されたと思っていた。これからは普通の若者のように生きていけると信じかけていた〜それはすべて錯覚だった。状況は何も変わっていない。世間と自分とを隔てている冷たい壁は、依然として目の前にある。
■寺尾は反撥した。根津の差し金で動いたメンバーを罵倒した。「バンドなんかもうやめだっ」とまで言った。そんな寺尾に直貴は言った。
――「俺にとってみんなは仲間だ。兄貴の事件以来、初めて心の繋がる相手を見つけたと思った。だからそんな大事な仲間から音楽を奪うなんてことはできない。俺のために迷惑をかけたくない〜根津さんは正しいんだよ。この社会から差別は無くならない」
■結局、寺尾はバンドを辞めた。直貴もいない。解散である。
■この出来事と並行し、直貴は通信教育部から通学課程に移行していた。
《第三章》
■昼間は大学があるので、直貴はバーで夜のバイトを始めた。勿論、兄の事は言ってない。
■通学課程に移って半年、未だ友人と呼べる者もいない直貴だったが、合コンに誘われた。五対五。
――直貴はどんな相手が現れようとも構わなかったが、五人の中に一人だけ、彼の心の奥にある何かに触れるものを持った女性がいた〜その女性は〜とっつきにくい美人の典型とも言えた〜中条朝美〜男性陣が懸命に繰り出す話題にも、彼女だけは関心がないといった表情で、ただ一人煙草を吸っていた。
だが、二人は
――ごく自然にデートをするようになり、何度目かの帰りに直貴は彼女を自分の部屋に招待した〜狭く殺風景な部屋で抱き合いながら、彼は愛の言葉を口にした。
■直貴と朝美の間は真剣で順調だった。そして直貴は彼女の家に招待された。とうとう来るべきものが来たと直貴は思った。問題は兄の事だ。彼女には一人っ子だといってある。
――彼女なら理解してくれるのではないかと思った〜しかし、朝美が理解してくれるからといって、彼女の両親もそうだとは限らない。いや、社会的地位の高い人間であるほど、娘の相手の素性には神経を尖らせるはずだった。受刑者の弟、しかもその罪が強盗殺人とあっては〜兄貴のことは話せない。一生隠し続けなければならない。
■剛志からの手紙は相変わらずのペースで来ていた。しかし、この頃になると直貴は全く返事を出していなかった。
――いい加減出してこなきゃいいのにな、と強盗殺人犯の弟は思うのだった。返事がないのは自分が疎まれている印だと、なぜ気づいてくれないのか。自分の書く手紙が、弟にとっては忌まわしい過去に縛り付けられる鎖だと、どうしてわかってくれないのか
■朝美の家へ行った。朝美の父親は国内では三指に入る医療機器メーカーの役員で、自宅は田園調布。鎌倉には別荘があった
父親に「君は、朝美からどういう影響を受けているのかな」と聞かれた。
――「彼女と話していると、自分の知らなかった世界への扉が簡単に開くんです。僕はこれまでの社会の中でも底辺のことしか知りませんでした〜彼女は僕にとってコンパスであり、地図なんです」
――「要するに、朝美と付き合うことで、少しばかり裕福な人間の生活を覗けると〜」
父親は傲慢に言った。
そこへタカフミという従妹が登場。
朝美はタカフミに直貴を、ボーイフレンドだと宣言するように紹介した。
――タカフミはにやにやしている。しかし、その目の奥に底意地の悪い光が宿ったこと〜を、直貴は見逃さなかった。
そして、その日、直貴はタカフミの車で駅まで送られることになった。
――「君はどういうつもりか知らないけど、朝美と今以上の関係になるのは遠慮してもらいたい〜本音を言えば、諦めて貰いたい〜君だってまさか中条朝美と結婚できるとは思ってないだろ〜朝美には悪い癖があって、裕福な家に育ったものだから、逆境にあこがれがあるんだ〜でも直ぐに飽きて、ほかの男に移行する。他の逆境を持った男にだ〜何と言っても、将来は結婚する相手だからね」
――もの事はそううまくは進まない。案の定、門は閉ざされようとしている。中条夫妻が自分と娘の結婚に同意する可能性は皆無だと直貴は思った。剛志のことを隠していてもこうなのだ。結婚となれば、剛志のこともばれるだろう。そうなった時にどれほどの強い抵抗を受けることになるかは〜容易に想像できた。
■結婚を諦めかけた直貴の心に、以前から彼に好意を持っている女性(白井由美子)の言葉が響いた
――「既成事実を作ってしもたら勝ちやと思うけどな。金持ちほど世間体を気にするし」
――自分と朝美の子供を作る。その大胆極まるアイデアは、暗闇の中で見つけた一筋の光のように思えた。
■だが、問題は朝美だった。二人には既に肉体関係があったが、必ず避妊した。彼女はコンドームを着けない限り決して挿入を認めなかった。「成り行きで子供を持つのはいや」そういう女性だった。
■その数日後、更なる事実が彼を襲った。嘗てリサイクル会社で一緒だった男が、会社へ来てお前のことを調べている奴がいると教えてくれたのだ。上等の背広を着た、若い野郎―タカフミだ。
事態は急を要する。直貴は焦った。
■週末、直貴は彼女を部屋に呼んだ。針で穴をあけたコンドームを用意して・・・
※これで半分。荒筋だけで二回になります。結論は次の次に!

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