先月7日の『コント衛門・3』の中のコント「夕暮れの親子」で僕はその父に扮してこう叫んだ、
「私は中途失明者にだけはなりたくない!」
それは、紛れもない僕の実感である。
失明はいやだ。それも人生の途中からは、更にきつい。生まれながらならまだしも
遠慮の‘え’も無く、傲慢な事を書いたが、勿論、失明の苦しさ――この表現で足るとも思っていないが――を知っている訳はない。だがその事態を想像する時、現実に襲い来る絶望感に僕は耐えられる人間ではない。だから叫んでしまう
言っておくが、それはそうなって、差別され、邪魔者扱いされることへの恐怖ではない。僕の想像力はそこまで及んでいない。現実に、ある日突然目が見えなくなるという事態への恐怖であり、何とかそれは御免蒙りたいばかりの叫びなのである。
昨日まで歩き回っていた家の中が判らない。今は何時だ。電気は点いているのか。食べる物はあったのか。冷蔵庫にあるこれは何だ。賞味期限は大丈夫なのか。コンビニに行けるのか。ガスが恐い。メールが読めない。パソコンも無理だ。確か明日は会議だったはずだ。それより、仕事は続けられるのか。収入はどうなる・・・・・延々と続く黒い闇。やがて僕は黒い濁流に足を入れる・・・・
そこに、盲目を否定する差別感情が根源的にあると言われれば有効な反論は難しいが、ただ、僕は只管に、現実にそこに横たわる不便、不都合。それが、今、目が見える僕には耐えられない苛酷なのである。
だからこそ僕は、失明だけではなく、本来持たされるべき人間の肉体的条件(こう書くと、差別者の言い分だと言われそうだが)の何かを奪われて、それに負けず(これもまた、え、障害者は負けてるのとか言われそう)に生き続けられる人に僕は感心するのだ。凄いと思い、僕には出来ないと感嘆し、そして何故?と思うのだ。その強靭な意志は何処から出て来るのか。それを知りたいのだ。僕にはその億分の一の欠片も無い。
その思いの代表としての、「私は中途失明者にだけはなりたくない」という叫びなのだ。
常日頃からそんな恐怖感を持っている僕が、こんな番組と出くわした。
FNSドキュメンタリー大賞
『今を生きる』〜突然、障がい者になった〜
その番組は6月4日、BSフジで放送されたもので、実は、去年にも放送があったようなのだが、今回の放送を知り、僕は僕の疑問への答を求めて、気負って見たのだった。因みに、録画もした。
番組はテレビ宮崎制作。
――冒頭、その身体障害者の青年が短パンひとつでリハビリに励む姿が映る。肉の落ちた細い足を前へ投げ出し、上半身はその上に覆いかぶさっている。彼の体は二つ折り状態である。その体勢でギシギシとマットをきしませ、座椅子に座ろうとしている。そして、足ばかりでなく、彼の腕も胸も痩せ衰えている。
ナレーション(女性。以下Na):時に人生には思いもかけないことが起こります。突然の事故で青年は障害者になりました。
――青年の名は「池田泰充(ひろのぶ)」。宮崎県の生まれで、24歳。レゲエが大好きだった彼は高校三年生の時、ヒップホップダンス全国大会で優勝を果たしている。
――しかし、2005年9月、友人たちと川にキャンプに行った時、「ハイになっていたと言うか、調子に乗って川に飛び込んで、首を骨折して、この身体になった」
――頚髄損傷。彼は首から下が動かなくなった。もう少し具体的に言うなら、頭と腕は動く。胸から下が動かないのだ。胸、腹、腰、そして足は一切の意志を受け付けないで、全くぐったりしている。彼が損傷したのは上から6番目の頚椎。手足のマヒの他、体温調節も困難になり、排便排尿障害を引き起こす。
――3年前に「国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局 別府重度障害者センター」に入所。その彼が今、車椅子マラソンに挑戦しようとしている。
池田「極端な話、死んでいたかもしれないっていうのがあるから、だから、その命を無駄に出来ないって言うのが一番じゃないですかね、多分。それがあるから、多分、頑張れるんじゃないかなって思うんですよね」
Na:生きているから頑張れる。くじけそうになりながら現実と向き合う。乗り越えて来た日々。そして、これからの自分のために、限界への挑戦に青年は挑みました。これは、今の自分を大切に生きる、ある青年の記録です。
――この後、番組はナレーション通り、その青年の闘いの日常を追っていく。コーチと共に車椅子マラソンの練習に励む〜駅員の介助を受けながら故郷・宮崎へ帰郷する〜車椅子マラソン当日、母の応援もあったが、関門をクリア出来ずリタイア〜障害者の同僚と酒を飲み話し合う〜友人の結婚式でスピーチ〜念願のひとり暮らしを始めるが、褥瘡が発症して断念〜車の免許を取る〜就職〜彼女が出来て結婚への希望が〜
という56分。以下、折々の彼のコメントを取り上げる。
■限界を知るですかね。自分の限界を本当に理解する。自分と同じ体の状態で、(車椅子マラソンを)やっている人は数少ないって言われて、どうせやるんであれば、人と違うことをしたいって言うのがあるんで、それからですかね、大会にも出ようって考えたりするようになったのは
■この身体になってから、(両親に)見捨てられるんじゃないかって思ったりした時もあったし、いや、もう、ほんと淋しかったんですよ。(亡くなった父親に)何でおってくれんとや、っていうのがあって・・・ホントに、親やとやって
■僕も普通の家族作れたらみたいなんはありますけどね。親父は車椅子乗ってるけど頑張ってるぞって、子供が自慢してくれるような
■常に俺リセットしてるんですよ。だから、振り返りもするけれど、常にスタートと言うか、そのたんびたんび違うから、前の事あんまり引きずっていないんですよ
■出来れば、お付き合いしてる人と結婚できればと思いますね。ま、健常の人より大変と思うンすよね、理解を得るには。けどもそこは割り切ってじゃないけれども、これも俺なんですよっていうのをアピールして、理解してもらいたいなあと言うふうには思いますね
Na:今の自分を受け入れて、今を精いっぱい生きる。事故の後、いつもそうして生きてきました。池田泰充さん、24歳。焦らず今を生きています。
と、番組は終わる。
不満だ!不足だ!物足らない!隔靴掻痒だ!
僕は番組タイトルを見て、これはと思ってこの番組を見た。それは、「ある日突然障害者になっても生き続ける人の真実」を知ることが出来ると思ったからだ。
だが、僕が期待するものはこの番組には無かった。申し訳ないが、手応えのの無い、薄い番組であった。
勿論、普遍的な答え=一般論的なものを期待したのではない。池田泰充の場合はどうであったのか、それでいいのだ。
しかも、難しいことではない。誰でもが知りたがる筈のことだ。僕は彼にこんな事を聞きたかった。
▼下半身が動かない。それが元に戻らないと知った時、何を思った?
▼その時、家族や友達にどんな態度を取った?
▼川に飛び込んだことを悔やんだか?
▼その日の何を思い出す?
▼事故の後、どんな夢を見た?
▼将来の事をどう考えた?
▼将来とは何処までのこと?
▼絶望したか?
▼死は考えたか?
▼死を拒否したのは何があったから?
▼生きることを決めた最大の要因は?
▼希望はあったのか?
▼その頃、心に残っている言葉は、誰のどんな言葉?
▼運命をどう思う?
重複もあるし、ま、下司の勘繰りと言われても仕方のない質問ばかりだ。だが、僕はこういうことを知りたかったのだ!
彼が「突然の事故」をどう思い、「突然の障害」とどう闘って、どう折り合いを付け、「今、何故生きているか」を知りたかったのだ。
同じ質問を、「その時の彼はどうだった?」と、母や兄弟や友人にするのも有効だ。彼の苦悩を周囲がどう見ていたか、そしてどう対処していたか。それは「突然障害者になった」者が生きていく上で重要な要素であるはずだ。
しかし、僕の知りたいことはこの番組には無かった。
勿論、番組制作者が求めたものが僕のそれとは違っていたのかもしれない。制作者は、端的に、池田泰充の現在を伝えたかっただけなのかもしれない。
だが、それにしては彼の現状へのアプローチも希薄だ。
▼その事故の治療費は幾らで、どう払ったのか?
▼保険はどんな種類のものがどう使われたのか?
▼公的なもの、家族からのもの等、現在の収入は?
▼どんな福祉行政の支援を受けている?
▼「障害者センター」に掛かるお金は幾らで、それをどう払っている?
等、彼の今の生活は、誰がどう支えているのか、その現実。勿論、家族からの取材もある。
これらは下世話だが、障害者の現在を知ると言うなら重要な視点だ。生きる糧である。経済的な理由で障害が更に負担と過酷を強いる場合は珍しくないはずだ。
総じて、番組は、彼の現実生活の基盤が見えてこない。それは、障害者の現実が描かれていないということだ。何を伝えたかったのか。僕は期待しただけに疑問の多い番組だった。
しかも現実と言うなら、重要な視点はまだまだある。
〜例えば、セックス。24歳の男性である彼の欲望はどうであるのか。
〜彼は結婚したいとも、子供が欲しいとも言ったが、セックスは可能なのか。
〜またしても下世話だが、彼が待ち受け画面にしているその人と何処で、どうやって知りあったのか。
〜これらに関しても、家族の考えや、彼女の考えもぜひ欲しい。
〜そして、仕事。彼は就職したが、その動機は。そして、満足度は。こんな体なんだから、仕事が出来るだけでいいという考えに、僕は与したくない。
しかし、飽くまでも僕が知りたいのは、「突然障害者になっ」て、そして何故立ち上がれたのかだ。その時の覚悟と優柔、勇気と臆病、光明と不安、客観と主観。それらを明らかにして欲しいのだ。
「突然障害者になった者」が何に襲われ、何に怯え、何を考えるのか。そして、その上で、何故生きようと決めたのか。或いは、決められたのか。それが知りたいのに、そこには触らないで番組が出来上がっている。そのタイトルからすれば、僕には痛恨の欠陥だ。
だがこう書くと、障害を持つ人や、彼らを支援する人々から、「この傲慢野郎!」「差別主義者!」「愚劣なる健常者の代表!」と非難されそうだ。いや、されるだろう。
そして、それへの反論は困難だ。何故なら、僕が「障害を持って、それでも尚、何故生きられるのか」と思う理由は、大変だからである。それは、道で障害者に出会って、大変だなと思う心だ。それは優越感だと言われる。つまり上から目線。差別だ。しかも僕は、その人を応援しようとは思わない。開き直りではなく、僕の中に差別感情があることは否定できない。
実際、「中途失明者」と「中途肢体不自由者」。なるなら、僕は後者だ。つまり、僕は中途失明者差別者だ。
だが、今回はそれではない。「突然障害者になって復活する者」の驚異だ!
ところが、そうしているうちに思い出した。「中途失明者」のドキュメントを録画していたことを。
40分後〜あった!
『ETV特集
“見えない”を生きる〜鳥居寮・中途失明者の日々』
録画日は2008年6月8日。はい、今日まで見ていませんでした。
――京都・洛北にある中途失明者の為の訓練施設「京都ライトハウス鳥居寮」
――番組は、40名ほどいる入寮者の中の3人にスポットを当てる。
病気により失明した元中学校教師(48歳)
バイク事故で失明した元調理師(41歳)
病気で失明した元小学校教師(31歳)。
――自立の為の歩行や点字の訓練をし、妻や子ども達、友人や同僚、先輩の支援協力を受けながら、現場復帰、社会復帰を目指す3人。
――無論、それぞれに壁があり、問題があり、苦闘し、苦悩する3人の日常を伝える。
だが、この番組も、中途失明者の現在の闘いと明日への希望を映し出すばかりだ。結局僕の知りたい、その時の“驚異”は見られなかった。
そんな時、BS(BS−TBS「BUONO!CINEMAGIC」)でこんな映画をやっていた。
『海を飛ぶ夢』
原題は「内なる海」。2004年製作のスペイン映画。25歳の時に頸椎を損傷し、以来30年近くものあいだ全身の不随と闘った実在の人物、ラモン・サンペドロの手記『カルタス・デスデ・エル・インフィエルノ』( 1996)をもとに、尊厳死を求めて闘う主人公を描いたドラマ。
その年のアカデミー外国映画賞を始め幾つもの映画賞を獲得している。
そのあらすじ。
「ノルウェー船の搭乗員として世界中を旅していたラモンは、25歳の夏、事故で首より下が不随となってしまう。以来、寝たきりの生活となったラモンは、農夫の兄とその妻など家族の献身的な世話に支えられ余生を送っていたが、事故から26年後、「依存する人生」に絶望したラモンは自らの死を渇望する。尊厳死を望むラモンとその家族・友人の葛藤や、それを取巻く様々な問題を描いていく」
監督はアレハンドロ・アメナーバル。
尊厳死を選ぶ主人公ラモンを『ノーカントリー』で冷徹な殺人者・アントレ・シガーを演じ、アカデミー助演男優賞を獲得したハビエル・バルデムが演じている。
映画が始まって5分、ベッドの上のラモンが後に愛し合うことになる弁護士の「なぜ死を選ぶの?」という質問に答えて、次のように話し出す。
今のような状態で生きることは 尊厳がないから
他の四肢麻痺患者は怒るかもしれない
尊厳がない生き方だなんて言ったら
でも僕は、誰のことも批判しない
生を選ぶ人達を批判するつもりはないよ
だから僕や死を手伝う人を批判しないでくれ
・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも大したことじゃない
死はいつでも僕たちの周りにいて
誰にでも いつか訪れるものだから
死は僕たちの一部だ
僕が死を選んだからってなぜ恐れる?
死は“感染”しない
・・・・・・・・・・・・・・・・・
車椅子の生活は
失った自由の残骸にすがりつくことだ
例えば君はそこにいる
わずか1メートル
その距離は常人にはわずかなものだ
でも僕にとってこの距離は無限だ
君に触れようと手を伸ばしたくても永遠に近づけない
叶わぬ旅路
はかない幻
見果てぬ夢だ
だから死を選ぶ
僕が死を選ぶ勇気を持ち、能く意志を決定出来得るか、全く自信は無い。だが僕はラモンのこの言葉の全てに同感し、共感するのだ。
しかし、結局、生きることを拒否したラモンに僕の求める答は無い。だが、中途であれ、何であれ障害者になった“煩悶”は見える。しかし彼はそこから“驚異”へとは向かわない。その理由は“尊厳”が無いからだ。つまり、それは人間でないとラモンは言う。ならば、それでも生きようとする人は、障害者は人間ではないのか。いや、勿論人間だ。そう考えると、ラモンが傲慢であることが見えて来る。そして、僕も同意する者だ。ラモンや僕が傲慢だというなら、生きようとする者は謙虚ということになる。すると、
謙虚=客観 ⇔ 傲慢=主観
と言うことになり、生きようとする者にはラモンの全てが見えていて、ラモンや僕には生きようとする者の全てが見えている訳ではないことが判る。
だとすると、ラモンに見えてないことが生きようとする者には見えていると言うことになる。それは何なのか?僕の答えはそこにあるのかもしれない。
結局僕は、生きようとする者、死のうとする者、その彼我の差を知りたいのだ。いったいその隔たりはどれくらいあるのであろう?
試みに、僕は死のうとする所から、生きようとする所へ歩いて行くことにする。どれくらい歩けば辿り着くのか?その道は平坦ではないだろうと予測はするが、途中にいったい何があるのだろう?誰かと出会うのだろうか?その人はどちらへ向かって歩いているのか?僕と同じ方向だろうか、それとも逆だろうか?その人は意気揚々と歩いているのか?それとも胆暗々で歩いているのか?言葉は通じるのだろうか?顔は人間の顔をしているのだろうか?だろうか?だろうか?だろうか?か?か?か?か?
・・・・判らない・・・・
ラモンは「尊厳がない」とカッコよく言ったが、僕は包み隠さず言うと、「死ぬ方が楽」なのだ。
そして、もうひとつ、「それは死ぬチャンス」でもあるのだ。
それは嘘ではない。
しかも、それはコントの視点なのだ。
そのコントの為にも、僕は「何故生きようと出来るのか」を知りたいのである!

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