大雨で、乗ったJRが途中でストップした日。
乗務員に電車のことを尋ねて戻ってきた、20歳くらいの彼に声をかけて知り合った。
「この電車、これからどうなるの?」
彼にそう訊いた。
目は細く、ファーストフードで育ったような体格で、髪はパーマをかけたセミロングヘア。
電車は先へは進まないが、逆方向に戻るということだった。
戻った駅で、彼は降りていった。
次の週、再び出会った。
お互いに「あら、こんにちは」「おぅ、す」と挨拶し合った。
乗り換えた電車のなかで向かい合って座り、「腹減った」という彼に、おにぎりを分けた。
次の週、彼は「金がない」とぼやいた。
何だかお金のない話や、家や家族の話題だったように思う。
次の週、彼は、バイクで崖下に落ちた「ツレ」を雨の降る夜に、「なかま」と連れ立って、ロープで引き上げに行った話しを語った。
暴走族してたのか、見せかけの話なのか、助けに行ったのは本当らしかった。
外見で判断するなら、ヤバイ人だったかも知れない。
けれども、初めて知り合った日、彼はお母さんともうひとり乗った軽自動車で、彼が降りた駅に迎えに来てもらっていた。
その姿を見ていたので、そうヤバイ人だとは思えなかった。
ある時、ラップかロックか、そういうテンポの音楽を聴いてそうだったが、平井堅はどうか尋ねてみた。
「いいね」そう答えた。
嬉しくなって、「平井堅のサイン持ってるで」と、ひとしきり話題にした。
次の週、彼は「これ、何かわかる?」と、携帯の着メロをイヤホンで聴かせてくれた。
着メロのメロディーで曲を当てるのは苦手だ。
「わからない」
「平井堅やんか」
「え? わからんわ」
「楽園!」
「え? そうお?」
それでも、本当はちゃんとわからなかった。
ちょっと空気が白けた。
それからちょっと空白があり、しばらく出会わなかった。
季節は変わり、日差しが明るくなった頃、再び彼と一緒の電車になった。
「もう卒業やねん」
「そう、じゃ、就職するん?」
卒業を機に、実家と離れて彼女と暮らしはじめるのだと彼は言った。
ちょっと不安気な中にも希望に満ちた若者の顔をしていた。
その顔に次の週も出会えるかと思って、楽しみな気がしていた。
けれども、次の週、彼と出会うことはなかった。
私と出会う時間に通学しなくてもよくなったのか、
卒業の日を待たずに、もう彼女と暮らし始めたのだろう。
三月は別れと次の季節への入り口の月。
楽しみがなくなって、ちょっと味気ない思いがした。
今日久しぶりに、「楽園」を聴いたら、あれから、一度も出会わない彼のことを思い出した。

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